4
夜になると、皆それぞれのテントへと入っていった。私はログと一緒のテントで、薬草のことをたくさん教え合ったりできて有意義な時間を過ごせた。
夜の森の静けさが心地よくて、その日はぐっすりと眠ることができた。
朝が来たことを知らせる小鳥の声で目を覚ました。夏とはいえ、標高の高いこの場所は涼しい。『恵風』が始まる前に身支度を整え、近くの泉で顔を洗った。
泉の近くにあった岩に腰掛け、懐かしい森の香りに包まれながらこの世界に朝日が差し込むのを待っていると、聞き慣れた足音が聞こえて来た。
「おはよ」
すでに軍服に着替えていたカイルが少々掠れ気味の低い声で、いつものように朝の挨拶をしてくる。
「おはよう」
挨拶を返すと、カイルは口の端に笑みを浮かべて私の隣に腰掛けた。
「昨日はしゃぎすぎたー。俺、声枯れてね?」
「うん、とっても。ログさんがどっちが子どもかわからないって言ってた」
「そういえばログと話してたな。平気? あいつ堅物だろ」
「いろいろお話しできて楽しかったわ。野外演習は子どもと遊ぶのが真の目的、って聞いたんだけど、そうなの?」
昨日ログが言っていたことを訊ねると、カイルは大きく頷いた。
「射手団の団員って宿直とか夜勤とか早番とか勤務時間が不規則だし、緊急招集とかかかると休みでも出なきゃいけなかったりするんだ。そうすると、団員は家族との時間がなかなか取れないし、子ども達も寂しい思いをしたりするだろ? だからさ、少しでも子ども達が親と過ごせる時間を作ってあげたくて。訓練も見せることで、自分の親ほとんど家にいないけどすごいかっこいいことしてんじゃん、って自分の親を誇りに思ってもらえたらなって」
思い返してみると、団員の人達も子ども達もとても楽しそうにしていた。野外演習を公開することで、普段なかなか会えない家族との時間を作ることにつながっていたとは。
両親の顔が脳裏に浮かぶ。デグーに行くと決まってから、私は家族と過ごす時間を増やした。二度と会うことができないから、後悔のないように。
「お母さんもお父さんも元気にしてるかなぁ。そういえばカイルは、ご両親を野外演習に呼ばなかったの?」
「……朝の森って綺麗だな」
団員の中には両親や義両親を呼んでいた人もいたから、少し気になって聞いてみたのだが。はぐらかされたような気がした。あまりにも話を不自然に断ち切られたから。もしかしたら、触れられたくない話題だったのかもしれない。
「……そうね。とっても綺麗……」
朝日の光を反射してきらきらと輝く泉も、青々とした葉が風に揺れるからからとした音も、その木々の隙間を縫いながら戯れるように歌う鳥達も。今目にしているもの全てから感じる生命が、花の森の情景と重なってほっと安心してしまう。
「やっぱ良い顔してんな」
私を嬉しそうに見つめる金色の双眸と目があった。
「少しは癒された?」
「……癒し?」
「デグーにいる時、ビアンカはいっつも表情が固いから、今回ここに連れ出したんだ。大神官は遊びなど必要ないって良い顔しなかったけど。たまには息抜きが必要だろ? ずっとあんな狭くて暗い部屋で何時間も祈りを捧げるって言う単純作業ばっかりやらされてたら、気が滅入るから。ただでさえ、文化も種族も違う、知り合いもいない異国の地にいるってだけでも負荷がかかるっていうのに」
カイルの顔に哀愁を感じた気がしたが、差し込む朝日に目をくらませているうちに表情はいつもの明るいものになっていた。
「初めて森で会った時のこと、覚えてるか?」
「ええ、もちろんよ」
「
「待って。いつから私のこと見てたの!?」
「んー? わりと最初から?」
そう言いながら、意地悪そうな笑みを浮かべている。
「朝の肩慣らしに飛んでたらいつの間にか花の森との堺に来てて、下を見たらビアンカが走ってきて岩に座るのが見えたからちょっと覗いてたんだ」
「そっ、そんな前から」
きっと、にやにやしながら
「あの時の顔、すっげぇ生き生きしてた。この子は花が好きなんだなーってすぐ分かるくらいに」
「……ええ」
「でも『風花の契』の儀式は、どこか苦しそうな辛そうな顔してる」
「そう、かも」
私がきちんとやらなければ、失敗したら世界が、でも私に責務を果たせるだろうか。などと思うと、不安がいつの間にか重圧となってのしかかっていく。顔に表れていたのかもしれない。
「前にも言ったろ? ひとりで抱え込むな。『風花の契』はふたりでやるんだ。俺がついてるから心配すんなよ」
——うちの団長、いつもノリは軽いしすぐ安請け合いするし、この人本当に大丈夫? って思うかもしれませんが、いざという時は誰よりも強くて、ちゃんと周りを見て、最善の方法をすぐに考えて、的確な指示を出してくれるんです。
テオの言葉が思い返される。常に私を気遣ってくれて、私が弱気になっていたら私を奮い立たせてくれる。カイルの言葉は大丈夫なんだと思わせてくれる。カイルは心が強い人なのだろう。ひとつ芯が通っているから、その言葉に説得力が生まれる。
「ありがとう、カイル。あなたがパートナーで良かった」
例年と同じようにパートナーが神官だったら、私はきっと早い段階で心が折れていたと思う。
素直な気持ちを口に出せば、カイルは目を見開いた後、ふっと微笑んだ。
「そう思ってもらえたならなにより」
カイルの指が私の頬をなぞる。あまりにも、その指先が愛しそうなものを撫でるように優しくて。とくん、と甘く胸が鳴った。柔らかな唇が重なって、優しい朝の風を私の中に吹き込んできた。
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