第17話 魔物と特訓
「――ワラドールはそこから入って来てくれ」
『かしこまり』
大空間に応急措置として作られた洞窟。僕たちがこれまで通ってきたものに酷似させている。
スライムに口頭であらかたの戦闘知識を仕込んだ後は実践あるのみ。ワラドールを侵入者役にして、スライムの訓練が始まった。
「上手くいくかね」
「いってくれねぇと困る」
僕と陽斗の視線の先にある洞窟の天井にスライムがくっついていた。アイ曰く、スライムには溶解・分裂の能力の他に、擬態能力もあるらしいので、洞窟の色と同化させている。
「う~ん天井自体をもっとデコボコにした方がいいな。色は紛れても形が分かりやすいから、スライムがいるって知ってたらすぐ気づきそう」
「確かに。後で美海に言っとこうぜ」
明らかに出っ張っている土色のスライムを見ながら呟くと、陽斗が即座に頷いた。あまりに目立っているからな。
『ワラドール、行きま~す』
向かい側からワラドールが歩いてくる。軽そうな言葉遣いのわりに、抑揚がないから不気味なんだよな。顔もそうだけど。
そんなことを思いながら観察していたら、スライムの真下あたりにワラドールが到着していた。天井から離れたスライムが落下する。
――ぺちょ。
「……うん」
「まあ……こうなるんじゃねって思ってた」
僕と陽斗の視線が、地面で平べったくなっているスライムを捉えた。落下の衝撃で形を保てなくなって伸びているらしい。その位置はワラドールの背後だった。
ごく普通を心がけて歩いていたワラドールが、何が起きたか分からないと言いたげに僕たちに顔を向けてくる。一切変わらない表情で困惑を伝えてくるのは器用だな。
「――スライム。タイミングを摑めるように訓練しような」
「あれだ……侵入者の歩行速度から、真下に来るタイミングを予測して動かねぇとダメだぞ?」
僕たちが口々に助言すると、丸みを取り戻したスライムが申し訳なさげに体を震わせた。顔もないのに感情が伝わってくるから、魔物が器用なんじゃなくて、ダンジョンマスターの能力で察知できているような気がしてきた。
「もう一度やろう」
「位置に戻れー」
陽斗の掛け声でワラドールが小走りにスタート位置に戻り、スライムがムニムニと壁を伝って天井に辿り着く。
「ワラドール、スタート!」
『かしこまり』
ワラドールが歩き出す。今度は罠を警戒するように周囲を見渡しながら、慎重な足運びだった。芸が細かい。
先ほどよりも進むのに時間がかかっているワラドールを、スライムが微動だにせず待っている。そして、もう少しで真下に来るというところで天井から離れた。
『あ!』
――ぺちょ。
ワラドールが何かに気づいたかのように壁際に駆け寄ると、スライムが空しく地面に落下した。
「……まあ、あるよ? そういう可能性有るけどね? 最初はノーマルパターンで罠に嵌まれよ!」
「おい、ワラドール! スライムが悲しんじまってんじゃねぇか!」
『何故、わたくし、こんなに怒られているんです?』
プルプルと震えるスライム。悪びれた様子のないワラドール。なんだか頭が痛くなってきた。
「とにかく、ノーマルパターンでまずはスライムに成功体験を覚えさせるんだ」
「ワラドール、絶対に避けんじゃねぇぞ!」
『……かしこまり』
納得できないと言いたげに首を捻りながら、ワラドールがスタート位置に戻った。スライムがやる気に満ち溢れた雰囲気で壁を伝って天井に向かう。何故かスライムからワラドールへ強烈な殺気が放たれているように感じられた。
「……なあ、これ、やばくね?」
「……やばいかな?」
陽斗と顔を見合わせて考えるも、既にワラドールとスライムは待機位置についている。ここで中止を決めるのもおかしな話だろう。
「……二代目ワラドールも今後の可能性に入れとこう」
既に美海の元に向かったアイに依頼すれば、すぐに次のワラドールを用意してもらえるだろう。
「南無三……」
「スタート!」
陽斗がワラドールに向けて
ワラドールが一定の速度で歩いてくる。徐々にスライムの真下に差し掛かるのを見ながら、緊張で湿ってきた手を握りしめた。この先の展開を見るのが怖い。
『ら~らら~ら~……ッ』
――バシャ!
ハミングするワラドールの頭に、見事にスライムが落下した。しかも、顔の位置に即座に移動するという俊敏性も見せている。ムニムニと動きながら、ワラドールの頭を包み込んでいた。
『ま、待ってください⁉ 頭、わたくしの頭溶けてません⁉』
――ベチョベチョ。
『ギャー、わたくし食べても美味しくないですよー!』
初めて感情が窺えるワラドールの叫び声だった。慌ててスライムに指示を飛ばす。
「ちょ、スライム、ストップ! そこまででいいから! もう成功だから、離れなさい!」
「……そっかぁ、スライムなんだから、窒息死って言うか、溶解死っていう手もあるんじゃん」
僕が必死にスライムに指示を出す横で、陽斗が遠い目で力なく呟いているので、その頭を叩く。僕を置き去りに現実逃避するんじゃない。
『わたくしの頭が溶けてます……』
スライムが離れた頃には、これまで少しも変わらなかったワラドールの顔が歪んでいた。溶解されたせいだ。頭の形も丸っぽくなった気がする。
なんと言うべきか分からず視線を逸らすと、一体のスライムが他の二体のスライムに胴上げされていた。思わず二度見する。
――ぴょーん。
二体のスライムによってスライムが宙を飛ぶ。どこか誇らしげな雰囲気だった。二度の失敗はよほどスライムの矜持を傷つけていたらしい。成功した達成感に満ち溢れている。
「……まあ、どっちも死んでないし、これはこれで成功だな」
「よし、次の訓練しようぜ!」
『わたくしの頭……』
抑揚なく呟くワラドールの背景に闇が広がっている気がしたが、見なかった振りで流した。大丈夫、何があってもついていくってワラドール自身が言っていたんだし。
◇◆◇
一通りの訓練が終わって、魔物たちに大空間での待機を命じた後、漸く美海たちが作業しているところに戻ってきた。
訓練中の苦労を美海に語ると、面白そうに笑われる。
「――それで、結局ワラドールは一代目のままなの?」
「ああ。かろうじて。……後で、治癒魔術をかけてやってくれ」
最後まで訓練をやり通したワラドールに敬意を示して、美海に慈悲を願った。軽く頷かれてホッとする。攻撃を受け続けた最後の姿があまりに哀れだったから。
「訓練が終わったようでしたら、追加の魔物を生み出して、技術の伝授をしてもらいましょう」
アイの提案に頷く。どうやらダンジョン生まれの魔物は同じ種族同士なら、ある程度の経験を共有できるらしい。ダンジョンで必要となる魔物の数は多いので、いちいち僕たちが教えなくてもいいのは本当に助かる。
「じゃあ、今後魔物は一度ここの近くで技術を習得させてから、ダンジョンに送り込むってことで」
「おう。それがいいだろうな」
美海の言葉に陽斗が答えるのを聞きながら、僕はスクリーンの方に注目していた。いつの間にかダンジョンの地図が変わっていて、しかも至る所に罠マークがある。思わず顔が引き攣ってしまうほどの数だ。
「……殺意高い」
「うん? なんか言った?」
笑顔の美海から顔を逸らし、「イイエ……」と呟く。この顔の美海に口ごたえするほど僕は馬鹿じゃない。
「この罠に魔物が嵌まることはねぇよな?」
僕と同じように顔が引き攣っている陽斗がアイに聞く。それには否定が返ってきた。
「ダンジョンマップの情報は、このダンジョンで生まれた魔物に自動的に共有されます。よほど愚かな魔物じゃない限り、そんなことは起こらないでしょう」
笑い飛ばすアイに、そこはかとなく不安が募る。よほど愚か、ね……。脳裏に浮かんだのはワラドールの姿だった。だが、あいつは愚かってわけではないはずだ。うん。……きっと大丈夫。
僕と視線が合った陽斗も同じようなことを考えていそうだったけど、首を振って口に出すのを止めた。言葉にしたら実現しそうで怖い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます