第20話 ペット?

 朝食を終えてダンジョンコアを置いている部屋に入った。リビングルームからここへ来れるようドアを設置しているのだ。


「この部屋も見違えたな」

「そうだな。特にこの座布団、なかなか良い味出てんじゃね?」

「座布団って言わないで。クッションよ」

「正直、僕はどっちでも変わらないと思う」


 美海はクッションと言いたいようだが、ダンジョンコアを安置しているのは小さな赤い座布団のようなものだった。中央がとじられてへこんでいてダンジョンコアが見事にフィットしている。布地はロココ調の家具に合わせたような刺繍がされていた。

 部屋全体も綺麗に変えていた。家具に合わせた内観に、美海が満足そうだ。


「ダンジョンコア、ただの置物じゃん」

「身も蓋もないけど、僕もそう思う」


 土産物店なんかで売っていそうな置物にしか見えない。出しっぱなしにしているスクリーン上に触れてダンジョンカタログを操作できるから、僕たちにとっては使いようのない物だしな。

 アイはシステム構築の際にダンジョンコアに触れる必要があるらしいので、僕たちの言葉に肩をすくめて苦笑している。


「それで、今日はどうするの? 大体の設定はもう終えているけど」

「だよなぁ。実際に人が入って来ないと、改善点も見つけられねぇし」


 首を傾げている二人にため息をつく。二人は重要なことを忘れているようだ。アイに言われていなかったら、それは僕も同じだったんだけど。


「決めなきゃいけないことがあるだろう。――侵入者の攻略の様子、どこまで観察する?」


 二人が息を飲んだ。アイは目を細めて僕たちを見ている。今のところ何らかの意見を言うつもりはなさそうだ。


「アイが監視カメラっぽくダンジョン内部の映像をこのスクリーンに映せるって教えてくれた。それをアイがずっと監視してくれるとも提案されてる」


 それは、朝食の後に控えめに告げられたことだ。言われるまで、それについて深く考えていなかったが、侵入者の強さに対してダンジョンを改善させようと思うなら、実際にその攻略の様子を見なければ始まらない。


 だが、それを見るというのはすなわち人が死に行く姿を見るということである。不殺システムによって実際に死ぬことはなくとも、そういう状況に陥っている人を冷静に見続け分析することができるのか。


 僕たちは今のうちに真剣に考えておかなければならない。いざという場合はそれをアイが担当するという提案をしてもらったが、それを幸運に思って責任を軽々と放棄していいのかについても。


「そうね……。私は、一度見てみないと分からない」

「俺もだな。正直、映画のように捉えられる気もするけど、グロ系は嫌だな」

「そうか……。アイ、僕もそう思う。一度してみて、もし無理そうだったら、アイに監視を頼むことになるかもしれない。できるだけ頑張るけど、悪いな……」


 僕たちに視線を向けられたアイはほのかに笑んで首を振った。


「気にする必要はありません。私はAIですから。重視すべきは皆さんの精神です。無理をして体調を崩すことのないよう、早めに逃げていいんです」

「ああ……」


 そうは言われても見た目は同じ人間なわけで、アイだけに負担を強いるというのに気が咎めるのも事実だった。今のところは、なんとか映像を見れる精神力が自分に備わっているよう祈るしかないが。


「それは決まりとして、皆さんはもっと他にダンジョンを変えたい部分はないのですか? 生活環境の部分は急いで手を付けていたようですし、まだ足りない部分もあるのではないかと思うのですが」

「足りない部分、な」


 確かに大まかな環境は作ったが、今のところだだっ広い自然ができただけだ。ここでこの先も暮らしていくとなると、娯楽が欲しい気もする。


「俺、ゲーム欲しいな!」

「それはさすがに無理だろ」


 すかさず言い放った陽斗にツッコむ。ゲームみたいな環境にいるのにさらにゲームを望むとは、ゲーマーは凄い。


「私はペットが欲しいかな」

「ペット? スライムみたいな?」

「違う! 犬とか猫とかうさぎとか、とにかくモフモフしたやつよ!」


 勢いよく否定された。スライムも結構見慣れると可愛いんだが。まあ、これまでたくさん倒してきたから懐いてくると微妙な気持ちになるし、美海の言うことを理解はできる。

 それに美海は元々動物好きで、ペットを飼いたいとずっと言っていた。家がペット不可のマンションだったから諦め混じりだったけど、恐らく一人暮らしをするようになったら飼うのだろうなと僕は思っていた。


「ここなら誰に迷惑を掛けるでもないし、好きにしたらいいんじゃないか?」

「そうだな。選択肢、魔物しかねぇけど」


 僕も陽斗も美海の要望を拒否する理由はない。それを聞いた美海の顔がパッと華やいだ。


「じゃあ、早速――」


 いそいそとスクリーンに向かって魔物を選ぶ美海の背中を皆で温かく見守る。僕も小動物系の魔物を傍においてもいいかもしれない。陽斗だったら、カッコイイ系の魔物を選ぶのかな。


「私は映像システムを完成させておきますね」

「ああ、よろしく」


 アイが微笑んで作業に向かった。僕たちだけ遊んでいるのもなんだか申し訳ないが、正直することないしな。


「あ、恐らく明日にはあの廃村に近くの領主の騎士団がやって来ると思いますので、今日の内にしっかり休養をとっていてくださいね!」

「それ、初めに言おう?」

「マジか……?」

「え、それはペット選んでる場合じゃないよね?」


 特に手を加えることはないと思っていても、実際に追手がもうすぐ来ると知ったら、もう一度防衛システムを見直したくなるのが人間の心情というものだ。人間に見落としや失敗は付き物。いつでも不安があることを、AIにも理解してもらいたい。


 急いで全階層の罠や魔物の状況を確認することにする。今日の夜、寝られるか不安だ。



 ◇◆◇



 一通りの見直しを終えたら、ダンジョンコアの部屋でうだうだしているのは精神的に良くないとアイに「めっ」とされたので、三人でピクニックに出てみた。休めと何度も言うくらい、僕たちは余裕のない顔をしていたのかもしれない。

 生活環境として設定した自然もろくに確認していなかったし、外に出てみたら心が安らいできたから、アイが言うことは正しかった。


 家の周囲の平原から森の方に歩くと湖がある。そこで大判の布を広げて用意した弁当と水筒を並べた。昼頃になったらアイも来るはずだ。


「可愛いっ!」


 美海は召喚した魔物と早速戯れていた。見た目は普通の犬っぽい魔物だ。召喚した時は【ヘルウルフ(幼体)】と書かれていたから、狼なのだろう。


「正直、ケイブラットみたいに狂暴な見た目じゃなくて安心した」


 秘かに不安視していたことを口にすると、剣を振って鍛えていた陽斗が深く頷く。


「美海が期待してたみてぇだったから俺も口にできなかったけど、その可能性の方が高かったよな」


 ダンジョンカタログには写真も絵も表示されない。名前と説明だけで見た目を想像しなければならないのだ。

 ヘルウルフという名前で、凄い強面が現れるのではと内心戦々恐々としていたが、幼体と注意書きがあった通り、ある程度可愛らしい見た目で良かった。美海はそれを予想して選んだらしいから、慧眼だったのだろう。


「ハスキー犬っぽいよな」

「ああ、手足とか見ると、あれは成長したらもっとデカくなるぞ……」


 ジッとヘルウルフを見て苦く呟く陽斗に肩をすくめる。その点は僕も危惧してアイに聞いておいた。


「召喚した魔物、マスターが望まないと形が変わらないらしい」

「つまり?」

「あのヘルウルフ、今後どんなにレベルが上がって強くなっても、見た目はそのまま、美海の愛玩犬だ。幼体から変わらない」

「……そりゃ、良かった」


 美海が遠くにボールを投げる。ヘルウルフが嬉々とした様子で駆けていき、見事にキャッチして戻ってきた。これは、魔物というかもう犬って考えていいだろ。


「優弥、陽斗! ウルちゃん、すっごく可愛いんだけど!」

「そうだな。僕にもボール投げさせて」


 美海のここまで無邪気な笑みは久しぶりに見た気がする。アイが休息を勧めてくれて良かった。

 目を細めながら美海からボールを受け取り、思い切り投げた。ヘルウルフの円らな瞳が美海を見上げている。


「……いや、僕もマスターのはずだろ? ボール取ってこいよ⁉」


 僕をチラ見したヘルウルフがやれやれと言いたげに億劫そうに歩いていった。美海と陽斗が爆笑する。


 ……納得いかない。ウルとやら、お前の飯はないからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る