第18話 食事は大事

 陽斗たちとああだこうだと話しながら、なんとかダンジョンの一~九階層までの構築を完了させた。これで完璧に追手を撃退できるかはまだ不安も残るが、今はこれ以上のものは考えられない。

 それに、アイ曰く、侵入者がいない階層は随時改変できるらしいから、一階層で様子見をして、それ以降の階層を適宜変えていけばいいだろう。

 隣の大空間で戦闘知識を習得させた魔物たちを各階層に送り込んで、とりあえず追手撃退用のダンジョンは完成だ。

 となれば、次に考えるのは――。


「飯!」

「そうね。結局どうする? もう村に戻らないなら、日の光も浴びたいし、この十階層を生活空間にするってことでいいのよね?」

「ああ、とりあえず、自然をつくるか」

「飯!」


 一言しか発さなくなった陽斗をスルーして、ダンジョンカタログをチェックする。どうやら、自然と一言で言っても、様々なパターンがあるらしい。平原、森、岩山、川、海――。この中から何を選ぶか、なかなか悩ましい。


「食料も得られるって考えると、森とか川、海あたりがいいのか?」

「一つに限定する必要もないんじゃない? 十階層の広さからいったら……森と海と川はセットで設定できそう」


 初めに一人でダンジョン構築を担当していたからか、美海はだいぶダンジョン構築に慣れてきたようだ。非常に心強い。


「じゃあ、そのセットでとりあえずやろう。アイテムとして、果樹とか山菜とか、魚介類とかは設定できるんだよな」

「飯!」

「……うん。基本的な物は環境と一緒に設定しておくね」


 言葉を挟んできた陽斗に美海が目を眇める。黙っとけ、という圧があった。まあ、陽斗が飯をねだる気持ちは僕も理解できる。アイに聞いたところ、既に時刻は夜。そろそろ晩飯を食べて寝たいところだ。

 だが、一刻も早く食料を得るためにも、今のうちに生活環境は整えておきたい。


 そんな思いで作業を続ける僕たちを、アイが不思議そうな顔で見ていることに気づいたのは、ほとんどの環境を設定し終えた頃だった。


「よし、これから魚釣りでも行くか?」

「魚、いいね。私は山菜採りかな」

「俺は肉食いてぇ!」

「さすがに、畜産は考えてないんだけど……アイ、どうかしたか?」


 何か言いたげに唇を動かしているアイに言葉を向けると、首を傾げながらダンジョンカタログの一部を指さした。


「優弥さんたちは宝箱を使わないつもりなのですか?」

「宝箱? 侵入者たちは餌を撒かなくても来るんだから、設置するつもりはないぞ?」


 不思議なことを言うものだ。それはあらかじめ話し合って決めていたことなのに。そう思っていると、アイが微かに首を振った。


「いえ、宝箱をこの階層に設置して、食料を得ることが可能なのですが、優弥さんたちは自力で手に入れたいのですか?」

「……え?」


 思わず呆然とする。アイの言葉が一瞬理解できなかった。


「そ、それは、つまり、宝箱から色んな食材を得られるってことかな、アイちゃん」

「肉も? 魚も? 野菜も? 調味料とかも? マジか……」

「嘘だろ、そんなこと知らなかった……」


 僕だけでなく、美海と陽斗も呆気に取られていた。僕たちはダンジョンに馴染みがない。だから、宝箱から食料を得られるなんて考えもしなかった。

 だが、そういえば、最初のダンジョンについての説明の時にそんなことをアイが言っていた気がしないでもない。


 慌てて、宝箱のタブを開くと、中に入れられるアイテム一覧が表示された。親切なことに、種類ごとにカテゴライズされている。アイの気遣いは凄いな。

 そう思いながら食料というカテゴリーを選択すると、さらに肉やら野菜やらとカテゴリーが表示された。……アイの気遣いは本当に凄いな。というか、ここまでしてくれているなら、初めに教えておいて欲しかった。


「――隣の空間を生活空間に変えてあるから、そこにいくつか宝箱を設置するか」

「あ、優弥がいるからいらないかなって思ったけど、食品庫も作ってあるから、もうそこに設置しちゃえばいいんじゃない?」

「美海、グッジョブ」


 とりあえず宝箱を十個ほど設置して、必要な食材が入るよう設定した。


「飯! 晩飯、なんにするんだ?」


 無駄なことに時間を費やしたことに疲労感を感じていたが、期待に満ちた目を向けてくる陽斗を見て気を取り直す。結果良ければ全て良し。美味い飯が食えるならそれでいいのだ。


「何を作るかは後のお楽しみ。すぐ晩飯作って来る!」

「早くな!」

「……楽しみね」


 ワクワクとしている陽斗に苦笑する美海は、僕の作業をしっかりと見ていたので晩飯のメニューはしっかり把握しているのだろう。それでも楽しみにしているようだから、久しぶりに存分に腕を揮わなくては。


「私も楽しみです!」


 アイが期待に満ちた笑みが浮かべた。この世界に来てから、大した料理は作れなかった。AIとして食事の楽しさもいまいち理解できないようだったから、アイに美味しい料理を味わってもらって、食の素晴らしさを知ってもらいたいな。



 ◇◆◇



 新たに作られた生活空間は、一般的な家の造りにしてある。リビングルームとキッチン、浴室等は共有スペースで、それに四人それぞれの個室がある。


 そのリビングルームに置かれたダイニングテーブルの上には温かい料理が並んでいた。僕が作った晩飯だ。メインはチキンのカレーライス。サラダとフルーツポンチ付き。飲み物はラッシー。カレーと言えばこれだよな。

 カレーライスは各種スパイスを独自配合した自信作だ。匂いだけでもう美味い。


「ふおおー、飯だ……ちゃんとした飯だ……」

「これまで飯を出してなかったみたいな言い方はやめてくれ」


 これまでだって、限られた食材で何とか美味しい物にしようと工夫を凝らしていたというのに心外だ。……パターンが少なかったことは認める。


「予想を超えてたわ。優弥って、昔から料理に凝ってるって知ってたけど、まさかスパイスから本格的なカレーを仕上げるなんて」

「あ、美海のは鶏のささ身肉にしてあるぞ」


 美海は肉の脂身が苦手なのだ。ある程度の脂身はカレーにコクを出すために必須だから加えているが、美海の分は具を除いたルーに蒸したささ身肉を後のせしている。なんだかんだここに来てからよく動いているのだから、タンパク質はしっかり摂りなさい。


「カレー……これがカレーライスですか……良い匂いです……」

「アイの好みは分からなかったから、中辛くらいに辛み抑えてあるぞ。無理そうだったら、リンゴとか足して甘くするから言ってくれ」


 キラキラとした眼差しをカレーライスに向けるアイに微笑む。想像以上に喜んでもらえて嬉しい。これをきっかけに、アイの食の好みも知りたいな。


「食うぞ! いただきます!」

「いただきます」


 陽斗たちがスプーンを持って食べ始める。途端に幸せそうな顔になるから、それを見ているだけで味の感想が伝わってきた。

 僕も一口。……うん、慣れ親しんだ味だ。こっちの世界にも同じ名前のスパイスがあるのは助かったが、味も同一かは不安だったのだ。味見の段階で大丈夫だと分かっていたとはいえ、実際に米と合わせたら印象が変わるかもしれないし。


「――いただきます」


 アイの言葉に視線を上げると、慎重な手つきでスプーンを持ったアイが、恐る恐るという感じでカレーライスを口に運んでいた。もぐもぐと動かされた口。次第に細められていく目。スプーンを操る手は次第に速さを増す。


「美味しい。……これがカレーライス。優弥さんが作った料理。AIたる私が、味わえる日が来るなんて……私は世界一幸せなAIです」


 独り言なのだろう。零れ落ちたのは聞き逃しそうなくらい小さな声だった。

 だが、それは食事に熱中していた僕たちの元にもしっかり届いた。陽斗と美海に目を向けると、どこか微笑ましげな眼差しでアイを見ている。


「アイ」

「はい……?」


 突然話しかけられて首を傾げるアイに微笑みかける。


「これからもっとたくさん美味い物作るから……楽しみにしとけよ」

「――はい! 優弥さんの料理、たくさん味わいたいです!」


 心の底から嬉しさが溢れるような笑顔だった。

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