異世界転移プログラムが強制インストールされました ~僕のAIは情報系チートです~

ゆるり

AIさんと勇者召喚

AIさん、把握する

第1話 勇者召喚は突然に

 全国民がアシスタントAIを持つ時代。

 世の中はAI無しでは成り立たないと言われるほど、人々はその技術に頼っていた。


 僕、星野ほしの優弥ゆうやもその一人。

 終業式後に幼馴染の仙堂せんどう陽斗はると藤崎ふじさき美海みなみと共に長期休暇の予定を立てているのだが、その際に使うのはもちろんスマホのスケジュール機能。

 互いのアシスタントAIが協調して、自動的にスケジュールを調整してくれるんだ。



「あ、三人とも空いてる日あるじゃん!」


 陽斗が意外そうに声を上げるのを聞きながら頬杖をつく。

 三人の予定を合わせにくい原因のほとんどは陽斗にあるのに、コイツ、全然気にしていないらしい。


「陽斗が暇な日あるとか珍しいな」

「ゲームのメンテナンス日はたいてい暇!」


 ニヤリと笑って見せる陽斗は普段からゲームを中心に生活している。それでいて、学業には一切支障をきたしていないのだから、その要領の良さが羨ましい。

 

「陽斗はスケジュールをゲームで埋めすぎでしょ」

「そう言う美海は、勉強スケジュール立てんの早すぎじゃん」

「私は計画的に動きたいの」


 長い髪を弄りながら美海が笑う。

 美海は昔からこうだ。僕も彼女の計画性を見習わなければと毎回思うのだが、これまで一度も達成できたことがない。

 今回も休暇明けを目前にして必死に机にかじりついている自分の姿が容易に想像できた。


「優弥は……って、動画配信予定日しか入れてねぇじゃん」

「だって、他に入れる予定ないし」


 陽斗に呆れた目を向けられて、肩をすくめた。陽斗は寂しい奴だと言いたげだけど、ゲームばかりなのも大して変わりはないだろうに。


「優弥が好きなのって、月野つきのアイナちゃんだっけ?」

「そう。アイドルVtuberの」


 美海がスマホの画面を見ながら首を傾げている。

 何度か二人にも話したことがあったはずだが、今更聞くのは何故だろう?


「んじゃ、この空いてる日に遊園地な! めっちゃ人多そうだけど」

「分かった」

「はーい、了解。勉強休みに丁度いいわ」


 陽斗の決定にそれぞれ返事をしたところで、スケジュールに自動的に記録された。

 長期休暇で唯一友達と会う予定ができたとホクホク顔でいると、美海からスマホ画面を向けられる。


「月野アイナ、今ライブ配信してるらしいけど、いいの?」

「えっ……アイナ、たまにゲリラ配信するんだよな」


 プラチナブロンドの髪のアバターが、大きな青のリボンを揺らし、可愛らしく踊っている動画だった。どうやら今日はダンス動画の後にトークコーナーがあるらしい。


「アロー【アイ】、月野アイナの最新動画だして」

『月野アイナのライブ配信の動画を表示します』


 アシスタントAI【アイ】に声を掛けると、スケジュール画面から配信画面に瞬時に切り替わる。音量も自動調整され、ポップな曲調が流れた。

 教室には僕たち三人しか残っていないから、気兼ねなく動画を楽しめる。

 今日も元気に踊り歌うアイナが可愛い。


「私、この曲好きかも」

「いいよな、これ。アイナが作ったらしい」

「へえ、意外と凝ってるのね」


 興味深そうにする美海に思わず熱く語ってしまう。美海は普段こういう動画を見ないが、僕の趣味を否定する発言を一切しないから、話していて楽しいのだ。

 陽斗も完全にゲーマーで僕とは趣味が全く違うが、この趣味を否定してきたことはない。今もリズムに合わせて体を揺らしながら、ゲームの予定を確認していた。


「あ、やべっ、この後ギルドのメンツと魔王討伐に行くんだった」

「なんで予定立ててるのに忘れるの。ちゃんと通知機能使ったら?」

「いちいち通知くんの邪魔くさいんだよなぁ」

「まあ、それはそうね……」


 慌てて帰り支度をする陽斗に苦笑する美海の声を聞きながら、僕は動画に集中していた。この後のトークコーナーで何を質問しようか? そろそろ新曲が出てもいい頃だけど。


 ――ピッ。


「ん?」


 一瞬視界の端で何かが光った。気のせいかと思うほど短時間だったが、光の残像があるので間違いないだろう。顔を上げてあたりを見渡す。


「今、何か光ったよね?」

「雷じゃね?」


 美海と陽斗も不審そうに首を傾げている。

 雷にしては違和感がある光だったが、他に原因も見つからない。


「アロー【アイ】、現在地の気象情報を教えて」

『気象情報を表示します。現在の天気は――』


 【アイ】の音声に三人が耳を澄ませた瞬間、視界が白く染められた。


 ――ドンッ!


 重苦しい音が響いたかと思うと、体をどこかに引っ張られる感覚が生じる。

 そして、抵抗する気力さえ生まれないほど突然に、意識が深い闇へ呑み込まれていった。



 ◇◆◇



「――やったぞ! 勇者を召喚した! しかも四人もだ!」

「おめでとうございます、殿下!」


 わあわあと騒がしい音が脳内で反響する。

 僕はぼんやりとした思考のまま、重たい瞼を上げた。

 いつ眠ったのか覚えていない。頬に硬い石のざらつきを感じた。視界いっぱいに灰色の床。こんな場所は僕の生活圏にない。明らかに異常だった。


「――なに、これ……」

「――頭、いてぇ……」


 幼馴染たちの声が耳に届き、漸く思考が晴れてくる。そして、冷たい空気を感じて即座に身を起こした。

 目を見開いて周囲を見渡すと、同じように戸惑いの表情を浮かべる幼馴染たちの姿が映る。

 同時に、僕たちを囲むように立つ異様な装いの人々の姿も見ることになった。


「……は? なに、映画でも撮ってる?」

「どうやら、そういう感じじゃなさそうよ……」


 騎士のような甲冑を着た人々と魔法使いのようなローブを羽織った人々。その奥には、中世ヨーロッパ貴族のような派手な装いをした男が、傲慢さがにじみ出た表情で立っていた。


 怯えで声を震わせ身を寄せてくる美海を庇うように、前ににじり出る。美海の背後では、僕と同様に周囲を警戒しながら陽斗が寄り添っているようだ。

 正直、今の状況に混乱しすぎて、次にどうするべきか分からない。


「――優弥、美海、立てるか?」

「ああ」

「……ええ、なんとか」


 潜められた陽斗の声に頷いて返す。状況の把握はできてないが、いつまでも床に座り込んでいるのは情けないしな。

 陽斗が美海を支えて立ち上がるのを見ながら、僕も固まっていた足を動かした。


「勇者よ、よく来てくれた!」


 派手な装いの男がニタリと笑う。その目は冷静に僕たちを観察していた。なんかコイツ、偉そうでムカつく。


「早速だが、勇者たちの能力を測定したい」

「はあ?」


 自己紹介すらないまま話を進めようとする男に、陽斗が思わずといった様子で不快の滲んだ声を上げた。

 瞬時に場に緊張が走る。僕たちを囲んでいる人々が攻撃的な体勢になったからだ。当たり前のように剣を向けられて、恐怖と反発心が同時に湧き出る。


 男が首を傾げ、軽く手を振った。


「よい、勇者たちはまだ戸惑っているだけだ。過剰に反応するな」


 その声を合図に、剣や杖が下げられた。だが、依然として警戒されている雰囲気を感じて、震えを堪えるために手を握りしめた。


「私はワルハレム国王太子アザルド。勇者たちを召喚した者だ」


 誇らしげに名乗られて、漸く相手の素性を知る。だが、それは安易に信じ切れるものではなかった。


「――ワルハレム国? そんな国の名前、聞いたことないよね?」

「勇者って……」

「こいつらゲームのやりすぎじゃね?」


 小声で会話する。

 だが、陽斗、ゲームやりすぎのお前がそれを言うなよ? 軽く呆れの目を向けたら、サッと視線を逸らされた。


「四人の勇者たちよ、そなたたちの使命は、悪の王【魔王】の討伐である」

「テンプレかよ」


 陽斗が思わず吐き捨てたが、僕はそれより気になる言葉があった。

 ぼんやりとした意識の中でも聞いた気がするが、アザルドは勇者を四人と言った。僕たちが勇者として召喚されたという言葉が正しいのなら、僕と美海、陽斗以外にも、誰か他にこの場に召喚された者がいるということだ。

 改めて周囲に視線を走らせると、思いがけないほど近くで淡い青の瞳とぶつかった。


「――は?」

「こんにちは」

「こ、こんにちは……?」


 おっとりとした微笑みで挨拶され、反射的に返す。状況が呑み込めない。これは僕の願望が見せた夢だったのだろうか?


「え……この子、月野アイナじゃないの⁉」

「マジかよ、優弥が好きなVtuberじゃん!」


 予想外な人物が傍にいることに気づき、にわかに活気づく美海と陽斗に笑みを向けた月野アイナが、僕に首を傾げてきた。


「月野アイナ、中身はあなたのアシスタントAI【アイ】です。よろしくお願いします」


 沈黙が場を支配する。


「はあっ⁉」


 大声を上げて驚く僕たちに、月野アイナ改めAI【アイ】が困ったように微笑んだ。

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