第16話 防衛システム

「最初は防衛システムを考えた方が良いのかな?」

「飯も重要だぞ?」

「追手がもうすぐ来るって話だし、どう撃退するのか考えるのが優先だろう。飯はまだある」

「……塩漬け肉な」


 僕が美海の意見に同意すると、陽斗が不満げな表情ながら頷いた。

 その後、ダンジョン構築用カタログを前にして、皆でどういう物にすべきか話し合うのだが、なかなかまとまらない。そもそも、人間を倒すということを考えたことがないのだから、アイディアに行き詰まるのも当然だろう。

 唯一そういうことにゲームで馴染みがありそうな陽斗もいるが、現実でのこととなると良い案が出てこないようだ。


「不殺プログラムは既に組み込んでいますから、全力で殺す気の罠を張り巡らせても大丈夫ですよ?」

「結構、とんでもないこと言うよな、アイって……」


 不思議そうに首を傾げるアイに肩をすくめ、改めてカタログを見つめる。

 現在ダンジョンは十階層。僕たちがいるところが、ダンジョンの最奥になっている。階層を増やすことはまだ実装できていないとアイが語るので、この十階層で追手を撃退しなければならない。

 この世界の騎士や魔術師、冒険者たちがどれほどの実力を持っているか分からないが、絶対にこの最奥まで辿り着かないようにするには――。


「うーん、とりあえず、一階層は罠尽くしにするか」

「そうね、実力を調べるために、段階的なレベルで魔物も設置しましょ」

「ケイブラットとかは流石に弱すぎじゃね? もっと強い奴置かねぇと、経験値くれてやるみたいなことになるぞ」


 陽斗の言葉に頷く。

 僕たちにとっては、弱い魔物の登場で戦闘経験を積めて助かったが、追手たちにそんなことをする必要もない。とはいえ、どのくらいの魔物が適当かは皆目見当もつかないのだが。


 魔物と罠のページを流し見ながら、ああだこうだと話し合っているのを、アイがにこやかに見つめていた。それは僕たちの顔に笑みが浮かんでいるからだろう。

 僕たちを捕えるための人間が迫ってきていることは分かっているが、こうしてダンジョンの内容を考えるというのはゲームをしているみたいで楽しい。普段そこまでゲームをしていない僕ですらそう思っているのだから、ゲーマーな陽斗はなおさらだろう。最初に食事改善を訴えていたことを忘れたかのように、ダンジョン作りに熱中している。


「罠は落とし穴、槍落とし、矢飛ばし、あとは――」

「スライムとか魔物を罠と組み合わせるのも、ありがちだけど良くね?」

「魔物と罠を?」


 陽斗の言葉の意味が分からず首を傾げると、不思議そうに説明を始める。どうやら陽斗にとっては当然のことだったらしい。


 ――例えばスライムと罠を組み合わせるとする。スライムは見た目そのままにゼリーに柔らかいゴムのような粘性を増加させた感じであり、物理攻撃に強いという特性も持っている。なので、侵入者の上から落として鼻と口を塞げば窒息死を狙えるだろう。もし、それに対処されるようでも、慌てたところを落とし穴に嵌めたり、矢を射かけたりすれば、効果が上がるはずだ。

 ――他にも、魔物を使って罠へ誘導するという手もある。魔物単体で、あるいは罠単体で撃退を狙うよりも、よほど高い効果を見込めるだろう。


 陽斗のそんな説明を聞いて、僕と美海は思わず顔を引き攣らせた。


「きょ、凶悪……」

「陽斗って、そんなに性格悪かったかな……?」


 陽斗が心外そうな表情になった。だけど、スライムを使って窒息死を狙うとか、卑怯者のそしりを受けても仕方ないと思うぞ?

 ドン引いている僕と美海の一方で、アイは輝いた眼差しを陽斗に向けていた。どうやらアイにはとても良い案だと感じられたらしい。僕のAI、殺意度が高い。


「良いだろ? どうせ倒すんだし、その手段がどうこうとか、言ってられる余裕ねぇじゃん」

「確かに……」

「追手との直接の対峙を避けるためにも、ダンジョンでの撃退は必須だものね……」


 顔を見合わせて頷く。生き残るためには卑怯と言われようと万全を期すべきだ。甘さなんて見せても、足をすくわれるだけ。僕たちは日本への帰還を目指し、その過程での精神負担を減らせさえすればいい。


「じゃあ、とりあえずそういう系の魔物を設置するとして……魔物って、僕たちの細かい指示に従ってくれるのか?」


 前提となる知識がないのでアイに尋ねると、考え込むように首を傾げられた。さっきは陽斗の意見に賛同していた感じだったのに、なぜそこで悩む?

 僕たちの視線を受けたアイが苦笑しながら話し出す。


「できます。ですが、それには直接訓練をつける必要があるかと。この隣の大空間に魔物を召喚し、戦闘訓練をさせてから所定の位置についてもらえば可能だと思います」

「なるほど、魔物の本能に組み込まれてない動きだから、あらかじめ色んなパターンの戦闘方法を仕込んでおくわけか」


 隣の大空間という言葉に顔を顰めている美海をスルーして、カタログからスライムを選び召喚する。


「……じゃあ、私は一階から順に罠を設置しておくから、魔物の訓練は二人に任せるね」

「どんだけ隣行きたくねぇんだよ」

「違う! ただの役割分担よ!」


 陽斗の呆れの声に強がりな言葉が返る。まあ、こういうところは、美海の可愛いところでもあると思うから、僕は何も言わない。魔物に訓練をつけるのと、罠設置を同時進行させた方が効率が良いのは確かだし。


「先に隣の空間を変えておけば良かったですね」

「気にするな。どうせ、撃退用のダンジョンが出来上がったら、この階層は生活空間として大改装するつもりだから」


 苦笑するアイに肩をすくめる。元々、最奥に存在する階層は全面を生活のために必要な設備にすることを、陽斗たちと話し合って決めていた。長くここで過ごすことになるなら個室が欲しいし、食料についても身近で得られるようにした方が良いからな。


「じゃあ、魔物への訓練のつけ方を優弥さんたちに教えた後で、私は美海さんのサポートに入りますね」

「ああ、よろしく」

「アイちゃん、早めにね!」


 まとめて魔物を召喚した上で美海を残して隣の大空間に向かった。その際に、魔力収納に詰め込まれていた不要なアイテム類をエネルギーに変換して使えたので、ちょっと身軽になった気分だ。特にあのゴリホースとゾンビエットタトルの像を消し去れたことが大変喜ばしい。




 隣の大空間では、既に魔物たちがウロウロと動き回っていた。近づくと、ダンジョンマスターである僕たちに敵意を向けることなく、指示を待つように停止する。つい最近まで敵対していた魔物に訓練をつけるなんて不思議な感じだ。


「まずはスライムだったな」

「訓練ってどうすんの?」


 三体のスライムを集め、陽斗と視線を交わす。そんな僕たちに、アイがにこやかに何かを差し出した。


「デカッ!」

「これ、藁人形だよな?」


 どこから取り出したのか分からないが、僕と同じくらいの背丈の藁人形がいつの間にか眼前に鎮座していた。


「ダンジョンのシステムを私は遠隔で操作できますから、召喚しました」

『召喚されました』

「うおっ⁉ 喋った⁉」

「うわ……口動いてないけど」


 藁人形の頭部に張られた白い布に何故か描かれている不気味な顔。そこに一切の変化はなく、頭に直接届けられるように声が響いた。どうやらこの藁人形、魔物らしい。しかも、僕たちに声を届ける能力があるようだ。

 ……ここに美海がいなくて良かったな。問答無用で焼き尽くされてる可能性あったぞ。


「ワラドールです」

『わらわら。これ、笑じゃなくて藁なので。草』

「……絡みにくいんだけど」


 抑揚のない声で話されるとどう反応すべきか困る。横を見ると、ノリがいい陽斗ですら顔を引き攣らせ黙り込んでいた。


「これを侵入者役にして訓練をつけましょう。体力と防御力が強めなので、倒してしまう可能性は低いです。まあ、倒してしまってもまた召喚すればいいですし」


 僕と陽斗の困惑に気づかず、アイが笑顔で説明を加える。内容は理解できたが、なかなか鬼畜なこと言ってないか?


『ワラドール、体力が自慢です。叩かれ、蹴られ、あぶられ、それでもあなたについていきます。……ぴえん』

「すっげぇ罪悪感煽るようなこと言いやがんだけど、この魔物!」


 陽斗が悲鳴混じりの声を上げた。それに対してきょとんとするアイを見つめて、僕はため息をつく。

 これからの戦闘訓練、僕たちの精神力訓練にもなるのかもしれない。

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