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医務室を出ると、入り口付近にテオが待っていた。
「体調はどうです?」
「ええ、もうすっかり」
「ではご自宅までお送りします」
籠に乗り、朝来たコールドウェル邸までの道を戻っていく。もう何度も通った道だ。そこに何の店があるのかも把握している。
「ちょっと止まってくれる?」
「何ですか?」
「お手洗いに。とっても行きたくてっ」
「分かりました! 止めて!」
籠を引いていたバーディルにテオが声をかけると、籠は急停止した。
近くにある公衆のトイレに駆け込もうとして、テオが後ろをついてきている事に気づく。
「あの」
「何ですか?」
「まさかお手洗いの中まで付いてくる気では?」
「え、いや、そこまではさすがにっ」
「籠の所で待っていてくれる? すぐすませるから」
「分かりましたっ」
恥ずかしいからか顔を赤くして、そそくさと退散していくテオの背中が見えなくなったのを確認して、私はトイレには行かずに近くの通りにあった客待ちの籠に乗り込んだ。
「はい、お客さん。どこまで?」
「すみません。急ぎでレストア村まで」
「かしこまりました」
籠はコールドウェル邸とは逆方向へ走り出す。私にはやる事がある。
心の中でテオに小さく謝った。
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「ビアンカさん!? もうここには来ないと射手団長殿から伝風が届いたのだが!?」
村長が目を丸くしていたが、今はそれに構っている暇はない。
「調べたいことがあるんです」
「一体何を」
「不作の原因です」
今植えられているものは秋に収穫を控えた野菜だ。私が種に祈りを捧げたもの。ちゃんも育っているように見える。
私の魔力は平々凡々。昨年花の代表に選ばれていたフローリアも、一昨年のフローリアも、飛び抜けて魔力が強いというわけではなかったはずだ。
今年風の代表となったカイルの魔力は大神官のグリーデンも認めるほど強い。
風と花の魔力のせいではないとするならば、何故毎年野菜の収穫量が減っているのだろう。
よく見て。よく考えて。
今まで花の森から外に出ていたのは、季節ごとに咲く花をただ見にいっただけではなくて。温かい春だけでなくうだるような暑い夏でも身も凍えるような冬でも何故花が咲くのか、色や香りに毒を持っているのは何故か、知りたいことを調べていた。
「野菜……木……共通するのは」
何かあるはずだ。このふたつに共通する何かが、不作や内部腐食の原因となっている。
「……もしかして」
目をつけたのは、土。植物は土に根を張っている。もちろん例外もあるけれど、大抵は根から栄養を摂って成長している。もしもこの土が原因だとしたら。土自体に植物の成長を阻害する悪意ある魔法がかけられているのだとしたら。
土を少し手で掬い上げて、顔を近づけてみる。僅かだが邪悪な魔力の匂いがした。集中してやっと気づけたぐらいだったので、収穫の時に気づくのは難しかっただろう。
「村長さん。この土はどこから持ってきたものですか?」
「ああ、その土は二箇所の土を混ぜ合わせたものなんだ。風の神殿の土と、北にそびえるグロフィナ山のふもとの土だ」
「その、土を持ってくるというグロフィナ山に案内してくれますか?」
神殿の土に邪悪な魔力が込められているとは考えにくい。ならば、グロフィナ山が怪しい気がする。
村長と共に籠に乗り込み、グロフィナ山のふもとへ向かった。
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グロフィナ山付近は周囲に植物などない、岩だらけの場所だ。夏だというのに体が震えるほどの冷気で覆われている。山の上空は暑い雲で覆われ、日の光など入ってこない。頭から足の指の先まで悪寒が走り、籠から出るのさえはばかられた。
恐る恐る籠から出てみる。ふもとにある土はどす黒い。明らかに普通の土ではない。強い邪悪な魔力を感じて気分が悪くなってくる。
「ビアンカさん、大丈夫かい? 顔が真っ青だが」
でも、村長は何も感じていないのだろうか。平気な顔で立っている。
おそらくだが、属性の違う魔力を感じることはできないのだろう。土に含まれているのは大地の力。植物を芽吹かせたり私達フローリアは大地の力を使うから風の力を感じることはできないし、風の力を使うバーディルは大地の力を感じることはできない。
「この土……邪悪な力が含まれています」
「何だって!?」
「おそらくこの土が不作の原因かと思われます」
弱った木々の地面も雪に覆われていたから分からなかったが、邪悪な力を含んでいたのだろうか。
「しかし、一体誰がそんなことを」
「村長さんのところの畑だけでなく、西の森も花の森近くの山もとなると、かなり力の強い者がしたことだと思うのですが……」
「そんなことをする理由は何だ。農家や木こり達への嫌がらせというわけでもなさそうだしなぁ」
村長は首をかしげてしまった。
これではっきりしたのは、カイルのせいではないということ。大地の力を扱える誰かなのだが、目的は分からない。
山の上から吹き下ろす凍てつく風に身震いする。これ以上ここにいたら気分が悪くなる一方なので、籠に飛び乗って射手団本部へと向かった。
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