第13話 嫌な予感

 五階層制覇後に、久しぶりに思える廃村で一夜を過ごし、僕たちは早々にダンジョン攻略を再開した。それは、アイからの報告に危機感を覚えたからだ。


「――意外と猶予なかったな」

「あと一週間かぁ。でも、転移魔術で王城から使者を送り出したにしては、猶予があった方じゃない?」

「俺もそう思う」


 どうやら王城からの使者がこの近くの領地の領主の元に辿り着き、急ピッチで勇者捕獲隊が組まれているらしい。ここにやって来るまであと一週間だろうと予測された。


「五階層までを約六日かけてるから……本気で急がないとな」

「最初は慣れるためにゆっくりしてたんだから仕方ないよ」


 中ボス部屋の奥の小部屋から進み、六階層に入る。なんだか今までよりも視界が暗くなった気がした。それに……臭い? アイからの事前情報を考えたら納得だけど、不快さが予想以上だ。


「……ここから、ゾンビゾーンだったな」

「焼却処分したいけど洞窟だからできないのが残念ね。スピードアップも兼ねて、優弥のバリアーで一網打尽策でいいんじゃない?」

「さんせーい。俺、ゾンビを切りたくない! 近づくだけでさらに臭そう! 服に臭いが染みつきそう!」


 熱く訴える陽斗に肩をすくめて、バリアーの準備をする。美海の提案を拒否する理由はない。


「じゃあ、逃したのは私が対処しますね!」


 アイが元気に主張した。いつの間にか、陽斗と美海のペア、僕とアイのペアに分かれて戦うことが自然になっていたので、誰からも反対意見は出ない。美海たちはそもそもゾンビと戦いたくないからだろうけど。そういえば、美海はホラーとかパニック映画が苦手だったはず……。

 視線を向けた先の美海が圧力のある笑みを浮かべたので、すぐに逸らした。僕は何も気づいてない。美海の視界に入らないうちに魔物を瞬殺することだけ考えた。


「ここ罠はないのよね?」

「はい。通路を歩く分には。脇道に逸れたらありますけど……」


 首を傾げながら答えるアイに、美海は何かを思いついたように頷いた。


「――これから暫く持久走ね」

「は?」


 急に何を言い出した?

 困惑していると、美海が言葉を続ける。


「攻略に時間をかけたくないし、優弥のバリアーなら魔物を瞬殺できるでしょ? 罠に注意を払わなくてもいいんだから、ひたすら走って次の階層を目指しましょう」


 どうやら、ゾンビと同じ空間にいることすら美海は嫌らしい。陽斗と目を合わせて苦笑した。弱点を晒すことを嫌がる美海だから、わざわざ指摘はしないし、言っていることは尤もだから従うことに否やはない。


「アイもそれでいいか?」

「はい! さっさと駆け抜けちゃいましょうね。いつもより早めに魔物の出現予告をします」

「頼む」


 足首をほぐしている陽斗と美海は完全に持久走の構えである。それを横目に見つつ、バリアーの準備を整えた。


「では、位置について~」

「その掛け声はいらないような?」

「気合い入るしいいじゃねぇか」

「この世界で得た能力とレベルアップによる体力増加具合を測るのにいい機会よね」


 変な方に気合いが入っている気がする二人。いいんだけどさ。僕のバリアーをそれだけ信頼してくれてるってことだろうし。


「用意――ドン!」


 アイの声と同時に駆けだした。


「っ、ちょ、陽斗、駆けっこ勝負じゃないんだから、僕の前を行くな!」

「あ、そうだった!」


 僕が魔物を倒す役割なのに、何故か陽斗が先頭を行こうとするので慌てて声を掛ける。陽斗、こんな馬鹿っぽくなかったはずなのに。

 頭が痛そうに額を押さえる美海と顔を見合わせ、ため息をついた。


「はーい、ゾンビの団体さんですよー」

「バリアー!」


 既に単純作業に思えるくらい繰り返してきたバリアーで、視界に入れないまま殲滅する。これまでに戦闘を繰り返してきて、魔物の気配からおおよその位置を測ってバリアーを発動できるようになったのだ。


「順調ですねー!」


 アイが楽しそうに笑う。何故か額に鉢巻を巻いていた。僕が中学時代に体育祭で付けていた物に似ている。ダンジョン内持久走に、不思議な楽しみ方を見出みいだしていないか? それで問題はないんだけど……。


「全然息が乱れないっていいね」


 運動が苦手な美海が横に並んできて、嬉々とした表情で呟く。いつも持久走前は嫌そうな顔をしていたのに、この世界に来てもらった能力で疲労感なく走れているのが気持ちいいんだろうな。かく言う僕も、ちょっと楽しくなってきたし。


「俺がいっちばーん!」

「だからっ、陽斗は前に行くんじゃない!」


 コイツは学習能力をどこに捨てたんだ!?

 先ほどの注意をすぐに忘れ去った陽斗が前に飛び出そうとするので、襟首を摑んで引き戻した。首が絞まって呻いていようが気にしない。チラ見した美海が何も言わないんだから大丈夫。いざとなれば治癒魔術がある。


「し、死ぬ……っ!」


 陽斗の引き絞られた叫びが洞窟内で反響した。



 ◇◆◇



 デデンとそびえ立つ大きな扉。ここは巨人の住居かと聞きたくなる。


「駆け抜けたね……まさか、ここまで短縮できるとは」


 美海が呆然と呟くのも無理はない。何を隠そう、僕たちは十階層のボス部屋の前まで辿り着いたのだから。

 ゾンビやらスケルトンやら、全てを瞬殺しながら持久走のノリで駆けた三日間。丁度いい頃合いで転移門に辿り着いたから、ゾンビ空間で野営はしないで済んだ。一日中走り続けられるって、能力の上昇率が尋常じゃない。


「ぜんっぜん、疲れねぇってのもやめ時分かんねぇよな……」

「まさかボス部屋まで駆けることになるとは思わなかった」


 僕も陽斗もノリで走り出したから、呆然とするしかない結果だ。だが、まあ、結果オーライ? 攻略時間の短縮ができたんだから、美海の提案は実に理にかなったものだったのだろう。


「ボスに関する注意事項はあったかな?」

「うーん、さすがに、バリアーによる瞬殺はできないと思います……。一部が凄く硬いので」

「硬い……」


 アイの言葉に、事前情報を思い起こす。確かに硬い。

 バリアーの弱点は、強度がある敵は潰せないから倒せないってことなんだよな。今までそういう魔物に出遭わなかったから押し通してこられたんだけど。


「じゃあ、ここは陽斗と美海に任せる。アイも参加するか?」

「私とは相性が悪いですので、お二人にお任せします~」

「おう! 任せてくれ!」

「うん……」


 ボス扉前で作戦を練る。

 陽斗はやる気満々だが、美海はちょっと気が乗らない感じだ。何か気にかかることがあるっぽい。


「ここのボスは、変な雰囲気じゃないよね?」

「変な雰囲気、ですか?」


 恐る恐る尋ねる美海に、アイが不思議そうに首を傾げる。アイ的には、五階層のボスもあまり気にしていなかったから、そういう点の情報は当てにならない気がする。

 美海もそれをすぐにさとって、諦念の表情を浮かべた。


「凄く、嫌な予感がするのよね……」

「あれ以上変なヤツはいないだろう」


 希望的観測かもしれないけど。そう口にした僕に、美海が肩をすくめる。ついで視線が陽斗に向けられた。


「陽斗、一番手よろしく。即座に鎮火する用意はしておくから、火の魔力を使っていいよ」

「マジか! ここまで走り続けただけだったし、ちょっとぶっ放したかったんだよな~」


 美海の許可に、陽斗が嬉々として剣を抜く。これは、五階層のボスの時と同じ感じになるのかな。それなら注意しておかないといけないことがある。


「陽斗、しっかり一撃でるつもりでいけよ?」

「……なんか、急に殺意高くね? 美海も優弥も、どうしたんだよ」


 戸惑う陽斗をよそに、美海と目を合わせる。表情に同じ思いが浮かんでいることが見て取れた。


「――なんか、時間が経つごとに、嫌な予感が増していくんだよなぁ」


 これが予言にならないと良いな、と思いつつ扉に向き合った。


「……優弥さんたちが何にこだわっているのか分からない。これは、人間の感情に関する情報のアップデートが必要です」


 アイが決意を込めて呟くのを合図にするように、陽斗の手が扉に触れた。

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