第5話 AIさんの爆弾発言

 廃村に戻ってきて、いつの間にか魔力収納に入っていたテントを設置する。

 この世界のテントは実にハイテクだった。ある程度開けた場所に置いて軽く魔力を注いで離れたら、短時間で四人くらいは寝転がれそうな空間が出来上がるんだから。

 設置したテントは二つ。男女で別れて使えるようにした。アイはAIだが、見た目から考えて女性扱いする。僕と陽斗のテントに来られても困るし。……いろいろと。


 魔物けの香というのもいて、魔物対策も十分に行う。この辺はアイがいなければ分からないことだったので、いてくれて本当に良かった。


「よし、とりあえず、落ち着ける場所はできたな!」

「アウトドアって感じだね。私こういうの好きかも」


 陽斗が出来上がったテントを満足げに眺め、美海は早速中に荷物を置きに行った。着替え等は僕に預けたくないと言って、いくつかバッグを抱えていたのだ。幼馴染みとはいえ、そこは気になるよな。


「僕は紅茶をれるよ」

「おー、優弥、頼んだ!」


 テントの外に張ったタープの下には、ロココ調っぽいソファーセットを置いていて、陽斗が早速とばかりにソファーで寝転んでいる。どう見ても外にあるのは違和感を覚える装飾の家具だが、こういう物しか城に無かったのだから仕方ない。


「あ、優弥の紅茶!」

「優弥さんの紅茶……。私ずっと飲んでみたかったんです!」


 テントから出てきた美海とアイが嬉しそうに笑うので、魔力収納から焼き菓子を取り出して渡した。先にテーブルに持って行ってもらおう。

 終業式後、昼食も食べないままここに来たので、正直お腹が空いているし、本格的に昼食を作りたいくらいだが、まだ今後の計画について聞けていないので、食事は後回しだ。


「アイも先にソファーに座ってていいぞ?」

「優弥さんが紅茶を淹れているところ、見ていたいです」


 近くに寄ってきたアイの輝くような笑顔から目をらす。

 見た目は推しているVtuberの姿なのだ。僕だけに向けられている笑顔に、どうしても胸が高鳴ってしまう。中身は幼い頃から傍にいるアシスタントAIだとちゃんと分かっているのに。


 僕の手元に注がれる、どこか熱を帯びた眼差しに、調子が狂いそうになりながら丁寧に紅茶を淹れた。


「お待たせ」

「いい香り」

「喉渇いてたんだよなー!」


 何故かニヨニヨとした笑みを浮かべる幼馴染たちにティーカップを渡す。ちょっと雑な渡し方になってしまったが、零れていないから問題ない。

 次いでアイに差し出すと、神妙な面持ちでソファーに浅く腰かけ、押し頂くように受け取られた。そのあまりに大袈裟な仕草につい笑ってしまう。賞状授与のようだった。


「……優弥さんの紅茶、美味しいです」


 紅茶を大切そうに一口飲んだアイが目を細めて笑った。なんだか照れくさい。


「そんなに喜んでもらえたら、紅茶を淹れる技術を学んだ甲斐があったよ」

「昔から、優弥さんは勉強熱心でしたもんね……」


 アイが何かを思い出すように呟きながら、柔らかな笑みを浮かべた。それを見て、不意に思い知る。ああ、彼女はずっと僕の傍にいて手助けしてくれていた存在なのだ、と。


 アシスタントAIは、小学校に進学すると同時に全ての子供に与えられる。僕もその例に漏れず、【アイ】に出会ったのは七歳になる年だった。

 既に遠い過去に思えるその日のことが、アルバムをめくるように思い起こされる。


 母に「あなたのAIさんに名前をつけて」と言われた日。僕はその時学んでいたローマ字読みで、AIからとって【アイ】と名付けた。

 母に安直だと笑われることになったが、今でもその名を付けたことに後悔はない。【アイ】は僕にとってなくてはならない存在になっていた。


 思えば、約十年という年月を【アイ】と共に過ごしてきたのだ。まさか、人間同士のように話をして、一緒に紅茶を飲む日がくるなんて思いもしなかった。


「ゴホンッ。そろそろ本題に入っていいー?」

「さっさと話して、飯食いてぇんだよ」


 何故か美海と陽斗から半眼を向けられていた。なんだその目は。……理由は分からないけど少し居心地が悪いので、居住まいを正しておく。


「今後の計画についてですね」


 テーブルにティーカップを置いたアイが、真剣な表情で話しだした。つられるように、僕たちの表情も引き締まる。


「まず、この場所に着いての情報を追加します。そこまで話せていなかったので」

「そう言えば、そうね」

「ここはダンジョン発生の影響で廃村になった集落です」

「ダンジョン⁉」


 アイの言葉に真っ先に反応したのは陽斗だった。ダンジョンと言えば、ゲームでもよく出てくる名称だから、陽斗に一番馴染みがあったんだろうな。


「……そのダンジョンと言うのは、魔物がいる階層状の迷宮ってことでいいのか?」


 認識に齟齬そごがないようにと考えて問いかけると、アイがニコリと笑って頷いた。


「大体そんな感じです。この世界では、冒険者と言われる人たちがダンジョンに潜り、魔物を倒してドロップを得たり、宝箱からアイテムを入手したりしています。食料なども得られるため、とても人々の生活に密着した場所です」

「ちょっとイメージと違うな……」


 僕の抱いているイメージだと、ダンジョンとは命がけで魔物を倒しに行ったり、未知を探索するものという感じだ。だが、アイの言い様だと、キノコを山に採りに行くくらいのテンションでダンジョンに入る者もいるように感じる。


「本来、ダンジョンがある場所は、その周囲に街ができて栄えるのが一般的です」

「資源の宝庫だったら、そうなるでしょうね」

「ですが、この村は違いました」

「なんでだ?」


 陽斗が答えを促すと、アイが軽く肩をすくめた。どこか呆れがこもった仕草だった。


「この村の近くにできたダンジョンでは、役立つ物が得られなかったからです」

「役立つ物……」

「例えば、性能の良い武器。あるいは、魔物の素材や肉。野菜や果物。――冒険者がダンジョンに挑戦するリスクに値する物が、このダンジョンでは得られませんでした」

「……なるほど」


 命がけでダンジョンに挑戦しても利益が出ないなら、冒険者はここにやって来なくなる。それは自明の理だろうな。


「でも、ダンジョンができるより前から村があったなら、栄えはしなくても、廃村になる理由にはならないんじゃない?」

「ダンジョンは、そこにあるだけで、本来は危険なモノなんですよ」


 疑問を口にした美海に、アイが静かに語る。冒険者が魔物を間引きしないダンジョンは、外に魔物を溢れさせることがあるのだ、と。

 いつ魔物が溢れてくるか分からない恐怖。それが、僕たちが今いる場所が廃村になった理由だった。


「じゃあ、私たちがここで暮らすの、危ないんじゃない……?」

「確かに。寝てるとこ襲われんのはこえーぞ……」

「警戒の仕方とか戦い方とか、まだ分からないしな……」


 僕たちが次々に危惧を口にすると、アイが小さく手を打ち合わせた。その音が、魔物への恐怖で支配されつつあった思考を少しクリアにしてくれる。


「大丈夫です。あまりにも長く放置されたダンジョンなので、既に魔物を外に送り出すほどの力はありません。この近辺に元々いる魔物は大して強くないので、魔物避けの香で十分対処可能です」

「……それなら良かった」


 アイの自信に満ちた断言を聞いて胸を撫で下ろす。そもそもアイがこの廃村を選んだのだから、恐怖を感じる必要はなかったんじゃないかな。


「まあ、私は、そのダンジョンの攻略を提案したいわけなのですが」


 少し楽天的になっていた僕の思考は、何でもないことのように軽く放たれた言葉によって、一瞬止まる。美海と陽斗もピタリと動きを止めて、アイを凝視していた。


「ダンジョンの、攻略……?」


 聞き間違いであってくれと思って口にした僕に返ってきたのは、アイの輝いた笑顔だった。


「はい! 皆で力を合わせてダンジョンを攻略しましょう! えいえいおー!」


 一人拳を天に突き上げるアイを、暫し呆然と眺めた。


「……アイ、絶望的なくらい、説明が足りてない」

「もっと、分かりやすく説明してよ。とりあえず、ダンジョンを攻略する必要性から!」

「ダンジョン攻略とか、ゲームならワクワクすっけど、現実でとか想像できねぇ。マジでそれしなきゃならねぇの?」


 怒涛の勢いで責められたアイが目を白黒させるのを見ながら、大きくため息をついた。

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