5

 夏の午後、私はデグーの首都マラティの郊外にある村の畑にいた。農家のバーディル達に混じって夏野菜の収穫をしていた。

 神殿に種を持って来ていた農家がいるレストア村へ、午前の仕事の後に畑仕事の手伝いをすることになったのだ。

 ずっと部屋にこもっているより、外で土や植物と触れ合っている時間がある方が気分転換になると思ったから。


「これで全部ね」


 収穫したビーツやナスを箱に入れ終えると、若いバーディル達が箱を持って一斉に飛び立った。同盟を組んでいる近隣の国の市場に並べる為だ。デグーの野菜は、フローリアの祈りが捧げられた種からできているからとかなり人気らしい。


「たくさん収穫できてよかったですね」


 村長でもある長老に声をかけると、渋い顔をした。


「いや、今年は少ない方だよ」

「そうなんですか?」

「ああ、どういうわけだか年々収穫量が減ってきているし、野菜の大きさもだんだんと小さくなってる。病気にかかりやすくもなっているし」

「どうしてかしら……」

「理由は分からない。収穫量が減れば収入も減る。このままだと廃業する農家も出るだろうな」


 村長は、はぁと大きなため息をつく。その隣にいた村長の娘が、思い出したかのように話し始めた。


「そう言えば、木こりをしている人から聞いたんだけどね。西の森で木が腐ってしまっているんだって。ほぼ全滅。薪にもできなくて冬を越す為に必要な量を取れないって嘆いていたわ」


 待雪草スノードロップが咲いていた場所の他にも、木々が弱っている場所があった。

 木だけでなく野菜も。これは明らかに異常事態だ。


「一体、何が起きているの……」


 この異変をロザリナ様は知っているのだろうか。いや、そもそも花の森は他国との交流などないから分からないだろう。どうにかして知らせる方法はないだろうか。

 手伝いを終えて帰路についた。ちょうどカイルが仕事終わりにこちらに寄ってくれると言っていたので、待ち合わせ場所の森のはずれにある広場へ歩いていた。物思いに耽っていたからか、背後から近づく足音に気づくことができなかった。


「……むっ!!」


 後ろから羽交締めにされ、口も塞がれてしまった。何とか逃れようと暴れていると、体を抑えつけてくる力も強くなる。


「暴れるな!」

「見られないうちに早く!」


 後ろから二人の男の声がする。ずるずると森の中へ引きずりこまれ、地面に仰向けに倒された。

 ひとりの男に両手を掴まれ、もうひとりの男は私の上に馬乗りになっている。


「本当にフローリアだよな?」

「間違いねぇ。翼がないからな。早くやっちまおう。おとなしくしてろよ」


 馬乗りになった男は、にたにたと汚らしい笑みを浮かべながら、ガチャガチャとベルトを外しはじめた。不自然なズボンの膨らみと荒い呼吸から、男が何をするつもりか理解すると、背筋が凍った。助けを呼ぼうにも、恐怖からか声が出ない。

 男の手がスカートの下に伸びた時。轟音をまといながら強風が吹き荒れ、思わず目を閉じた。


 うめき声が聞こえたかと思うと、男達の手が私から離れていき、代わりに知った温もりが体を包んだ。安堵で体の力が抜けてしまう。

 目を開ければ、カイルの胸の中に抱きしめられていた。いつもの明るい表情などなく、男達を冷酷なまでに鋭く睨みつけている。青灰色の翼は大きく広げられ、威嚇していた。

 男達は地べたにうつ伏せになったまま身動きひとつ取れないでいる。まるで上から風の壁に押されているかのようだった。


「暴行の現行犯だ。彼女が花の代表と知っての愚行なら、お前達はバーディルの面汚しだ」


 カイルが冷たく言い放つと、男達が反論してきた。


「ならこの現状をどうにかしろよ! 野菜は生育不良、年々収穫量も収入も減って、俺達農家は貯金を切り崩してなんとか生活してんだ!」

「フローリアに風の魔力を大量に注ぎ込んで、野菜を育てる力を村中に撒き散らせば、この状況を改善できる。魔力を口移しすると爆風が起きるって聞いたから、違う方法で魔力を流し込もうとしたんだ」


 若い男達は農家の跡取りらしい。今の農家の現状をどうにか打開しようと考えての犯行だったようだ。


「自分達の生活が厳しいからとはいえ、彼女を傷つけていい理由にはならない」


 カイルはきっぱりと、男達の言い分を跳ね除けた。

 騒ぎに気がついた村長達がやって来て、カイルが事の次第を説明すると、若い男達は村長達によって縛り上げられた。

 しかし、男達は納得がいっていない様子で、カイルをきっと睨みつけた。


「不作なのは、風の代表があんただからじゃねぇのか!? あんたが吹き込む風にのせて野菜を育たなくさせる呪いでもかけてるに違いねぇ!」

「なんたって母親は自分の旦那殺しの悪女だからな。息子のあんたもその能力を受け継いでるはずだ。国民を食糧不足に追いやって苦しませようとしてんだろ。この偽善者が!」


 カイルの表情が悲しげに歪む。同時に、怒りからなのか体の横で拳を握りしめたが、その感情を抑え込むように唇をぐっと噛み締めていた。


「やめんか! 早く連れて行け」


 連行されている最中も、男達はカイルに向かって暴言を吐き散らしていた。


「まったく……すみません、ビアンカさん、そして射手団長殿。謝ってすむ問題ではないとは十分承知していますが……」

「俺のことは気にしなくていいですよ。でも、彼らの身柄は射手団の方で預かります。暴行罪は重罪ですから」

「それはもう、厳しくしてやってください。収入が減った事で、自分達の生活を守るために及んだのでしょうが……我々も生活は苦しくなる一方。このままだと、彼らのように悪事に手を染める者も出てくるでしょう」


 複雑な心境を物語るように、村長は苦悶の表情を浮かべた。


「村の現状は、陛下にきちんと伝えておきます。射手団が到着するので後は彼らに従ってください」


 カイルの伝風でやって来た射手団に指示を出すと、呼んでいた籠に乗り込んだ。


「ごめん、ビアンカ。怖かったよな」

「……大丈夫。カイルが助けに来てくれたから。それより、カイルこそ大丈夫? あんな酷い言い方されて——」

「別に、平気」


 ぶっきらぼうな言い方は、どこか自棄を起こしているようにも聞こえた。大丈夫ではないことは私にも分かる。


「平気なわけないわ。自分やお母様のことを悪く言われたら悲しくなるよね。私も同じことされたら——」

「知り合って少ししか経ってないビアンカに、俺の何が分かんの?」


 カイルの視線が、鋭利な刃物のように私に突き刺さる。まるで私を突き放すような冷たさにはおののいてしまう。


「……じゃあ分かるように話して?」

「必要ない。俺達は『風花の契』のパートナーってだけで、あと数か月したら赤の他人に戻る。ただそれだけの関係だ」


 僅かに声が震えたのは抑えていた怒りからだろうか。言葉を発した後、カイルは罰が悪そうな表情をした。


「ごめん、今のは……忘れてくれ」


 ぼそりと呟くと、窓の外へと視線を向けてしまった。

 カイルの言う通りだ。今までカイルが親身になってくれていたから忘れていたけれど、私達は所詮赤の他人。偶然『風花の契』で代表同士になっただけ。秋の収穫祭が終わればそれっきり会うことなどない。そんな薄っぺらい関係の私に、首を突っ込まれたくないのだろう。

 隣に座っているのにとてつもない距離を感じる。心が遠ざかってしまったようで、気持ちがひどく落ち込んでいく。

 いつもならコールドウェル邸に着くまでカイルが話をしてくれるのだが、今日は私もカイルも一言も喋る事なく籠の中は沈黙が重くのしかかっていた。

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