第12話 濃いキャラお断り

 なんだかんだと突き進んで、ダンジョン五階層まで辿り着いた。ここまでの戦闘? 特に代わり映えしなかったけど?

 弱い魔物を殲滅する勢いでここまで来たのだが、これまで一度も廃村に戻っていない。太陽を浴びていないので時間経過が分かりにくいのだが、アイの時報によるとおよそ四日間ダンジョンに潜り続けていることになる。やればできるもんだな。


「――と、回想してみたんだが、これ、どうする?」


 僕の前には三つの扉。左は青色、真ん中は黄色、右は赤色に色分けされている。信号機かな?


「この先、中ボスなんだよな? やってやろうじゃねぇか!」

「一回村に帰って、休養をとっても良いと思うけど」


 やる気満々で肩を回している陽斗と対照的に美海は冷静だ。自分たちの状態から最善策を提案してくる。

 僕としては美海の提案に乗りたいのだが、陽斗は不服そうな表情だ。ここまで弱い魔物ばかりと戦ってきたので、そのストレスを発散したいらしい。

 陽斗って、こんな好戦的な性格だったか? ……ゲームに関しては、そんな感じだった気がするので、致し方ないのかもしれないな。今の状況を現実と捉えるより、ゲームみたいなもんだと考えた方が精神衛生上良いだろうし。


「中ボス程度なら、今の優弥さんたちの実力なら問題なく倒せると思いますが」


 アイはどちらでも良さそうだ。ずっと僕たちの精神状態を測定しているはずなので、その点でも問題ないと判断しているのだろう。意外に僕たちって精神的に強かったんだな。戦いなんて知らない平和な世界で育ってるのに。


「じゃあ、中ボス倒してから村に戻るか考えよう」

「おう! 少しは骨がある奴だといいな!」

「私もそれでいいよ」


 陽斗のやる気に合わせることに決めたら、美海も軽く肩をすくめた。呆れた目で陽斗を見てため息をついているので、恐らく説得する労力を惜しんだのだろう。アイからこのまま突き進んでも大丈夫だと判断されたことも、すぐに妥協した理由だろうが。


「ここで選ぶべき扉は――」


 アイによって、このダンジョンの情報は丸わかりになっている。だから、僕は一番右にある土色の扉に手を伸ばした。

 ほとんど洞窟の壁に同化していた扉だが、軽く手で触れただけでゆっくりと押し開かれる。

 目立つ扉が全部、大量に魔物が湧いて出てくる部屋、通称魔物部屋に繋がっているなんて、このダンジョンでは珍しくたちが悪い仕様になっているのだ。アイがいなければ気づかなかっただろう。


「さあ、何が出るかね」

「情報分かってるのに、そう言える陽斗って、ある意味凄いよね」

「同感」


 いち早く扉の先に進んだ陽斗の肩がガクッと落ちた。僕たちの言葉に傷ついたらしい。単純で羨ましいって言ったつもりなんだけど。


 ――ウホッ!


 背後で扉が閉まる気配を感じながら、開けた空間の中ほどに現れた魔物を呆然と眺める。

 魔物はゴリホースという名前で、筋骨隆々のケンタウロスっぽい見た目だ。だが、上半身は人じゃなくてゴリラっぽい。人に見えたらちょっと倒しにくいだろうと思っていたから、そこは良かったな。

 後ろ足で立ち威嚇してくるゴリホースから目を逸らしたくなりながら、陽斗の背中を叩く。偶然、美海の動作と同じタイミングになった。

 

「ほら、陽斗、お楽しみの魔物だよ」

「ここは目立ちどころを譲ってやるから、行ってこい」

「……いいけどさぁ」


 なんか暑苦しい雰囲気が漂うゴリホースに近づきたくない。こう……突然ボディビルに絡まれたような抵抗感。胸を張って胸筋と腕筋を強調してくるポーズに顔が引き攣る。僕らを観察していたかと思うと、見下すように蔑んだ目をしてニヒルに口を歪める表情にドン引いた。お前に体格診断される筋合いはない。

 なんで急にこんなキャラ濃いめな奴が出てくるんだ。ここはケイブラットやスライムの大きいバージョンでも良かっただろうに。

 とりあえず陽斗を押し出して、僕たちはバリアーの内側に引きこもった。


「火はあり?」

「放水魔術と空気清浄化魔術は準備できてる」


 あまり近づきたくないのは陽斗も同じだったようで、これまで禁止されていた方法を提案してくる。

 それに即座に答えた美海は、既に魔物を視界から外していた。アイの方を向いて、ひたすら愛でている。アイが可愛くて癒されるのは同感。僕もそうしよう。アイは困惑の表情だけど。


「ヒャッハー、俺の剣が火を噴くぜー」


 なんだか棒読みのような掛け声の後、ゴリホースへ駆けた陽斗の剣が文字通り火を噴いた。その火の隙間から、ゴリホースの驚愕で見開かれた目が見える。……しまった。アイを見ておくつもりだったのに。


 ――ウホーッ⁉


「その鳴き声、やめろ……」

「なんで優弥のバリアー、音は防いでくれないの……」

「周りを全部囲ってないからだな。酸素減るとダメだろ?」

「ああ、そういうことね」


 間抜けな声を上げるゴリホースから目を逸らし、美海と話す。僕たちに視線を向けられているアイは、忙しなく視線を動かしていた。もうちょっと落ち着きなさい。


 ――ウッホッホー!


「うがぁ、一発で倒せないとか、地獄か⁉」


 陽斗の叫びと、ゴリホースが駆ける震動が地面を通して伝わってくる。どうやら仕留めそこなったらしい。折角火を使う許可が出たのに、何やってんだよ陽斗。

 

「は、陽斗さんが、ゴリホースに追いかけられてますよ⁉ 助けましょう!」

「陽斗なら大丈夫」

「大丈夫よ」

「ええっ⁉」


 アイに微笑む。僕と美海の態度を理解できない様子だが、無理強いしようとは思えないらしく、ただオロオロと視線と手をさ迷わせていた。


「これでっ……最後だっ!」


 ――ッ! ウホ、ホ……。


 空間全体の熱が上がった気がするほどの火を使ったらしい。むなしく鳴き声が消えていったので、漸く陽斗の方に視線を向けた。

 美海が念のための魔術を発動する。空気が美味しくなった気がした。


「……お前らさ、ちょっとは手を貸してくれても良かったんじゃね?」

「アイちゃんを愛でるのに忙しかったの」

「ちょっと頭が痛くてな」

「え、頭痛ですか? 美海さん、治癒魔術を!」


 僕の嘘を真に受けたアイが慌てて頼むので、呆れた顔になった美海が適当に魔術をかけてきた。手をわずらわせて正直すまん。これからは心配されない嘘を選ぶから。


「……はあ、いいけどさ」


 陽斗がため息をついて剣を仕舞う。僕もバリアーを解除して、広場の奥に現れた扉に向かった。


「この先に宝箱と転移門があるんだよな?」

「はい、一度村に帰りますか?」


 アイの提案に、僕は陽斗たちと顔を見合わせた。


「――絶対帰る」


 図らずも、三人の声が合わさった。

 洞窟生活での疲労よりも、予期せぬキャラクターの魔物の方が僕たちにとっては精神的大ダメージだったようだ。今すぐ、ここから立ち去りたい。


「宝箱はなんだぁ?」

「期待は既にしてないけどね」


 扉の先にあった小部屋の中央には見慣れた宝箱。さすがに中ボスの討伐報酬が薬草やレンガではないと思うのだが……。

 宝箱に手を掛けた僕の背後から覗いてくる陽斗たちの声には一切期待の色がなかった。


「……は?」


 粗末な木の宝箱の中に、ドドンと像が横たわっていた。ニヒルな笑みでマッチョポーズをとっている。それはまさしく、先ほど見た魔物の姿だ。


「過去一いらねえ! むしろ触りたくねえ!」

「……私は何も見てない」

「どこが宝物なんだよ……」


 討伐報酬で魔物の像とか本気で嫌なんだけど。

 顔を引き攣らせる僕たちに、アイが首を傾げつつ口を開く。


「これ、魔物召喚道具ですよ? 戦闘中にゴリホースを召喚して戦ってもらえるのでお得――」

「ますますいらないな!」


 思わずアイの言葉を遮って、像を魔力収納に放り込んだ。手で触れずとも魔力を放って収納できる方法を見つけ出していた過去の自分を褒めたい。おかげで、アイテムを捨てるなんてことをしなくて済んだ。いくら僕たちに必要なくても、捨てるのはさすがに勿体ないからな。


「そういえば、倒したときのドロップアイテムは?」

「それ、本当に知りたいか……?」


 さりげなく回収していたので、それを見なかったらしい美海が首を傾げている。陽斗は、遠い目をしていた。


「なんか怖い感じに言われる余計に気になるんだけど」

「じゃあ、これ……」


 引き気味ながらも興味を示した美海に、魔力収納から取り出した物を差し出す。


「『これであなたもゴリホース! 筋肉増強剤』……は?」


 瓶に貼られたラベル上の、ミミズのような字を読み取って呆然とする美海。僕もその気持ちよく分かる。なんで魔物倒して薬が出てくるんだよって疑問だよな。字の横に描かれてるゴリホースの絵も嫌だよな。


「ああ、筋肉増強剤。それはゴリホース御用達という設定の薬ですね」

「設定……」


 アイが親切に説明してくれたのはありがたいんだけど、疑問がなくなってない。


「ダンジョン内のゴリホース討伐時限定で得られる物で、一時間筋肉がゴリホース並みになります。陽斗さん、使ってみますか?」

「なんで、俺っ!?」


 ゴリホース並みの筋肉の陽斗――。


 美海の顔が歪んだ。想像してしまったみたいだ。

 ただでさえ陽斗は暑苦しいときがあるのに、ゴリマッチョな陽斗は受け入れがたいよなぁ。


 必死に首を振って拒否する陽斗に頷いて、手に入れた薬を再び収納した。

 僕たちは何も見なかった。――魔力収納の中にゴミが溜まっていくのはなかなか悲しいものがあるな……。

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