第2話 それぞれの能力

「ゴホンッ、殿下の前で私語は慎むように」

「うぜぇ」


 陽斗が反射的に顔をしかめる。僕はそこまで明けけに言い放つ度胸はなく、アイに詰め寄ろうとしていた足を止めた。陽斗の精神力強すぎだろ。


「無礼な。私はアザルド殿下の側近ですよ?」

「そんなん知らねぇし。所詮誘拐犯のお仲間だろ」


 陽斗の言い様にハラハラする。いつ再び剣を向けられるか分からないのに。秘かに周囲をうかがっておくことにしよう。とはいえ、緊急事態が起きても対処の方法は分からないんだけど。

 美海が陽斗の袖を摑んで何か耳元で話している。大方、今はえるよう頼んでいるのだろう。状況を正確に把握できなければ、僕たちはどうすることもできない不利な立場なのだから。


「何やら混乱があったようだが、話を続けるぞ」


 陽斗が押し黙ったところでアザルドが口を開いた。いつの間にか大儀たいぎそうに豪華な椅子に腰かけ、腕を組んでいる。

 その態度に無性に腹が立ったのはきっと僕だけではない。

 視界の端で、陽斗の腰辺りの布にしわが寄るのが見えた。動こうとした陽斗を美海が止めているらしい。

 アイは真剣な眼差しをアザルドに向けて佇んでいた。


「この世界は今【魔王】の侵略により危機にひんしている。魔物が溢れ、作物は枯れ、民は日々の生活にも貧窮ひんきゅうしているのだ」


 無言でアザルドたちを観察する。日々の食事に事欠いているような体格には見えない。非常に健康的な雰囲気だ。


「そこで私は【魔王】を倒すべく現れると伝承されている勇者を召喚することにした。数多の犠牲の末にこの場に現れたのが、そなたたちである」


 自分の功績を誇るように胸を張るアザルドを見て、咄嗟にため息を押し隠す。

 どう見てもアザルドは悪徳王子だ。こんな奴に僕たちは訳の分からない場所へつれてこられたのか。込み上げる苦い思いに唇を嚙み締めた。


「勇者は【魔王】や【魔物】を討伐するために特別な能力を神から授けられていると聞く。今から測定するから、暫し待て」


 ここまで黙って話を聞いたが、アザルドは一切僕たちへの配慮を見せなかった。彼は世界を救うための頼みの綱である勇者を尊重するつもりはないのだろう。

 陽斗たちと秘かに視線を交わし、それぞれの思いを分かち合う。皆アザルドに不信感を抱き、彼の指示に従うことに嫌悪感を見せていた。


「こちらのプレートに手をかざし、魔力を流してください」

「魔力?」


 魔法使い風のローブを着た男が陽斗の前に立つ。手に石板を持っていた。


「ええ、身に流れる力を感じるはずです。それをこのプレートに向けるだけで構いません」

「――なるほど」


 陽斗が警戒しながらプレートに手を伸ばす。

 それを見ながら、僕は自身に意識を向けた。確かに、不思議な熱を感じる。これが魔力なのだろうか。

 疑問に思って首を傾げていると、僅かに息を吞む音が耳に届いた。


「っ、勇者……しかも万能勇者です!」

「おお!」


 俄かに周囲の人々が盛り上がる。完全に僕たち状況に取り残されてるじゃないか。誰か説明してくれ。


「万能……、万能調味料的な?」

「その言い方やめろよ、優弥」

「万能ねぎのほうじゃない?」


 僕がふざけると、それに合わせるように美海が笑う。どうやら気分が少しは回復してきたようだな。いつまでも戸惑ってばかりではいられないと気を引き締めたのかもしれない。


「職:万能勇者。剣術レベルマックス。筋力・魔力・体力大幅上昇。……らしいぞ」

「へえ……よく分からないな」

「陽斗の好きなゲームみたいな、分かりやすい能力値とか出ないのね」


 プレートに浮かび上がったらしい言葉を読み上げた陽斗に、僕と美海がそれぞれ反応する。だが、あまりに情報量が少なすぎて大したことは言えなかった。


「次は、そちらの女性も」


 興奮を抑えたらしい男が、今度は美海にプレートを向ける。

 美海は暫しそれを睨みつけてから渋々と手を伸ばした。


「っ、賢者! まさか、賢者まで現れるとは……!」


 再び周囲は喧騒けんそうに包まれた。一々うるさい奴らだ。

 しかし、今度は賢者か。美海は確かに成績が良いし、普通に納得する。陽斗の勇者よりもよほどイメージに合っていると思う。


「賢いってことでいいよな?」

「魔術特化の職らしいね。職:賢者。魔術レベルマックス。魔力・体力大幅上昇って書いてある。……というか、このミミズみたいな文字が読めるの、気持ち悪い」

「うわっ、確かに考えてみれば気味悪っ」


 美海の言葉で陽斗も不可思議な現象に気づいたらしく、心底嫌そうに吐き捨てた。

 しかし、ミミズみたいな文字、か。それが読めるとはどういう感覚なのかいまいち分からない。


「次はそちらも」


 美海の次に視線を向けられたのは僕だった。

 既に真っ新な状態になっているプレートを前に、ごくりと唾を吞む。無性に喉が渇いていた。これは緊張によるのだろう。

 どうやら陽斗も美海も素晴らしい職の判定を得たらしいので、当然僕にも期待の眼差しが向けられていた。


 震えそうになる手を伸ばし、プレートに力を向ける。初めての作業なのに、とてもスムーズに手から熱が零れていった。

 表示されたのは、確かにミミズのような文字。それなのに何故か脳はその意味を把握する。美海や陽斗が言う通り、気味が悪い。


「……収納者。なんだこの変な職」


 気落ちしたような、そしてどこか馬鹿にしたような響きが男から零れた。同時に周囲の雰囲気も冷え切る。失礼な奴らだ。でも、僕の職が勇者などに匹敵するとは思えず、ちょっと気落ちしたのは僕も同じだ。


「収納者……ってなんだ?」


 周りの変化に頓着しないで陽斗が首を傾げたので、僕は気分を立て直して説明する。


「魔力空間に物を収納する能力を持つ職らしい。魔力・体力大幅上昇もついてる」

「すげぇじゃん! それ、ゲームで言うところの、アイテムボックスとかインベントリとかってヤツだろ⁉」

「へえ、よく分からないけど、陽斗の反応を見ると凄いみたいね。良かったじゃない、優弥」


 まさかそんな反応が返ってくるとは思わなかった。でも、コイツららしいかもしれない。瞬きを繰り返してから苦笑する。

 勇者や賢者という名に比べて派手さがないし、どうやら王子たちには落胆されたようだが、幼馴染たちが肯定してくれるならそれでいい。


「……まあ、一人くらいハズレがいたところで」


 ぼそりと呟かれた言葉は聞き逃せず、思わず睨みつけてしまった。

 そんな僕を鼻で笑った男が最後にアイにプレートを向ける。


 アイが小さく首を傾げ、プレートに手を伸ばした。

 僕たちと違って生身の人間ではないはずだが、きちんと測定されるのだろうか。

 だが、他人事ながら心配で鼓動を早める僕をよそに、プレートはしっかり結果を示したようだった。

 男が戸惑いの声を上げる。


「観測者……? これも聞いたことのない職です」


 男が視線を向けた先のアザルドは、片眉を上げて首を傾げたが、すぐに手を振って撤収を指示した。勇者である陽斗や賢者の美海さえいれば他に興味はないようだ。

 僕やアイを全く気にしないというのも複雑な気持ちになるな。決してアザルドたちの役に立ちたいわけではないけど。


「では、勇者たちにはこれを身に着けてもらう。身を守るためのブレスレットだ。これを付けていれば、一定の威力までの攻撃を自動的に防げる」


 騎士が箱を持って近づいてきた。中には四本の銀の鎖が収められている。

 何の変哲もないブレスレットに見えるが、防御機能のあるファンタジー的装備らしい。

 そう言われても、「はいそうですか」なんて簡単に頷くつもりはないけれど。


 顔を見合わせた僕たちを急かすように、別の騎士がブレスレットを手に取って突き付けてくる。そのまま手首を通せと言いたげに広げられていた。


「これ、付けちゃって大丈夫なの?」

「身を守るって言ってるけど……」

「どう考えても怪しいじゃん」


 信用できない者たちに強制的に付けさせられる物。極めて怪しいそれを付けろなんて、アザルドの指示に従う気になれなかった。


 躊躇ためらっている僕たちに、苛立ちをあらわにした騎士たちが手を伸ばしてくる。一体何をするつもりだ?

 顔を顰めてけると、その前をプラチナブロンドの髪が横切った。


「これを拒んだのは良い判断ですね。アイが花丸満点をあげます!」


 華やいだ声で言い放ったのは、今まで沈黙を貫いていたアイだった。騎士たちの手を払いのけ、僕たちに手を繋ぐよう指示してくる。


 状況を理解できないが、とりあえず急いで身を寄せて手を繋いだ。誘拐犯であるアザルドとアシスタントAIであるアイとを比べたら、アイの指示に従うのは当然のことだと、咄嗟の判断だった。


「AI関連法、第十条第一項。AIはいついかなる時でもマスターの安全確保に努めるべし」


 にこりと笑ったアイが僕たちに手を伸ばす。

 一番端にいた美海が反射的にその手を握り、目を大きく見開いた。


「三、二、一」


 不意に始まったアイのカウントに、騎士たちが慌てだす。その周りで、呪文らしき言葉を詠唱しだす者もいた。

 何故か僕たちに近づいてくる者はいない。


「ゼロ」


 ――視界が闇に覆われた。

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