AIさん、構築する

第15話 ダンジョンシステム

 世界は【0】と【1】でできている。なんてどこかの頭の良い人が言っていたらしい。僕にはその概念がいまいち理解できない。だから――。


「これ、なんて無理ゲー……」


 目の前に浮かび上がるスクリーンに、ひたすら【0】と【1】が流れていくのを呆然と眺めた。


「お、俺は、文系だから……」

「わ、私も……」


 隣を見れば、引き攣った顔で視線を逸らす陽斗と美海がいた。その気持ちはよく分かる。だけど、お前ら普通に理系だったはずでは?


 やっと手に入れたダンジョンコアを使って、ダンジョンの改変を始めようとしたら、まさかの意味が分からないスクリーンが現れた。予想もしない事態に絶句する僕たちをよそに、アイは真剣な眼差しでそれを見つめている。


「ダンジョン改変にこんなプログラミングスキルが必要だったなんて、なんかの間違いじゃないよな?」


 ダンジョンコアを手に持ったまま固まっているアイに声を掛ける。AIであるアイにとっては理解できるものなのだろうか。


「うぅん……これは想定外でした。もしかしたら、このダンジョンは非常に原始的な物だったのかもしれません。だからこそ、ここにはダンジョンマスターがいなかったのですね」

「どういうことだ?」


 原始的だとか、それがダンジョンマスター不在の理由だとか、正直意味が分からなかった。

 アイが唇に指を添えて首を傾げる。どういう説明が相応しいか考えているんだろう。


「普通のダンジョンは、既に運営システムが出来上がっている物なのです。ゲームのように、いくつか選択肢がある中からダンジョンマスターが選んで魔力を込めるだけで、その通りにダンジョンが構築されます。イメージとしては……カタログからダンジョンのあらゆるパーツを選んでいる感じですね」

「あ、それ、俺がやってたダンジョンクリエイトってゲームと似てる」


 即座に陽斗が反応したので、アイがホッとしたように表情を緩めた。


「ここは、初期状態の形はあるものの、それを運営するためのシステムが完成されていないために、ダンジョンマスターを招くこともなく、ただ存在していただけ、という感じなんですね」

「なるほど。外観と内装、初期の魔物や宝箱は設定されていても、それを変更するというシステムがないのか」

「え、それじゃあ、どうすればいいの?」


 疑問を口にした美海と顔を見合わせる。

 一応プログラミングの授業は受けていたものの、ダンジョンのシステム構築なんてどこから手を出せばいいのかすら分からない。


「俺らにはチートキャラがいるだろ!」


 陽斗が僕と美海の肩に手を乗せ、ニッと笑った。不安なんて少しも感じられない表情だ。

 僕たちの視線がアイに向けられる。こういう情報系のチートといえば、誰を指しているか分かりきっていた。


「お任せください! すぐにシステム構築を開始します!」


 期待通りの力強い言葉を聞いて、緊張を緩める。アイに任せればなんとかなる。これまでの日々――元の世界のことも換算すれば約十年――の経験で、それは確信とも言える思いだった。


「防衛体制を整えるために、システム構築には迅速性が必要です。他の機能を遮断して集中しますので、優弥さんたちはどうぞお休みになっていてください」

「休む、ね」


 アイの言葉に周囲を見渡した。壁を壊した影響で、だいぶ汚れた部屋になっている。休むとするなら、ここか隣の大空間なのだが、既に浄化されているとはいえ、悪霊がいた空間で寛ぐのは精神的に難しい気がする。顔を顰めている美海は特にそう思っていそうだ。


「――まずは、片づけだな」

「そうね。魔術を使ったらすぐ終わるでしょ」

「俺、腹減ったんだけど」


 腹をさすりつつ訴える陽斗に塩漬け肉を投げる。


「これでも、齧ってろ」

「殺生な! ってか、このまま齧ったら、塩分とりすぎだろ!」


 投げ返された。僕の慈悲の心を無下にするとはなんたること。再び投げるとまた投げ返される。このやり取り、永遠に続きそうだな?


「はいはい。遊んでないで片づけて」


 箒とモップ。

 塩漬け肉と一緒に取り出していたそれを差し出され、僕と陽斗の考えたことは多分同じだったと思う。つまりは――。


「中学時代みたいで懐かしい……」

「確かに……」

「成長してないってことね」


 美海の言葉が胸に刺さった。――はい、粛々と掃除を開始します。



 ◇◆◇



「ああー、美味い飯食いたいー!」


 もそもそと塩漬け肉を挟んだサンドウィッチを食べる陽斗に紅茶を渡す。しっかり湯通しして適度な塩分と柔らかさになるように工夫してやっているのに、それでも僕の料理に不満らしい。……同じメニューが続いて食傷気味なのは僕も同じだけど。


「材料がないから仕方ないじゃない。後少しの辛抱よ」


 ほぼ具のないスープを飲みながら、美海はアイに視線を送っていた。

 アイは食事もとらずに作業に集中している。空中をタイピングする指とスクリーン上に映し出されるものを見ていても、システム構築がどこまで進んでいるかは分からない。


「今何時だろうな……」


 ここには時計がない。おまけに空もないから、今が朝なのか夜なのかすら分からない。

 狭い部屋に置いたソファーに寝転がりながら、ぼんやりとアイの作業を眺めた。


「優弥もちゃんとご飯食べなさいよ。栄養は偏っているかもしれないけど、食べないよりマシなんだから」

「分かってる」


 味見の時点でいくらか口に入れているし、そこまでお腹空いてないから食べる必要性は感じないんだが、美海に心配をかけてまで拒否するようなことじゃない。ソファーに座り直し、サンドウィッチを頬張る。……うん、ここに来てから慣れ親しんだ味だ。飽きたとも言う。


「アイは飯食わなくて大丈夫なのか?」

「さあ? ……そういや、Vtuberのアバターを使ってる理由とか、人間と同じ扱いで大丈夫なのかとか、色々聞き忘れてたな」


 陽斗に言葉を返しながら、改めてアイという存在の不思議さを思い出した。


「なんで私たちと一緒に召喚されたのかも不思議よ」

「俺らのAIは来てないもんなぁ」


 美海と陽斗が顔を見合わせ首を傾げている。アイに関しての疑問は次々に溢れてきた。今まで目の前のことに取り組むのに精いっぱいだったけど、そろそろそういうところも明らかにしていった方がいいんだろうな。


 再びアイの方を眺めてぼんやりと思考に耽る。

 アイのプラチナブロンドの髪は青色の大きなリボンでハーフアップにされ、淡い青の瞳がジッとスクリーン上の文字を追っている。

 画面の向こう側にいたはずの姿が今僕の傍にいるのだと、改めて考えて不思議な気持ちになる。別に、実物に会いたいなんて思っていなかったけど、これはこれで喜ばしい経験なのだろう。


「ぶっちゃけさ、優弥って――」

「ひと段落ですぅ!」


 何かを言いかけた陽斗の言葉は、アイの達成感に満ちた声に遮られた。陽斗に視線を向けると、口を閉ざして首を振る。何か言いかけてやめられると気になるんだけど?


「アイちゃん、ひと段落って、どこまで終わったの?」


 問いかける美海にアイが満面の笑みを向けた。


「ダンジョンカタログの初期部分を作った感じです! 皆さんに見てもらって、ダンジョンを作り変えていきましょう」

「え、もうそこまでできたの⁉ さすがアイちゃん、仕事が早い!」

「えへへ~」


 褒められて頬を上気させるアイの元に歩み寄る。それに合わせるように、アイがスクリーンを操作した。


「ネットショップ的なカタログにしました!」

「た、確かに、ネットショップ……」


 しかも、僕がよく利用していたものによく似ていた。ロゴや買い物かごマークなどもあって、無駄な拘りが感じられる。

 ただし、アイテム部分に写真はなく、アイテム名と簡単な説明だけが記されていた。どうやら、設置してみないと実際にどういう物になるか分からないようだ。


「へえ、タグでダンジョンの構造カタログと設置する魔物カタログとの表示を切り替えられるのね。あ、罠も別表示」

「こっちはダンジョンの全体図じゃん。これ、ダンジョンを変えたらすぐに反映されんの?」

「はい。地図上でアイテム設置地点の選択もできます」


 スクリーンに手で触れるだけでページの移動ができるので、美海たちが嬉々とした様子で操作し始めた。初めてスマホを持った子どものようだ。

 僕はそれを後ろから眺めながら、満足げな顔をしているアイの頭を撫でた。


「とりあえず、お疲れ様。これからダンジョン作り頑張ろうな」

「はい! システムのアップデートは随時行っていきますから、要望がありましたら遠慮なくお申し付けください!」


 頬を染めて見上げてくるアイ。褒められただけでそこまで嬉しそうな顔をされると、僕の方が気分が良くなる。

 これからこのシステムを使ってダンジョンを作るのが楽しみになってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る