第19話 始まる日常
目を開ける。見慣れない天井があった。頬に触れるのは、ここ最近で慣れてきた寝具。
「――朝か」
身を起こす。ベッド以外はサイドデスクと椅子があるだけのシンプルな部屋だが、久しぶりの一人きりの空間に心が安らいでいた。
いくら気心の知れた幼馴染とは言え、常に誰かが傍にいる状態にあまり慣れていないのだ。特にアイは中身は一番近くにいた存在だが、見た目は推しのアバターだし。
「さて、朝飯はどうするかなぁ」
軽く身支度を整えてキッチンに向かう。僕以外の皆も慣れない環境に疲れが溜まっていたのか、人が動く気配はなかった。こういう朝の清閑とした空気、結構好きだ。
キッチンとリビングの窓を開けると、外の環境として設置した平原と森が視界に入る。涼しい風が吹き込んできて、眠気が残っていた頭を覚ましてくれるようだった。
どこからか鳥の
「美海はシリアルが良いって言ってたな」
キッチン横の食品庫に入る。宝箱が並んでいた。昨日の内に朝飯用の食材を設定していたから、次々に宝箱を開けて中身を取り出す。その瞬間から食材の時間が進みだしてしまうので、即座に魔力収納に仕舞った。
キッチンに戻ってから、オーツ麦を取り出す。これは既に調理しやすいように加工されていた。
これに砕いたナッツを混ぜ、メープルシロップやシナモンなどのスパイスを加え、軽く焼いて乾燥させる。
最後にドライフルーツを混ぜ込んで、即席グラノーラの完成だ。食べる時にかけるのは牛乳か豆乳。ヨーグルトもありだな。
陽斗は朝からしっかり食べるタイプだから、定食系がいいんだろうな。食材を見てメニューを決める。
魚あるし、メインは焼き魚だな。卵焼きも鉄板メニューだ。
塩を振った魚をグリルで焼いている間に、フライパンにダシと醤油で味付けして溶いた卵を流し入れ、焦がさないように巻いていく。
僕の好みは砂糖入りなんだけど、陽斗はしょっぱい卵焼きが好きなんだよな。昔、僕の弁当から卵焼きを奪い、食べた瞬間顔を顰めたのは今でも許していない。
これだけでは満足しないだろうから、具沢山の豚汁を用意する。ご飯は昨日の残りでいいだろう。
同じ男だけど、陽斗の食欲にはちょっとついていけない気がする。
「おおー美味そうな匂いだな!」
寝癖のついた頭を搔きながら、陽斗がリビングに入ってきた。そのままダイニングテーブルにつくのだが、顔は洗ったんだろうな?
「美海たちはまだっぽいか?」
「いや、物音はしてたから、もう起きてんじゃねぇか? たぶん女子には朝やることがたくさんあるんだろ」
「そうか」
美海たちももうちょっとしたら来そうだな。とりあえず出来上がった朝飯を陽斗の前に並べる。僕は美海たちと一緒に食べようと思って、野菜ジュースだけを手にテーブルについた。
「うまっ! さすが優弥!」
朝から本当に気持ちいいくらいの食べっぷりだと眺めていたら、ようやく美海とアイが現れた。寝起きとは思えないくらい身支度が整っていた。
「うわ……ちょっと、この匂い強すぎ」
朝は食欲がないらしい美海が顔を顰めて、リビングのソファー近くに置いているローテーブルの方に向かった。
それに苦笑しつつ、用意していた朝飯を運ぶ。僕たちはグラノーラとオレンジジュース。それと紅茶だ。頭がすっきりするように柑橘の香りがある紅茶葉を選んだ。
「……しっかりグラノーラ。まさか、手作り?」
「もちろん」
「美味しそうですね」
美海は豆乳をかけるらしいので渡す。アイは悩んだ末に牛乳を選択した。僕はヨーグルトにしようかな。美海たちより多い量なので、見た目に結構迫力がある。
それぞれが美味しそうに朝食を楽しむのを見ながら、気になっていたことをアイに聞くことにした。
「アイ、宝箱で得られる食材ってほとんどが馴染みのある名前だし、味も結構日本のと近いんだけど、これって偶然か? この世界、あんまり食材の種類がないのかと思ってたのに、わりと多いのも気になるんだけど」
グラノーラをモグモグと嚙んでいたアイが首を傾げ、飲み込んでから口を開く。
「それは、多くの食材を日本での情報を元にダンジョン能力で再現させるプログラムを構築したからですね」
「……は?」
思わず、美海と一緒にアイを凝視してしまった。そんな僕たちの様子に頓着せず、アイの説明は続く。
「そもそも、宝箱は魔力からアイテムを生み出すプログラムです。アイテムの情報がありさえすれば、基本的にどんな物でも設定することができます。そして、私の中には日本での情報が蓄積されていて、ある程度の物は情報をアウトプットできるんです。まあ、それは優弥さんがこれまでに検索したことがある物が多いので、全ての物を再現できるわけではありませんが」
「なるほど……」
どうやら、アイによって宝箱の内容が特殊になっているだけで、他のダンジョンではここのような食材は手に入れられないらしい。
「じゃあ、もしかして、調理済み食品自体も宝箱から出せるの?」
美海が期待に満ちた眼差しで聞いた。ちょっと小腹が空いたときに、わざわざ僕に言うのも申し訳ないと思っているのかもしれない。……美海は俗にいうメシマズ勢で、料理はからっきしのはずだ。
「あー、それは難しいかもしれません。私が必要な情報をアウトプットできなかったので……。ですが、一度作ってもらえたら、宝箱アイテムに加えられると思います。例えば、このグラノーラとか」
「それは便利だな」
「……優弥、暇なときにおやつ作って、アイちゃんに情報提供しておいてね!」
「了解」
大した手間ではないので軽く頷いておいた。
「複雑な工程の料理でしたら、私に手順を教えて下さい。その方が、より精度の高い情報になって、宝箱のアイテム化しやすいので」
「そうなのか。分かった。じゃあ、これからアイは僕の料理の助手だな」
「はい!」
アイが笑顔で頷く。どうやら料理を作ることに興味があったらしく嬉しそうだ。手先が器用そうだし、アイが料理を覚えてくれれば僕の仕事も減るだろう。
というか、完全に僕が料理担当になっていることに、少し文句をつけるべきだろうか――。
「あ、そうだ。陽斗ー、家事分担決めよう!」
「おう。俺、水回り掃除と男物洗濯」
「……まあ、妥当よね。それじゃあ、私は部屋掃除と女物洗濯ね」
どうやら、料理以外の家事は二人が担当してくれるらしい。僕は掃除が苦手だから正直助かる。料理担当は任せろ。
一人分担がないアイが拗ねて唇を尖らせるので、美海がその背を軽く叩いた。
「アイちゃんの仕事はもっと重要でしょ。ダンジョンのシステムはまだ完成じゃないって言ってたじゃない。それに、アカシックレコードを通じての情報分析も必要でしょ?」
「そうでした! 優弥さんたちの暮らしをより快適にし、少しでも早く日本への帰還が叶うよう、全力を尽くします!」
食べ終えた皿やコップをトレイに載せてキッチンに戻る際に、アイの頭を軽く撫でる。拳を握って気合いを入れていたアイが、きょとんと目を丸くして見上げてきた。
「無理はしなくていいからな。当面の安全は確保されてるわけだし」
「……はい!」
ニコッと笑うアイに笑み返してトレイを運ぶ。途中、ニヤニヤしている陽斗がいたので、その頭にチョップを入れておいた。
「ぐほっ」
「汚いな」
台拭きに使った布を陽斗の顔に投げる。
「味噌汁飲んでんだから、叩くんじゃねぇよ!」
布で顔とテーブルを拭く陽斗は、その布が何に使われていたかに気づいていないようだ。昨夜のうちに見て知っていた美海は顔を顰め、アイが陽斗に真実を告げるか迷った顔をしていた。
そのアイに首を振って気遣い不要を教える。陽斗の顔を拭くくらい、台拭きで十分だ。
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