第9話 遠足気分

「ダンジョン一階層制覇を祝って、かんぱーい!」

「おー」


 上機嫌な陽斗を呆れを含んだ目で見ながらコップを掲げる。


「勇者の俺が居れば百人力! 一階層の魔物ごとき、どうということもねぇのさ!」


 ふんぞり返って笑っている陽斗は決して酔ってはいない。未成年なのでアルコール摂取は厳禁だから。……本当に、酒混じってないよな?


「初戦でケイブラットに脇を抜かれた奴がよく言うよ……」

「まあ、その後は油断なく、一刀両断でしたから」


 小声で呟く僕の横で、アイが苦笑する。その手元に飲み物しかないのを見て、小皿に料理を取り分け渡した。一番役に立っているのはアイなんだから、たくさん食べな。


 嬉しそうに料理を頬張るアイを見ながら、今日のダンジョン攻略を思い起こす。


 最初こそ陽斗は戦闘経験値のなさを露呈していたが、すぐに慣れ、最終的には一人で五匹のケイブラットを相手にできるまでになっていた。その成長速度の凄さは、元々の要領の良さ故か、それともゲーマーの能力故か。


 美海は最初から最後まで落ち着いて魔物に対峙していた。ただし、接近戦は苦手のようで、素早い魔物には少し苦戦していた。そこは、僕のバリアーでカバーできる範囲なので全く問題ないと思うんだけど、本人は気にしているようだ。


「――僕も戦闘時のバリアーの使い方はだいぶ上手くできるようになったし、いい経験だったな」

「私も皆さんの実力を正確に測れて有意義な経験でした」


 アイと顔を見合わせてふと微笑む。カップを軽く打ち合わせた。


「おつかれ」

「優弥さんも」


 一口飲んだ葡萄ジュースは酷く甘く感じた。


「――おぉい、ちゃんと飲んでるかぁ、二人ともぉ!」

「……陽斗のそれ、まさかワインじゃないよな?」


 頬を上気させて絡んでくる陽斗を疑わしげに見つめるが、軽く笑い飛ばされた。戦勝会の雰囲気だけで酔える陽斗はお得な体質だな。将来酒を飲めるようになっても、陽斗と一緒に飲みに行くのはやめよう。



 ◇◆◇



 一夜明けて、再びやって来たダンジョン。


「このシステムも意味分かんないよなぁ」


 門をくぐると、前日の到達地点に転移していた。どうやら決まった地点まで到達すると、設置されている転移門で入り口まで戻れる上に、次に来た時にその地点から再開できるようだ。

 魔物の死体が残らず、アイテムがドロップする仕様も含めて、ますますゲームめいている。


「今日から暫くは村に帰らないんだよね?」

「ああ。昨日でだいぶ戦闘に慣れたから、ダンジョン内での野営も考えないといけないしな」

「とはいえ、村で使ってたテントも持ってきてるし、優弥のバリアーを張りっぱなしにできるんだろ? 余裕じゃん」


 剣を肩で弾ませる陽斗の言葉に、僕は美海と目を合わせた。言うが易し行うは難しとはこのことだろう。だけど、物事を単純に考える陽斗が少し羨ましくもある。


「あまり油断はせずに行きましょう。この先は少し魔物の強さが変わりますから」


 アイが苦笑しつつ注意する。

 眼前にある穴には、地底へ続く階段がある。今日から二階層の攻略だ。一階層より入り組んだ迷路になっているので、逸れないよう気をつけなければ。


「陽斗が先制攻撃、美海は援助で協力して戦えるようにしよう」

「おう!」

「了解。陽斗は私の魔術に当たらないように気をつけてよ?」

「……おう」


 意気揚々と階段に足を向けた陽斗の動きが鈍った。どう考えても、魔物の攻撃が当たるよりも美海の魔術に当たる方が威力が絶大だ。それに気づいた陽斗の顔が引き攣っている。

 陽斗がしっかりと気を引き締めたようなので、僕も肩をすくめて後に続いた。バリアー担当から離れられるのも、守りにくいので気をつけてほしいものだな。



 階段の先は相変わらずの洞窟だった。アイからの事前情報で知ってはいたものの、代わり映えのない景色に些かうんざりだ。


「――魔物も、変わらねぇじゃん!」


 すぐさま現れたケイブラットに剣を振りながら陽斗が叫ぶ。思いはみんな同じのようだ。

 美海が苦笑を浮かべながら、ケイブラットと協調するように現れたスライムを風の弾丸で打ち抜く。

 僕は素早く駆けてくるケイブラットにバリアーをぶつけて昏倒させながら、アイの様子を確認していた。


「この感じが続きそうか?」

「うぅん……、もう少し先に行ったら魔物の種類が増えますね!」

「ああ、そう言えば、違う種類も地図に書かれていたか」


 アイがくれた地図を思い起こしながら戦闘を終える。


「……拾うのめんどくせぇ」

「戦うより、嫌よね」

「使い道も分からないしなぁ」


 地面に転がるドロップアイテムにも代わり映えがない。魔力収納に仕舞うのでかさ張ることはないが、ゴミが増えるのもいかがなものか。


「ダンジョンマスターになった後は、ダンジョン改変時の材料として使えますよ」


 アイがそう教えてくれるものの、いつになるか分からないその日まで、延々とドロップアイテムを拾っていくのは疲れる。

 そう思ってため息をついてから、ふとあるアイディアが浮かんだ。


「魔力収納は魔力で収納しているわけだし……」


 自分の身に流れる魔力を地面に広げてみる。


「おおっ?」

「何してるの?」


 地道に拾い集めていた陽斗と美海が驚いた顔を向けてきたが、今は作業に集中だ。

 全てのアイテムが僕の魔力に触れたところで、魔力収納を展開する。どうやらアイテムだけを識別して収納できるようだ。これは便利。


「うっそぉ……そんな裏技あったの?」

「流石優弥、役に立つぅ~」


 口々に呟きながら、それまでに拾っていたアイテムを寄こしてくるので、それも収納した。


「な、なんということでしょう……。そんな知識、私は得られていませんでした……」


 同じようにアイテムを拾っていたアイが、何故か落ち込んだ様子でトボトボと歩いてくるので、苦笑してその頭を撫でる。


「拾ってくれてありがとう。これは僕の思いつきが偶々上手くいっただけなんだから、気にするな」

「……はい」


 少しだけ気分が持ち直した様子で、アイの視線が進む先に向けられた。


「近くの魔物は先ほどの戦闘で全て倒したようです。次の扉の先に宝箱がありますから、中身をチェックしましょう」

「宝箱な……」


 昨日確認した宝箱を思い出して、思わず苦笑する。陽斗と美海も乾いた笑みを浮かべていた。


 このダンジョン、冒険者たちに見放されたのが納得できるくらい、宝箱の中身も役に立たないものだったのだ。

 昨日見つけた宝箱は全部で四つ。中身は、薬草三束、レンガ一つである。

 薬草はダンジョンの外の森に雑草のごとく生えている物だし、レンガはたった一つもらったところでどうすればいいのかと途方に暮れたくなる。ダンジョンは何を考えてこんな物を入れているんだか。


「このダンジョン、現時点でマスターはいないんだよな?」

「はい、なにものでもないダンジョンですから」


 アイ曰く、ほとんどのダンジョンは生まれた時からダンジョンマスターが設定されているらしい。それ故に攻略が難しく、ダンジョンマスターを倒して成り代わるのも困難なのだ。

 だが、このダンジョンは極めて珍しいことに、ダンジョンマスターが設定されずに存在し、それ故に安易な構造かつ役に立たないアイテムの創出という状態になっているようだ。


「宝箱って、ダンジョン攻略の楽しみのはずなんだけどなぁ」


 陽斗がぼやきつつ先に進みだしたので、僕もそれに続く。暫く単調な道が続きそうだ。


「次、宝箱で何が出てくるか予想してみるか?」

「えー、また薬草じゃない?」

「いや、レンガじゃね? きっと、集めて何か作れっていう指令がどこかであるんだよ。クリアできねぇと、先に進めねぇの」

「それはゲーム脳すぎる考え方だろ。このダンジョン、そんなこと考える知能ないと思う」


 口々に話す僕たちに、アイが苦笑した。


「――宝箱より先に魔物のようです」

「あれ? 近くの魔物はさっき倒したって――」

「まあ、人の声が煩ければ、魔物はどこからでも集まってきますよ」


 アイの言葉に三人とも沈黙した。ダンジョン攻略中とは思えない気楽さで話していた自覚はある。


 視線を交わし合い、逸らした。


「戦闘経験は大事だからな」

「そうそう、まだ私たち初心者だし。苦労は買ってでもしろって言うし」

「俺の剣が火を噴くぜぇ!」

「火はやめろ(て)!」


 僕と美海の言葉が重なったのを合図にしたように襲撃してきた魔物を、ばっさばっさと倒して回った。順調に戦闘経験を積めて何よりである。アイも楽しそうに微笑んでいるから問題はない。


 ただ、この後しばらくは私語を慎むことにしよう。

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