第6話 当面の目標
「そもそもとして、優弥さんたちがワルハレム国から捜索されているというのは分かりますよね?」
「まあ、城での様子も見たしな」
僕たちを捕らえるために騎士が編成されているんだよなぁ。そんなことするくらいなら、自分達で魔王討伐に行けばいいのに。
「彼らには位置探知という魔術がありまして、世界中どこに隠れても、いずれ私たちの居場所は知られてしまうでしょう」
「そんなっ! 私の魔術でなんとかならないの⁉」
衝撃的な事実に悲鳴混じりの声を上げた美海に、アイが静かに首を横に振る。僕と陽斗は表情を強張らせた。
生きるために動物や魔物を殺めるのは仕方がないと考えはしたけど、正直人間と戦う覚悟はできていない。陽斗の顔にも苦悩が浮かんでいた。
「いくら賢者といえども、それは使える魔術の数が多くて、威力が強いだけ。この世界にそもそも存在していない魔術を行使することはできません」
「じゃあ、どうしたら……」
声を震わせる美海にアイが手を伸ばし、膝の上で重ねられていた美海の手を握りしめた。
「いくつか方法はあります。一つ目は、日本へ帰還するまで転移で逃げ続けるという方法です。ワルハレム国には長距離を一回で移動できる転移魔術の使い手はいないので、恐らく逃げきることも可能かと思われます」
「位置探知されても、追手が来るまでにまた別の所に転移すればいいわけか」
なるほど。それは良い方法な気がする。美海も僕と同じように思えたのか落ち着いてきた。だが、陽斗だけが難しそうに顔を顰めている。
「それって、精神的に辛くねぇか? 逃亡生活は長続きしねぇって聞いたことあるぞ?」
「そうですね。元の世界でも大変でしょうが、この世界だと、どこも魔物の脅威がありますから、安全な逃亡地の選定にも時間がかかりますし、精神的負担も大きいと思います。それに、ワルハレム国が全ての領地に私たちの捕獲の命を出したら、街などに入ることもできなくなります。ですから、私はこの方法を推奨しません」
「おいおい……」
陽斗の疑問は僕もちょっと思ったことだったけど、言い出したアイがそれをあっさり肯定するなよ。美海がまた不安げな顔になってるじゃないか。
「可能性の提示は必要と考えて話しています。――二つ目は、この地で暮らし、追手を直接撃退するという方法です。これは皆さんの精神的負担が大きすぎると判断し、私は反対します」
「……確かに、よほど危機的状況じゃなければその方法は嫌だな」
顔を強張らせた美海と陽斗が静かに頷く。
可能性の提示と言いつつ、アイはもう僕たちが選ぶべき道が見えているんじゃないか? そう、最初に提示していた――。
「最後は、ダンジョンを攻略し、ダンジョンマスターになるという方法です」
「やっぱりそれが言いたかったんだな」
そもそもアイはダンジョン攻略の必要性を訴えるために話し始めたんだから、この話に行きつくのは初めから分かりきっていた。だけど、ダンジョンマスターとは初耳の言葉だ。一体何をどうしようと言うんだろう。
「ダンジョンを全階層制覇すると、攻略者にはダンジョンマスターの資格が与えられます。それにより、ダンジョンを改変することができ、非常に強力な防衛拠点を築くことができます」
「……俺が前にしてたゲームに、ダンジョンクリエイトっつうのがあったんだけど、ダンジョンを改築して、侵入者を撃退するってヤツだったんだよな。もしかして、ダンジョンに追手を撃退させるつもりか?」
「流石ゲーマーの陽斗さん、理解が早いですね! そうして撃退している間に、日本への帰還を目指す、というのが私が推奨する方法です」
拍手をするアイから目を逸らし、陽斗たちと顔を見合わせた。
アイの提案は確かに人間との直接対決を避けるものだけど、結果として相手を殺すなら精神的負担も無視できない気がする。実際にやってみてどう感じるかはまだ分からないけど……。
そんな僕たちの躊躇いにすぐに気づいたアイが言葉を続けた。
「あ、もしかして人間を殺めることを気にしています? いくら誘拐に加担した者たちとはいえ、それは嫌ですもんね。でも、安心してください。ダンジョンマスターは不殺システムを構築できるんですよ!」
「不殺?」
「はい。ゲームで言うところの、死に戻り、ですね。致死相当のダメージを負った者を、ある程度回復させてダンジョン外に放り出すのです」
「なるほど、それなら……」
アイの説明を聞いて、漸く納得できた。それならなんとかなりそうだ。
だが、ふと疑問を口にしたのは陽斗だ。
「なんでそんなことができんのに、ここの近くにあるダンジョンは放置されてんだ? 冒険者の中に一人くらい、ダンジョンマスターになることを望んで、ダンジョンに挑戦する奴がいてもおかしくねぇだろ? それとも、ここのダンジョンはそれができねぇくらい攻略すんのが難しいのか?」
当然の疑問だな。それに対し、アイが爽やかに笑う。
「ダンジョンマスターになれるなんて、ほとんどの人間に知られていないからですね! ここの近くのダンジョンは、優弥さんたちの力があれば、攻略するのはお茶の子さいさい! それが分かっていたから、私はここを選んだんですよ!」
「……つまりは、アイの能力はすげぇってことか」
「もしかして、一番チートなのはアイちゃんじゃない?」
「僕もそれは薄々感じてた」
陽斗と美海が悟りを開いたような顔をしていた。恐らく僕も同じような表情だろう。
右も左も分からないような世界で、アイの能力は本当に役に立つ。何故AIであるアイが勇者召喚に巻き込まれたのかは分からないけど、一緒にいてくれて良かった。
そう思ってしみじみと頷き合う僕たちの反応を目にしたアイがきょとんとした顔で首を傾げる。
「私はアシスタントAIなのですから、情報能力に特化しているのは当然です」
「そういうことを言いたいんじゃないけど、まあいいや」
こう、アイがいなかったら、完全に僕たちつんでたよなっていう複雑な思いがだな……。色々募る思いはあるけど、詳しく説明したところでアイに理解してもらえるとは思えない。思考を切り替えよう。
「ダンジョンを攻略するとして、僕たちがまずすべきことは?」
「う~ん、やっぱり戦う術は身につけないとね」
「そうだな。城から剣はたくさんもらってきたし、俺は訓練しとく」
「私は魔術ね。アイちゃん、教授よろしく」
「承知しました! 知識の伝授は一瞬でできますよ」
「……アイちゃんのテレパシーで教えられるの、結構衝撃があるから、別の手段がいいな」
「え、そうだったんですか⁉ あわわ……分かりました、教本の作成を開始します」
陽斗も美海も、当面の目標を立てて動き出そうとしていた。それを見ながら唇を嚙む。だって、魔力収納でどうやって戦えというんだ? 今の状態じゃ、僕自身がお荷物じゃないか。
「優弥さんは魔力収納の能力ですから、空間隔絶技術の習得を目指しますか?」
なんかアイから聞いたことのない言葉を告げられた気がする。空間隔絶技術って何だ? 僕の言外の疑問を察したようにアイが言葉を続けた。
「空間隔絶技術というのは……物を入れるための魔力収納を、優弥さんの外に展開するイメージですかね? もっと分かりやすく言うと……『ふはは、我に攻撃など一切効かん! 何故なら、お前と我とは空間が断たれているからだ!』的なバリアーを張る感じ……?」
「いや、それ、全然分かりやすくなってないぞ?」
アイが急に声音と仕草を変えて意味の分からないことを言い出したんだけど。口元が引き攣るのを感じる。聞いていた美海と陽斗には何故かウケていた。
月野アイナも時々こういう不思議ちゃんになっていたけど、その部分まで
「つまりは、優弥は攻撃を防ぐ用のバリアーを張れるってことだろ。いいじゃん、優弥が防御能力に特化してくれたら、俺や美海は攻撃に専念できるし」
「そうね。優弥も頑張って習得してよ。頼りにしてる!」
陽斗と美海がグッと親指を立てる。
アイの説明はよく分からなかったけど、自分にできることがあると分かったのは良かった。本気でお荷物になるとか、いくら陽斗たちが良い奴でも居たたまれなくなるから。
「――うん、頑張るよ」
「ふはは、教えるのは私にお任せなさい! チートなAI、アイちゃんですからね!」
「それは何キャラなんだ?」
胸を張るアイに呆れつつ、笑みが零れた。
この世界についてはまだ分からないことばかり。それでも僕たちは今できることをやっていくしかない。いつか日本に帰れるようになるその日まで。
色々あった一日だけど、アイのおかげで、暗く沈み込むことなく明日を迎えられそうだ。
まだ、夕方にもなっていないけど。
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