第11話 食べ物への執念

「攻略速度落ちるかと思ってたけど、意外と変わらないな」

「私たちも最強です!」


 バリアーを張りながら呟くと、アイにテンション高く宣言された。その言葉を認めると調子に乗ってる感じになりそうで嫌なんだけど、事実として、この階層程度の魔物相手だったら無双状態だ。


「……まあ、優弥たちの戦い方、なんか卑怯に見える気がしちゃうのが難点よね」

「これが、チート……」


 勇者と賢者がなんか言ってる。直接的な武力を持たないんだから、戦い方を工夫するのは当然だろうに。

 そう思いながら、新たに現れた魔物をバリアーで取り囲んで集め、上から押しつぶす。その範囲から逃れた魔物はアイがテレパシーで脳を破壊して倒す。


 ……うん。僕だったら、どっちの方法で殺されるのもごめんだな。わけも分からない感じでポカンとしたまま消えていく魔物を切なさを込めて見つめる。消しているのはもちろん僕たちの攻撃によるんだけど。


 ドン引きしている陽斗と美海に構わず進み続けると、見覚えのある場所が目に入った。階段付きの穴と転移門だ。


「二階層制覇です~!」

 ――ドンドン、パフパフ。


 まさかダンジョン内でも太鼓とラッパを取り出すとは思わなかった。辿り着いた階段前でアイの行動に戦慄せんりつする。それを気にせずアイはニコニコしていた。


「……さて、予定通り三階層への階段を見つけたわけなんだが」

「待て、アイにツッコむのは優弥の役割だろ?」

「流していいの?」


 何かごちゃごちゃ言ってるな。


「さて、予定通り三階層への階段を見つけたわけなんだが」

「壊れたレコードかよ」

「レコードって壊れたら音をリピートするの?」

「知らねぇ」


 真剣に話をしようじゃないか。

 どうでもいいことを話している陽斗と美海の肩に手を乗せて力を込めたら、青い顔で力強く頷いたので許す。これ以上の時間の無駄は許しません。


「……私だけ、除け者?」

「アイちゃん脅迫されたいの?」

「……ゆ、優弥さんにならっ!」

「悪い事言わねぇから、やめとけ」


 またそうやって話を逸らす……。バリアーを陽斗たちの周囲に張ったら慌てて謝罪をしてきた。そのまま私語を慎んで真剣に話そうか。

 なんか僕、バリアーの応用に慣れて、乱用が激しくなった気がする。ちょっと気をつけよう。


「三階層に行く前に確認したい。一度、外に出なくて大丈夫か?」


 これは重要な問いだった。

 僕と美海はあらかじめ予想していたが、陽斗もそろそろダンジョン内に居続けることの弊害へいがいに気づいただろう。現に難しい顔をしていた。


「洞窟に居続けて、魔物がいつでも襲ってくる状態って、思った以上にストレスなんだな」

「日光は偉大よね」


 口々に現状への不安を口にする。

 自然光がなく閉塞感のある洞窟で、少しずつ精神が落ち込んできていることに誰もが気づいていた。AIであるアイは、元々精神状態を測定する機能を持っていたからか、僕たちより正確に現状を把握しているようで、腕を組んで顔を顰めている。


「次の階層も洞窟なんだよな?」

「はい。と言いますか、日光を浴びれるような環境は、このダンジョンにはありません」


 アイに断言されて黙る。正直、精神的な疲労感は想像以上だった。それは、魔物を倒すことへの無意識の抵抗感も関係しているのかもしれない。


「全何階層だったっけ?」

「十階層です。五階層と十階層にボスがいて、制覇完了でダンジョンコアがある部屋への扉が現れるはずです」


 ダンジョンマスターがダンジョンを改変する際に使うのがダンジョンコアだ。設定された管理者がいないこのダンジョンでは、ダンジョンコアを手に入れさえすればダンジョンマスターになれるらしい。


「これは、一つ階層を制覇したら村に戻りながら進むのが最善じゃない? どこかで、ダンジョン内で泊まる必要は出てくるんだろうけど、今無理する必要はないと思う」

「それもそうだな。地図を見る限り、明らかに一日で次の階層まで辿り着かない場所があるし」


 美海の提案に頷く。僕から視線を向けられた陽斗は、迷った様子で口を開いた。


「でも、魔物が強くなる前にちょっとは泊まりに慣れていた方が良いのは確かだと思うぞ? 疲れでミスして生じる被害は、下の階層に進むほど大きくなるんじゃねぇか?」


 陽斗の意見も一理ある。結局話し合いは振り出しに戻った。


「現在十八時です。進むにしても、戻るにしても、一度ここで泊まってみて、明日決めるのはどうですか?」

「ここなら、すぐに戻ろうと思えば戻れるってわけか。アイの言う通りかもしれないな」


 本当は今日のうちに三階層をもう少し進めておくつもりだった。だが、予定は未定。それほど急がなくてもまだ余裕はありそうなので、安全第一で休憩をとることにした。


「優弥、夕飯はなんだあ?」

「私、野菜食べたい」


 決まった途端、即座にテンションを切り替えられる陽斗たちを正直尊敬する。苦笑しつつ魔力収納から夕食の材料を取り出した。


「……というか、なんで僕が料理担当で固定されてるんだろう?」

「優弥さんの作るご飯、美味しいです!」


 納得できないものを感じて呟くと、すかさずアイが褒めてくる。なんだかのせられてる気がしないでもないが、まあいい。僕だって、不味いご飯は食べたくないし。


「今日の夕飯は……塩漬け肉のスープとイモかな」


 食材が少ないことが悲しい。腕のふるいようがない。

 それを知っている陽斗たちであっても落胆を隠せないのだから、食材調達は至急任務だろう。このダンジョン、見捨てられたのが納得できるくらいに、本気で役に立つ物が得られないのだが、いつかきっと――。


「ダンジョンマスターになったら、食料事情は早急に解決しましょうね?」


 アイが戸惑った感じで言う。それはダンジョンを改変しなければ食べ物が得られないことを意味していた。絶望だ。このダンジョン、どれだけ役に立たないんだよ……。


「明日から、スピードアップして、いち早いダンジョン攻略を目指そう」

「おう」

「もちろんよ」


 人にとって美味しい食事は生きる上で大切なことなのだ。不遇であればこそ、改善のためにやる気が出るというもの。

 僕は陽斗たちと顔を見合わせて、決意を強めた。アイはまだ僕らの食事にかける思いについていけないようだったけど、この決定は覆せないぞ。



 ◇◆◇



「……食べ物への執念は強いんですぅ」


 なんかアイが怯えたように呟いているが、今日も僕らは全力で突き進んでいた。一度地上に戻る? 食料事情改善を熱望する僕らにそんな暇はないのさ!

 まあ、それは一割くらい冗談で、もちろん出発の際にそれぞれの精神状態をしっかり確認した上で攻略を再開しているので、問題はない。


 二階層では途中でケイブバットという新たな魔物が出てきていたが、僕がバリアーで他の魔物と一緒に囲んで殲滅したためにその能力はいまいち分からなかった。

 だが、そろそろ僕とアイの能力も陽斗たちに並んできた感じだったので、今進んでいる三階層では再び陽斗たちをメインにして戦っている。やはり戦闘職の能力向上は重要だからな。

 その結果、ケイブバットの能力も分かったわけなんだが……。


「ああ、くそっ、単調作業ツライ!」

「あ、ちょっと、そこ――」

「うおっ!」


 ケイブバットも弱すぎて、戦闘について大して代わり映えしなかった。だって、飛行能力くらいしか、他の魔物と違いがないんだぞ?

 その結果、精神的な疲れが溜まった陽斗が美海の魔術に当たりそうになるというミスも発生し、なかなかカオスな状態だ。


「今が堪え時ですよ! 三階層は途中でちょっと強めな魔物が出てきますからね!」

「それ、どのくらい戦闘内容変わるんだ? 陽斗たちの実力を考えた上で評価すると」


 冷静に問うと、声援を送っていたアイの言葉が途切れた。視線が陽斗たちから逸らされている。


「……いけいけ、陽斗さん! 突き進め~、美海さん!」


 あからさまに回答を避けたアイにため息が零れた。どう考えても、代わり映えしないんじゃないか……。

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