AIさん、撃退する

第21話 捕獲隊の監視

 アイが真剣な表情でスクリーンを操作している。


「それでは、廃村の様子を映します」

「……ダンジョンの外の様子も見れるとか、初耳だったんだけど……まあ、いいや」


 一夜明け、僕たちが暫く拠点としていた廃村に、領主の騎士団が辿り着いたらしい。アイからその報告を受け、僕たちは緊張気味にダンジョンコア部屋に集っていた。

 アイが組んだ監視プログラムではダンジョン内はもちろんダンジョン外も、入り口の門から大体半径一㎞をスクリーンに映せるらしい。しかも、音声まで届けてくれるのだと言う。こんなプログラムをあっさり構築してしまえるアイはやっぱり凄い。


「なんか、緊張するね」

「だからといって、ウルの首、絞めんじゃねぇよ?」

「そんなことしない!」

 ――わう?


 美海が座っている椅子のひじ掛け部分にウルの頭が乗っている。ウルに抱き着くようにしている美海を陽斗が揶揄うと、眼光鋭く睨みつけられていた。途端に身をすくめる陽斗は、本当に子供の頃から成長しない。


「ほら、喧嘩してないで、映像に集中しような」


 促すと陽斗は元気よく、美海は不承不承と言いたげにスクリーンに視線を向けた。このやりとりに苦笑しているアイには気づいていないんだろうな。


「……ふ~ん、結構大がかりに準備してるんだね」

「確かに、思っていたより規模が大きいな」


 スクリーンには甲冑を着た騎士や魔法使いのようなマントを羽織った者、豪華な装いの者、革鎧で少し軽装に思える者など、多種多様な人が映し出されていた。

 彼らがいるのは廃村で、廃墟を建材で補強したり、周囲の雑草や木を切り倒して土地を広げたりと、完全に長逗留する雰囲気で動いている。偉そうな奴らはタープの下に置かれた椅子でふんぞり返っているけど。

 甲冑を着た騎士が周囲の者に指示を出しているようで、急ピッチで作業が進んでいるようだ。


「アイ、音声を頼む」

「はい。指示役の騎士を中心に音声を取得します」


 アイが応答した途端に廃村の騒々しさがこちらまで伝わってきた。


『領主様のテントは中心に用意しろ! 冒険者は周囲の警戒を続けたまま、雑草を刈れ! 魔術騎士、ぼさっとするな! 手が空いているなら魔物を狩って来て食料調達しろって言ってるだろ!』


 怒鳴られた者たちは、嫌そうに従っている雰囲気だった。どうやらこの指示役、あまり周りから好かれていないらしい。こんな横柄な指示の仕方を普段からしているなら当然の事だろうけど。

 軽装の男が廃村の敷地外に向かいながら口を動かしているのが見えて、アイにその男の音声を優先的に取得するよう頼んだ。


『――っざいなぁ。何様だよ。騎士団長サマか。所詮辺境の領主の騎士団でトップってだけのくせに。どう考えても俺ら冒険者の方がつえーだろ?』

『ほんと、このくそ忙しい時期に強制徴用とか、てめえら死ねって感じ』


 敷地外で木や草を刈っていた男たちが同意している。そのほとんどが革鎧の軽装であるのを見るに、敷地外での役目を割り当てられているのは強制徴用された冒険者らしい。


『魔王の侵攻とかよく分かんねぇけど、魔物が増えてんのは確かなんだから、俺は地元の村を守りたいっつうのに』

『それな。こんな僻地に引きこもってる勇者とかいうの捕まえるより、俺らで防衛する方が重要だろ』


 どうやら冒険者たちは勇者という存在にそれほど重きを置いていないらしい。僕たちを張り切って捕まえに来たわけじゃないようなので少しホッとした。


『その勇者ってのも、どっかから攫って来たらしいぜ。それで魔王討伐に行けとか言われても、拒否るの当たり前だろ』

『マジか。上の奴ら、馬鹿すぎじゃね? ってか、お前、なんでそんなこと知ってんだよ?』

『昨日の野営の時、普通に騎士が愚痴ってた。勇者ともあろう者が義務を投げ出すとは……って』

『情報管理もできねぇのか、あいつら』


 冒険者たちが一様に疲労感に満ちたため息をつく。僕も完全に同意。というか、廃村に集っている奴ら、全然団結力なさそうだし、半分以上がやる気もなさそうなんだけど大丈夫だろうか。敵のことながら心配してしまう。


「……なんというか、上は腐ってても、国として成り立ってるのは下がちゃんとしてるから、ってことかな」

「僕もそれ思った。たぶんダンジョン入ってくるのは下の奴らが主だよな? ちょっと撃退するの罪悪感出てくるんだけど」


 美海と顔を見合わせる。どうやら同じ思いを美海も抱いているようだ。


「とはいえ、あいつらだって俺らを捕まえに来てんのは変わりねぇだろ。渋々でも従ってるってんなら、同罪じゃん。俺らは自分たちの身を守るために最大限努める。いらない同情心出して、捕まってやる気はねぇし」


 陽斗が冷めた目で映像を見ていた。

 言われてみれば確かに、冒険者たちも不平不満を呟きながらも一切手は休めず、僕たちを捕えるための準備を着々と進めているのだ。甘さを見せるなんて、そんな余裕は僕たちにない。


『勇者たちってダンジョンに籠ってるんだろ? ここって大して物資とれないってことで放棄されてんだから、待ってれば普通に出てくんじゃね?』

『初期物資を城から強奪したらしいけど、普通に考えたら一か月もせずに出てくるよなぁ』

『ここ洞窟しかないらしいしな。それ以上いたら、ダンジョンに慣れてる俺らでも狂うわ』


 兵糧攻めを狙ってるらしい。だが、残念。僕たちの自給自足具合は、冒険者たちが羨むレベルだと思う。映像の端に映っている調理風景を見て苦笑する。大量の塩漬け肉が山積みされていたからだ。他の食材はイモ。それ以外はない。ああ、なんて可哀想に……。

 手元に置いていた紅茶を飲み、朝焼いたクッキーを摘まむ。バターをたっぷり使ったクッキーはほのかな塩味があって美味い。紅茶とよく合う。

 昼ご飯は何にしようかな。久しぶりにパスタ食べたいな。魚介たっぷりトマトソースパスタ、良さそう。早速宝箱に食材を設定しとくか。


「え、もう映像見ないの?」

「だって、見てても進展なさそうじゃないか? たぶん今日一日は陣営作りで終わる雰囲気だぞ?」

「……確かに」


 スクリーンを操作し始めたら、美海に驚かれたけど気にしない。陽斗やアイも肩をすくめるだけだから、僕と同じ思いなのだろう。


「昼は魚介のトマトソースパスタにしたいんだけど、いいか?」

「賛成!」

「……肉も食いてぇな」

「私は優弥さんが作ってくれるものなら何でも嬉しいです!」


 三者三様の返答に苦笑しつつ、宝箱の中身を設定していく。陽斗が肉を食いたいっていってるし、チキンソテーでもするか。


「じゃあ、僕は昼ご飯の準備してくるな」

「よろしく! 私たちは一応監視続けとく」


 笑顔で請け負った三人に手を振り、キッチンへ向かう。楽しみに待っていてくれる人がいると、料理するのにもやる気がでる。



 ◇◆◇



 テーブルに料理を並べたところで戻ってきた美海たちと楽しい昼食。

 新鮮な魚介類の良い出汁がトマトソースに溶け込み実に美味しい。チキンソテーはシンプルにハーブで仕上げたが、これも良い具合にできた。弱火でじっくり焼くのが肉を柔らかく仕上げるポイントだ。


「うっま!」

「魚介の優しい出汁が体に染み渡る……」

「美味しいです! トマトソース、適度な酸味が残っていて、いくらでも食べられそうですね!」


 皆にも好評のようでなにより。やっぱり褒められるのは嬉しい。


「それで、監視の方はどうだった?」


 あらかた食事が済んだ頃にジェラートを取り出す。何種類か作ったのだが、陽斗はチョコレート、美海はオレンジ、アイはストロベリーを選んだ。僕はメロンだ。芳醇な甘みが口いっぱいに広がり、それでいて爽やかな風味。全て味見した中で、一番好みだったのがこれなんだ。


「明日からは陣営の整備をしながら冒険者をここに入れるみたい」

「まだ様子見って感じだったな。指令ではとにかく急いで捕獲しろってことになってるらしいけど、それは無理だってさすがに奴らも分かってるみてぇで、ダンジョン攻略自体は慎重にするらしいぜ」

「私たちがダンジョンを制覇してダンジョンマスターになってるなんて、彼ら知らないし、深く潜ることよりも、ダンジョンを隅々まで見て回るのが重要らしいね。目的はダンジョンの制覇じゃなくて、私たちを見つけることだから」


 美海の付け足した言葉。つまりは――。


「明日から、罠大活躍ですね! どれだけ引っかかってくれるのか、楽しみです!」


 アイが本当に楽しそうに言う。やっぱり僕のAIは殺意度が高い。


「ダンジョン、入り組んだ作りにしてるし、罠多いしな……」


 全てを見て回るとか、それが僕の立場だったら絶望したくなるレベルだと思う。だけど、この十階層まで来るにはだいぶ時間がかかりそうなことを察し、ちょっと安心した。

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