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 『吹き初め』の儀式を終えたデグーでは、これから一週間『花祭り』が開かれるのだという。家を花で飾ったり、花を身に着けたバーディル達が音楽に合わせて踊るパレードが開催されたり、素人による歌唱大会や飛翔の速さを競う大会も催される。すべては春の訪れを祝い豊作を願うものであり、国中がとにかくお祭り騒ぎなのだとか。

 私も祭りに参加するのかと聞けば、グローデンに「君たちの仕事は浮かれ気分で祭りに参加することではない」と冷静に返された。

 グリーデンに次に案内されたのは王宮。そこで国王と王妃、皇太子と謁見した後、籠に乗り込んだ時には既に日は傾き始めていた。

 例年ならば神殿にあるフローリア専用の部屋で生活するのだが、今回はカイルの家であるコールドウェル邸で世話になることになった。朝一番に仕事をするのだから、同じ住まいにいたほうが都合が良い。


「ふぅ……」


 カイルの家へ向かう籠の中、私は緊張感から解き放たれた体を座席に委ねていた。


「お疲れ」


 隣に腰掛けていたカイルが苦笑しながら労ってくれた。


「もう、くたくたです」

「家に着くまでは寝てな」

「いえ、そういうわけには」


 寝顔なんて見られたら恥ずかしいし、と姿勢を正す。虚勢を張っているように見えたのだろう、カイルは私の様子が可笑しかったのか笑っていた。


「ところでさ、名前聞いてなかったから教えてよ」

「そういえば自己紹介がまだでした。私はビアンカ、といいます」

「ビアンカね。これからよろしく」


 握手を求められて応じれば、私の手などすっぽり覆うほど大きい手に包まれた。


「あの、カイルさん」

「カイルでいいよ。俺ら同い年だし」


 花の代表に選ばれるのは、二十二歳と決められていた。フローリアは二十二歳が成人とみなされ、上位のフローリアになれる最初で最後の年齢だった。


「でも、射手団長って偉い人なんじゃ……」

「別にビアンカが気にすることじゃないでしょ。部下でもないし。そもそも俺、堅苦しいのとか好きじゃないから」

「なるほど」

「そこ、すぐ納得するんだ」

「だって、軽そうだし、射手団長というわりには少し……」

「少し?」

「……威厳を、感じないから」


 一瞬だけきょとん、とした後、カイルは大きく口を開けて笑い始めた。


「ビアンカってさ、おとなしそうな外見してんのに結構言うね」

「おとなしそう……」


 私は、自分にはとは常々思っていた。この白い髪も珍しいものではない。フローリアの大半は髪が白色だったから。

 だから、髪色が赤や黄や紫と華やかなフローリアはとにかく目立ったし、異性の注目の的だった。瞳の色も派手ならなおさらだ。私は髪も肌も瞳も色素が薄い。地味で目立つ方ではないし、花ばかり愛でていたから、この年になるまで恋人すらいたことがなかったわけだが。


「第一印象は。でも、待雪草スノードロップ見るためだけに薄着であんな寒いところに行っちゃうし、わりと辛口だし。自分がこうしたい、ああしたいっていう気持ちに素直でさ、嘘つけないタイプでしょ、絶対。見た目との差異ギャップが面白いなーって」


 カイルは笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いていた。


「面白いといえばさ。俺がビアンカに魔力を口移ししたって言った時の大神官の焦った顔見た? 普段こわーい顔してるから、新鮮だったな」


 思い出してくすくす笑っている。その隣で私は、謝らないとと焦っていた。


「あの、そのことなんだけど、ごめんなさい。大神官さんとお医者さんに責められた時、私をかばってくれて」

「あー、気にしなくて良いのに」

「ひとつ聞きたいことが……初めて会った時、どうして私に風送りをしたのかずっと気になってて」


 弱っていた木々を再生させたいと願ったのは、私自身のわがままだ。風使いのカイルには関係のないこと。面倒ごとに巻き込まれるということは想定できたはずだ。代表以外の風と花が交わってはならないというのは両種族共通の掟があったから。


「そんなの、理由はひとつしかないだろ」


 あれこれと考えていた私に、カイルはいとも簡単に答えた。


「君が困ってたから」

「え、それだけ?」

「そ。困っている人を助けるのは当然だろ?」


 にこり、と笑うその顔は愛嬌すらある。あまりにも晴れやかだから、私にあの時風送りをして後悔しているようには本当に見えなかった。


「それに、ビアンカが謝る必要なんてなくね?」

「でも」


 私は勝手に再生の術を使ってしまった。代表同士でないのに風送りの術をしてもらった。花の森から何度も抜け出したりもした。それは全部規則違反だ。私の軽率な行動で世界を危機に晒してしまうところだったのだ。


「植物達の成長を見守って、弱っている植物を治癒するのがフローリアの使命なんだろ?」

「そうだけど……」

「世界の均衡を保つのが、俺達力を持った奴の宿命なんだろ?」

「う、ん」

「だったら、ビアンカは間違ったことはしていない。麓の木が一斉に弱ってたこと自体が異常事態だ。ビアンカが外界の植物達の見回りをしてなかったら、あの森は全滅だった。それを元に戻したビアンカは悪いことはしてない。ちゃんと使命果たしただけ。世界の均衡保つために。だから謝る必要なし! もちろん俺にも。俺はただ手助けしただけだから」


 すっきりした気がした。カイルがきっぱりとはっきりと断言してくれたから。

 いつも、後ろめたい気持ちと植物の観察をしたいという好奇心とが心の中でせめぎ合いながら、こっそりこそこそ家を抜け出していたから。


「植物、好きなんだろ? 良かったな。大切なものを守れて」


 カイルがはっきりとそう言ってくれたから、あの時の行動は間違いじゃなかったんだと。私が好きなものを守ることができたのだから胸を張っていいのだと。心の中の霧が晴れたような気がした。



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