AIさん、攻略する
第7話 訓練と事前情報
「ふはは、体が軽い! 今の俺なら、巨石だって砕いてしまえるぜ!」
「その必要性がない」
陽斗の騒々しい声にツッコみながら、アイが作製した教本を読む。この世界に来てから数日。漸くここでの生活にも慣れてきた。
タープによってほどよい日陰ができて、吹き抜ける風が涼しい。どうやら、今の季節は日本の初夏に近いようだ。湿度はそれほどないけど。
ソファーに寝そべり、時々紅茶や焼き菓子を摘まみながら知識を習得する。なんと穏やかな日々だろう。国から追われている状況だと忘れてしまいそうになる。
「……陽斗、物語の中で、力に溺れて堕落する登場人物みたいなこと言ってるね」
「たぶん、暑さにやられてるんだろう」
僕と同じように教本を読んでいた美海が、陽斗に視線を向けて呆れた顔をしていた。陽斗の方を見ると、
だが、その訓練の成果は着実に出ているようで、初日と比べて明らかに動きにキレがあった。俊敏性も剣を振る鋭さも見違えるほどの成長ぶりだ。
「せめて、木の下とか日陰ですればいいのに」
呟いた美海が何事か考えるように唇に指を添える。
「私が休憩を勧めてきましょうか?」
静かに座っていたアイが不意に口を開いた。
アイは僕たちに教本を作った後は、ほとんどの時間をアカシックレコードに意識を接続し、情報の検索・分析するのに費やしていた。どうやら、その作業の間は意識がほぼ飛んだ状態になるらしく、置物のように微動だにしないのだ。
「アイちゃんがそこまでする必要ないよ」
軽く肩をすくめた美海が指を振ると、陽斗の頭上から大量の水が降り注いだ。
「ッ……グボッ、ゴホッ……!」
「それは、やりすぎでは……?」
美海の放水魔術だ。城で見た魔術師は呪文の詠唱が必要なようだったが、美海は動作一つで魔術を発動させられる。賢者という職の能力は凄まじい。
僕は
「大丈夫よ。陽斗は頑丈だから」
「……まあ、それはそうか」
水浴び後の犬のように頭を振っている陽斗を見ながら、美海の言葉に頷く。
陽斗の暑苦しさを
「美海ー、次に水くれるときは、予告してくれ! めっちゃ鼻に入った!」
あっけらかんと手を振る陽斗に、美海が仕方なさそうに手を振り返す。たぶん、次も予告せずにするのだろう。そんな顔をしていた。
「……次は熱湯にしてやろうかな」
前言撤回。次はさらに酷いことになるらしい。美海が本気で怒る前に、陽斗には落ち着きを取り戻してもらいたい。
勇者能力の素晴らしさに、すっかり調子に乗っている陽斗を見ながらため息をつく。
ダンジョンを攻略するために、技術の習得に努めてまだ数日だが、そろそろ次の段階に進まなくてはならない。
アイの報告によると、ワルハレム国王城から使者が出発したらしいのだ。それは、この廃村に一番近い領主の元に向かっているとか。
近い将来、その領主の元から僕たちを捕らえるための追手がやって来る。その後には、城からの騎士団も来るだろう。
そんな人々に直接対峙したくはない。そのためにするべきことはただ一つだった。
この場からは木々に遮られて見えないダンジョンの入り口。その先にはどんな展開が待っているのか。
最後のページまで目を通し、静かに教本を閉じた。
――パタンッ。
静かに響いた音は二つ。美海と視線がぶつかる。
「そろそろ、ね……」
「ああ。まだ実践は心許ないけど、覚悟は決めないとな」
「うん……」
僕たちはまだ一度も魔物を目にしたことがない。
アイ曰く、この辺にいる魔物はともかく、ダンジョン内の魔物は倒しても死体が残らずアイテムがドロップするというゲームのような仕様らしいので、倒すことにそれほど忌避感を覚えずに済むのではないかと予想している。
だが、それも実際に体験してみるまでどんなものか分からないのだ。
「さて、昼飯の後に、計画を煮詰めよう。アイも、ダンジョン内部の情報の精査は終わったんだろう?」
「もちろんです! ダンジョンを攻略する上で、正確な情報は不可欠。私に抜かりはありません!」
「アイちゃん、ほんと頼りになるわ~」
少し気分が落ち込んでいたように見えた美海も、アイの明るい声音を聞いて表情に笑顔が戻った。
アイのこの頼りがいのある感じ、本当に助かる。美海の雰囲気の変化にホッとしつつ、陽斗に声を掛けた。
「陽斗ー、昼飯にするから、さっさと濡れた服着替えてこいよ!」
「おう! 今日の飯はなんだろなあ」
剣を仕舞いながらテントに向かう陽斗の背中に、ニヤリと笑いかける。陽斗はどう反応するかな?
「塩漬け肉のサンドウィッチ」
「ふあっ! それ、俺が苦手なヤツ……」
悲哀に満ちた表情を向けてくる陽斗に、思わず吹きだして笑った。
陽斗の意見には完全に同意するけど、諦めて欲しい。僕に塩漬け肉を大量に寄こした奴が悪いんだ。――つまりは、陽斗の自業自得である。
◇◆◇
「それでは、成果発表のお時間です~」
――ドンドン、パフパフ!
「いぇーい!」
その小さなラッパと太鼓はどこから取り出したんだよ……。効果音までつけて盛り上げようとするアイに苦笑する。陽斗はこの数日でアイのノリに慣れたのか、手拍子で合わせていた。順応性高すぎる。
「……月野アイナちゃんも、こんなノリだったの?」
「そんなことはない……ような気が、しないでも、ない……?」
小声で聞いてきた美海にどっちつかずな答えを返してしまった。改めて考えると、今のアイみたいな言動は結構あった気がする。
それが画面越しだと面白かったんだけど、実際に目の当たりにすると複雑な気持ちだ。可愛いのは変わらないんだけど、こう……。
「ふ~ん。……アイちゃんって、結局何なのかな? 私の【マッド】がこういう言動するとはとても思えないんだけど」
「そういや、美海のAIは【マッド】って名前だったな」
「そう。私たちが子供の頃、テレビの教育番組にその名前のキャラクターがいたでしょ?」
「そこからとった名前だったのか……」
美海のAIの名づけ理由を聞いて、遠くを見つめてしまった。
子供の頃に僅かひと月だけ放送された番組。そのメインキャラクターはマッドサイエンティストのマッドくんだった。今思い出しても、最高にクレイジーなキャラクターで、保護者からの苦情の嵐で番組が打ち切りになったと知って、子どもながらに深く納得した記憶がある。
あの番組を制作して放送した人たちが、もしかしたら一番クレイジーだったかもしれない。十分に休息をとれるようになっていてほしい。
「――え、まさか、美海はあのキャラ好きだったのか⁉」
「面白かったでしょ? ひと月で終わっちゃったし、再放送も無いから残念だけど」
あまりに意外な美海の趣味に暫く呆然としてしまう。だって、マッドサイエンティストだぞ? 名に違わないキャラクターだったんだぞ?
「おーい、そこ、無駄話するなー!」
「今は成果発表のお時間ですよ~」
「わ、悪い……」
謝りつつ、何とか衝撃を受け流した。
「そんな驚くことだったかな……?」
美海はそんな態度に不満そうにしていたけど、僕はこれ以上追究したくない。深淵を覗くなんてまっぴらごめんだ。ここにいる面子しか信頼できる人がいない状況で不和が生じたら、どう考えても命取りだし。
「俺は思い通りに体と魔力を動かせるようになったぞ! これが剣術レベルマックスに値する動きかは分かんねぇけど」
「私は、戦闘に必要そうな魔術は全部記憶したよ。賢者って凄いね。アイちゃんの教本読んだだけで理解できたし、実践するのも結構簡単な感じがする」
「僕も空間隔絶というか、攻撃を防ぐためのバリアーとか、それを応用する方法とか理解できた。試してみたら普通に使えたけど……戦闘中にどこまでできるかは分からない」
それぞれ数日の成果を語ったけど、僕が付け足した言葉に陽斗と美海が肩をすくめた。
「それは俺だって同じだ。訓練通りの動きを最初から実戦でできるとは思ってねぇ」
「私も。まずは肩慣らしをしたいところね」
「そうだな」
そこで僕たちが視線を向けたのはアイだ。にこやかな笑みに迎えられた。
「大丈夫です。ダンジョンは魔物の実力順に分布しています。浅いところには弱い魔物しかいませんから、少しずつ経験を積んでいきましょう」
そう言ったアイが取り出したのは、数枚の紙だった。複雑な迷路が描かれている。所々に色を変えた点が付けられ、【宝箱】や【罠】と書かれていた。迷路の端に書かれた文章には、その階層で現れる魔物の名称と主な攻撃手段、弱点などが列挙されている。……チート。
「――俺、ゲームやるとき、あんまり事前に攻略情報とか調べねぇタイプなんだが……命
「ダンジョンの嘆きが聞こえてきそうね」
「まあ安全には代えられないな」
遠い目をする陽斗や美海と苦笑する僕。だってアイの能力はゲームだったらバランスブレイカーって言っても過言ではないくらい凄いし。もう笑うしかないだろ。
そんな僕たちを見て、アイが目を瞬く。
僕たちの思いを察するにはまだ人間歴が浅いのだろう。ただ、大変役に立つ情報をくれたことは確かなので、その頭を軽く撫でておいた。
「情報ありがとう、アイ」
「――はいっ、これくらい、お安い御用です!」
頬を染めたアイが、満面の笑みで見上げてくる。僕まで照れくさくなってしまった。
……だからと言って、ニヤニヤしてる陽斗と美海に怒らないとは言ってないけどな? よし、今日の夕飯、塩漬け肉尽くしにしてやろう。……僕まで罰を食らうことになるけど。
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