第23話 撃退評価会
「なんでモザイクかけたんだ? グロさがなくて助かったけどさ……」
問いかけると、アイが不思議そうな顔で口を開いた。
「法律で決まっているので。十八歳以下は、残虐な映像は視聴禁止です。AI関連法でも、マスターの健全な精神を守るため、映像の規制は厳重に行うことと定められています」
「そういえば、そんなのあったな」
アイの言葉で、日本の法律を思い出す。
年齢制限された映像は、かつては管理が緩いものだったらしいが、アシスタントAIが広まってからは厳重に管理されるようになっていた。スマホのみならず、テレビやパソコンなどもAIの管理下にあるので、年齢制限されている物は絶対に視聴できないのだ。
そのせいでアナログな紙媒体の売上が増えたというニュースを見たことがある。人間の欲望は制限されても消せるものではないのだなと思った。
「つまり、アイちゃんは日本での法律に則って、ここでの映像にも自動加工されるよう設定したのね?」
「はい。本来、こういう映像を見ること自体推奨されませんが、それは緊急時ということで規制を緩めています」
「まあ、そうね……うん、助かったわ……」
美海が何とも言い難い表情をしていた。その気持ち僕もよく分かる。異世界に来て魔物を倒しまくっておいて、今それが問題になるのかって感じだよな。とはいえ、残酷な描写がなくて助かるのは事実だし、アイを責めるのもおかしい。
「もういいじゃん。アイのおかげで、今後の監視活動に支障はねえってことだろ?」
「そうだな。この感じだと、問題はなさそうだ」
「早速、ダンジョンの評価しちゃいましょ」
陽斗の言葉で思考を切り替えて、建設的な話し合いに入る。アイはまだ不思議そうに首を傾げているけど、もう気にしない。
「ダンジョン評価っつっても、一階層の入り口までしか進んでねえからなぁ」
「脱落早すぎるよな」
遠い目をする陽斗に頷く。
冒険者たちがあまりに弱すぎて、評価しようもないくらいの内容しかなかった。
「忍者のからくり屋敷的な仕組み、こっちでは馴染みがないのかな?」
「ないんだろうなぁ……」
唇に指先を当て首を傾げる美海から視線を逸らす。
このダンジョンの一階層は、主に美海が設定を組んだのだ。しかもアイと協力して、日本の文化である忍者のからくり屋敷を再現させてしまった。
ダンジョンの門をくぐった洞窟は地下通路の設定。そこから上がった先はからくり屋敷の空き室で実はそこにもいくつか仕掛けをしていたのだが、冒険者たちは気づかなかったようだ。残念と思うべきか否か。
廊下には至る所に回転扉が仕込んであり、壁も天井も魔物が待機していた。
リーダーが壁の回転扉の隙間から見たのは、冒険者の様子が気になりすぎて顔を出してしまったワラドールである。
こいつがそこで出てくる予定は本来ならなかった。だが、ワラドールのおかげで、リーダーとビリーを一瞬だけでも分断させる隙ができたので、結果オーライだろう。
ビリーへと落下したスライムは、天井の回転扉から現れたスライムだ。実はあの天井には一面に回転扉があり、大量のスライムが待機していた。ビリーが多すぎる罠と魔物の気配に惑わされ、上手く探知できなかったのも無理はない。
スライムは訓練通り上手くやってくれたと褒めるしかない完璧な動きだった。
そして、最後にリーダーに襲いかかったのはワラドールである。それが本来のワラドールの役目だった。
壁の回転扉から飛び出して、ぶっとい釘で攻撃したのだ。本来釘を打たれるはずの藁人形が釘を刺すのが攻撃手段とは、なんとも微妙な気持ちになる。
結局、魔術師による火の魔術でメンバー全員が自滅したようだけど。もうちょっと魔術の種類考えろよとツッコミたくなる結末だ。
「あ、ダンジョンの修復が終了しました」
「盛大に燃やしてくれたもんな」
魔術師の攻撃で炎上した一階層は魔力で自動的に修復されたらしい。アイの報告で、改めてダンジョンを確認した。
「暫くは様子見で良さそうな感じよね」
「ああ。というか、一階層だけで全員撃退できるかもしれないぞ?」
「そう上手くいかねぇだろ。だって、あいつら死なねぇんだぞ? 経験積んで進んでくるんだから、何度も同じ手には引っかからねぇだろうし」
「そうだったな。……死に戻りの状態についても確認しときたいな」
陽斗の言う通り、ここで倒れた冒険者たちはダンジョン外で復活しているはずだ。その様子も確認しておくと、今後の参考になるだろう。
僕の言葉でアイが素早く動き、スクリーン上の映像が切り替わった。ダンジョンの門の傍の映像だ。
突然現れた傷だらけの冒険者の姿に、門の傍で待機していた他の冒険者たちが騒然としている。
『治癒師呼んだぞ! すぐ治してやるからな!』
『あ、ああ、ありがとう……』
『一体何があったんだ? どうして急に外に出てきたんだ?』
呆然としているリーダーに矢継ぎ早に質問が飛んでいる。少しは休ませてやればいいのに。ところどころモザイクがかかっている状態なので、わりとグロテスクな見た目らしい。
「不殺プログラムって、僕たちの魔力で治癒されてるのか?」
「いえ、基本的には本人たちの魔力を強引に奪って、それでも足りないときは物資を奪い魔力に変換して使用しています」
「私たちに損は出てないってことね」
ゲームの死に戻りでは、一時ステータスの低下や持ち物の喪失などが起こるのが一般的だ。ここでも同じような仕組みだと考えて良いらしい。
「持ち物減らされんの、結構悲しいんだよなぁ」
陽斗がぽつりと呟く。どうやらこれまでのゲームでの死に戻り体験を思い出したらしい。冒険者たちに同情気味になっている。
「彼らの持ち物は無くなっているのがあるのか?」
「えぇっと、斥候役の方は、元々の魔力が少なかったようで、持ち物の喪失が起こっているようですね」
スクリーン上で何かのデータを確認したアイが報告してくれる。なるほど。魔力が少ないと持ち物喪失率が高まるらしい。
リーダーの傍で呆然と座り込んでいるビリーに視線を向けた。治癒師が到着して怪我は無くなったようだが、立ち上がる様子がない。
『どうした、ビリー? ここは不殺のダンジョンのようだから、その報告に行くぞ。いつまで座ってるんだ』
『もしかして、魔力が失われすぎて立てないのかしら? あなた、あまりなかったものね』
『それは大変です~。魔力回復薬、飲みますか~?』
ビリー以外のメンバーは、既に一度死んだ体験を乗り越えているらしい。精神が強い。僕だったら、暫く立ち直れないと思う。これくらいの強さがないと、日常的に魔物と相対するなんてできないのかもしれない。
「ん? そんなに魔力失われてんのか?」
「いえ、そんなはずはないですが」
疑問を口にする陽斗にアイも首を傾げている。ビリーが呆然としている理由が分からないようだが、スライムに溶解されて死んだ体験は、呆然としていても許される理由だと思うぞ。
呆然としていたビリーが、キャリーから渡される小瓶を受け取りながら俯いた。何故か内股になって正座している。震えているようにも見えるのだが、もしかして罠に気づけなかったことを反省しているのだろうか。
僕が言うのもなんだけど、あれは気づけなくても恥じることはないと思う。初見殺しの罠だ。魔物と罠を組み合わせる方法はこの世界で一般的ではないらしいので、いくら罠について知識を溜めていようと関係ないだろう。
僅かに同情気味に眺めていたら、ビリーの口が僅かに動いた。それにリーダーたちも気づいたようで、不思議そうに顔を寄せて聞き取ろうとしている。
『聞こえないぞ、ビリー』
『罠に気づかなかった反省なら、報告の後に――』
アリスの言葉を遮るように、ビリーが勢いよく顔を上げた。睨むような眼差しで声を大きくする。
『――ない……!』
『ない? 何が? あ、不殺のダンジョンだと魔力が少ない人は持ち物を奪われるって話だし、何か大事な物とられちゃった?』
『短剣とかとられても、私の予備あげますよ~?』
ビリーの勢いに身を引いたアリスたちが、それでもフォローするような言葉を続けるが、それを再びビリーが遮った。
『なくなったんすよっ!』
『だから、何がだよ?』
ビリーが呆れ顔のリーダーの胸倉を摑んで叫ぶ。
『俺の…………パンツっすっ!』
『は?』
その場にいる全員の目がビリーの下半身に向けられた。
「――グハッ! っ、はっ、ははっ……マジか⁉」
「うわ、ノーパンは嫌だろうな……」
「……変態?」
例外なく、僕たちの目もそこに向いた。陽斗は噴き出して笑い、腹が痛そうに悶絶する。僕もこみ上げる笑いを堪えながら、ビリーを気の毒に思った。
奪う持ち物にパンツを選ぶとか、ダンジョンの精神攻撃えげつない。アイが「そんな特殊な設定はしていなかったはずですが……?」と呟いているので、運命の悪戯でパンツが選ばれたらしいけど、やっぱりこれはどう考えても攻撃の一種だろ?
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