第14話 怖キャラお断り
扉を開けた先、広い空間の中央に存在感のある魔物が佇んでいた。
大きな甲羅。それには人ひとり入れそうなくらいの大きさの穴がある。その穴からヌッと魔物の頭と手足が出てきた。
この魔物はゾンビエットタトル。一軒家くらいの大きさの亀のゾンビだ。腐敗臭が凄くて、無言で鼻を摘まむ。生理的な涙で視界が滲んだ。
「陽斗、がんばれよ」
「これ、無理でしょ。性格がどうこうじゃなくて、無理」
語彙力を失う不快さに、美海と共に戦闘意欲が急低下する。事前情報では知っていたが、それと実際に体感するのとでは全くの別物。ゾンビという時点で嫌な予感はあったが、ここまで酷い臭いだとは思わなかった。
魔物を倒しても血が出ないし、死体も残らない仕様なのだから、ゾンビの臭いもなくしてほしいと願うのは、当然のことではないだろうか。
「お、俺も、むり……」
陽斗が魔物から限界まで離れようと壁にへばりつきながら鼻を摘まんでいるので、その肩を摑んで魔物の方に押しやろうとした。だが、離れない。吸盤でもくっついているのかと疑いたくなるくらい離れない。
部屋に入るまで意気揚々としていたのだから、ここはそれを貫き通せよ。何のために陽斗がいると思ってんだ。……まあ、このためじゃない! と言われてしまえばそうなんだけど。
――ふ……ふ……ふ……。
「何の音?」
「……知らん」
「……気づきたくねぇ」
気づかない振りを貫きたい。だが、いつまでもそういうわけにはいくまい。……いや、やっぱり無理。
「優弥さーん、ゾンビエットタトルは脳がないんです。実はゾンビと言うより悪霊に近いんですよ。目に見えている部分だけが、魔物じゃないんです。だから、私のテレパシーは効かないですし、陽斗さんの剣も魔力を纏わせないと効果は薄いです。分かってるとは思いますが、どこから襲ってきてもおかしくないので、警戒は怠らないようにお願いします」
「悪霊……」
その情報は前もって教えてほしかった。何故その言葉を省いていたんだ。僕は隣を見れなくて、陽斗に視線を向けた。陽斗は僕の隣を見てしまったらしく、顔を青ざめさせて遠い目をしている。
「――悪霊?」
隣から、引き絞られた声が聞こえた。それが震えているのは、どういう感情からなのだろうか。
そんな無意味なことを考えて気を逸らしていたら、事態に変化が訪れた。
――ふ……ふ……ほしい……いのち……ほしい……。
「僕たちの命あげても、魔物は生き返らないと思うぞー」
「おい、ばかっ!」
思わず返答してしまったら、陽斗に口を塞がれた。申し訳ない、本当に反射的にしてしまったことなんだ。
「命……? 悪霊が……?」
近くから聞こえる冷え切った声は、今にも爆発しそうな感情を秘めていた。冷や汗がこめかみを流れる。
――いのち……。
『おまえのいのちちょうだい』
僕が耳元に気配を感じた瞬間に、美海の感情が爆発していた。
「――悪霊如きが、私に、近づくんじゃ……ねえーっ!」
――ドンッ!
視界が白く染まるほどの、激烈な光が満ちた。
「ぐあっ……目が、目がぁ!」
「くっ、予告が、欲しかった……」
「し、視力に影響があります。美海さん、浄化魔術の行使をただちにやめ、治癒魔術の発動を願います……!」
状況は大混乱に陥った。
美海が落ち着きを取り戻して治癒魔術をかけてくれた頃には、魔物は気配すら残っていなかった。ここで起きたことを唯一証明してくれるのは、中央に転がっている亀の像だけである。
「――これは、あれか。ゴリホースと同様に、魔物を召喚できる道具」
「破棄しよう」
「……」
落ち着いていなかったらしい。美海にイイ笑顔で詰め寄られて背を反らす。美海さん、顔が怖いです。
「他のアイテムみてぇに、ダンジョン作成時に使っちまえばいいだろ」
「それでダンジョンに悪霊が湧いたらどうするの⁉」
美海のご乱心は終わらない。よほどホラー展開が無理だったらしい。お化け屋敷すらダメな人間に、魔物とはいえ、本物の悪霊との遭遇は耐えられないよな。ホラー映画とか普通に観れる僕ですら、ちょっと背筋が凍ったし。
陽斗が話しかけて気を引いている内に、ドロップアイテムを魔力収納に仕舞った。
ちなみに宝箱はなかった。ボス倒したのに宝箱ないとか、ダンジョンコアの存在を知らない冒険者なら怒り狂いそうだな。
「――さて! これでダンジョン攻略は終了か?」
「そうですね。ここはダンジョンマスターがいませんから、その扉を開けてダンジョンコアを取得したらオッケーです!」
アイの指差す方を見ると、いつの間にか扉ができていた。だが、驚くほど小さい。この空間に入るときの扉はなんだったのかと思うくらい、続きの扉が小さい。
「……不思議の国のアリスになれとでも?」
拳一つ分ほどの扉を見下ろして、呆然と呟いた。僕の様子はすぐに美海たちにも知れて、同様に呆然と固まっている。
「体を小さくする薬はありません。扉が小さいなら、大きくすればいいんです。魔法でドカンと一発!」
「急に強行突破策だしてくる……。アイ、もしかしてストレスでも溜まってるのか?」
「AIにストレスという概念はありません」
アイがいつもと変わらない微笑みを浮かべる。どうやらストレス故の暴論ではなかったようだ。ということは、魔法で壁を壊して次に進むしか方法がないということなのだろう。
「美海、頼む」
「了解。う~ん、ここは風かな? 火じゃ危ないし、水だと濡れるし」
呟いた美海が両手を扉の方に向けた。
「
――ドンッ! ガンッ、ゴシャッ!
「それ、なんか違う気がするのは僕だけかな?」
「『悪霊退散!』ってする坊さん的な? さすがにこの先には幽霊いねぇだろ?」
「う~ん、念のための予防策なんですかね? さりげなく、浄化魔術も混ざってますし」
見事に破壊された壁一帯は、妙に清廉な空気が漂っている気がした。まあ、一応浄化しても問題ないし、それで美海の心が休まるならいいか。
陽斗と目を合わせ、この件で美海を刺激することがないよう心に決めた。
「……ダンジョンコアってどんなのだろうな!」
無理やり上げたテンションで陽斗ががれきの山を退けていく。ほとんどのがれきは粉々になっていたから、大きめのものを数個除けば十分通れるようになった。率先して肉体労働をしてくれる陽斗は本当に良い奴だ。
「どんなのだろうね」
「さっさと手に入れて、ダンジョン改変しないとな」
ようやくいつも通りになってきた美海に安堵しながら、大きく開いた穴の向こうに進む。
そこは明かり一つない暗い部屋だった。美海が即座に光魔術をかけてくれたので見渡せるようになったが、およそ六畳ほどの空間だ。壁を壊した衝撃で散らかっていたが、特別目を引く物はない。
「は? ダンジョンコアは?」
入り口近くで呆然とする僕の横をアイが颯爽と駆け抜けた。きょろきょろと足下を見渡していたと思ったら、しゃがみこんで何かを持ち上げる。
「これです!」
アイが人差し指と親指で摘まんで掲げた物。
「……ビー玉?」
「ダンジョンコアですよ?」
きょとんとするアイを、驚愕を込めて見つめる。その手に持っている物は、どう見てもビー玉にしか見えなかった。しかもラムネの瓶に入っているような安っぽい質感である。
「……ええ? それが、ダンジョンコアなの?」
「これのために頑張って攻略してきたのかよ」
美海と陽斗がため息混じりに呟いた。なんだか納得できない気持ちになっていたのは僕だけじゃなかったらしい。
ダンジョンを改変するなんて凄いことができる代物なのだ。もっと見るからに特別感がある物だと思ってしまうのは当然だと思う。
「なんでそんなこと言うんですかぁ」
アイが悲しそうな顔になったので、慌てて表情を切り替えた。
「そんな小さな物をよく見つけてくれた、アイ!」
「そうだね! 私だったら絶対探せなかったよ!」
「まあ、美海が盛大に吹っ飛ばしたせいだろうけどな!」
「――なんですって?」
「ち、ちが、別に何も……」
美海の逆鱗に触れた陽斗を放って、アイに微笑みかける。
「本当にありがとう、アイ。ここまで来れたのはアイのおかげだ」
「――はい! これからもがんばりましょうね!」
弾けるような笑顔に目を細める。
こうして、僕たちのダンジョン攻略は、漸くひと段落ついたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます