第12話  政府の思い


 同じ日の午後五時。太陽テレビのスタジオ。


 報道特番の生放送。キャスターの近藤渚と、太陽テレビアナウンサーの佐々木タクマが司会進行を務める。ゲストは、最近政府に噛みつく男でお馴染みになった国際ジャーナリストの田辺と、このほど防衛大臣に就任した細田が引っ張り出されていた。

 全員でモニターを観ている。

『――近く地球奪還戦争が始まるでしょう。我々は必ず地球を守ります』

 例のヨロイの映像を見終わったところである。

「えー、今ご覧いただいたのが、動画サイトのMUMに投稿されたヨロイと思われる生物の動画でしたが、今、この動画を巡って議論が巻き起こっているというんです。これを観た人は、本物の声明なんじゃないか? という意見と、いやいやフェイクだろう! という意見とで分かれているようなんです。田辺さん。ご覧になっていかがですか?」

 渚キャスターが振る。

「はい、私も何度も拝見しました。まずこれが本物なのかフェイクなのかは、私専門家じゃないもんで置いときますが、仮に本物だとしたら、なぜこれを政府が隠すのかって事ですよね、そこんとこをね、今日は大臣にお聞きしたい。本当の事を言っていただきたいんです」

 渚は、田辺から目線を外し、大臣に目をやり

「大臣はどう見ますか?」

 と言い終わる前に

「そのつもりで来ておりますし、言われなくとも、これまで言えずにいた事も国民の皆さまにお伝えしようと思っております」

 と、かぶり気味に発言する大臣。穏やかな中に怒りも見えるトーン。二人はバチバチである。

「はい、ご意見お聞かせください」

 渚が再度聞き直すと、大臣が落ち着いた口調で話しだした。

「まず、この投稿動画は、本物の声明だと思います」

 ザワッ。普段、何があっても静まり返っている報道番組のスタッフだが、さすがにざわついた。いつものように、スタジオの奥にいた林田も、「えっ!」と声が出た。

 当然否定すると思っていたが、予想していたものとは全く違う答えが返ってきた。とんでもない発言が飛び出した事、それがプロデューサーを務めるこの番組で出た事に、彼は喜びと興奮を覚えた。

 議場では大興奮の田辺が前のめりになる。

「やっぱりだ! やはり隠蔽していたんですね!」

「隠蔽ではありません。機会を待っていただけです」

 取り乱した田辺とは対照的に冷静な大臣。

「機会なんていくらでもあったでしょ!」

「ちょっと待って、田辺さん落ち着いてください。今大臣の意見を聞いてるんで」

 佐々木アナが止めに入った。

「という事は、ヨロイ側から要求があったという事になりますが? 」

 渚が問う。

「そうです。犯行声明には要求がありました」

「うわっ、ほらー」

 と、ため息まじりの遠慮気味の声の田辺。続ける渚。

「この発言は、公式な防衛大臣の発言として受け取って宜しいでしょうか?」

「はい」

「では今日、この場で全てお話いただけるのですか?」

「もちろんです。その為に来たのですから」

 渚はチラッとディレクターを見て

「では私たちは口を挟みません。お任せしますので、お願いします」

 と、大臣に委ねた。細田大臣はメモを取り出し、静かに話し始める。

「えー。一連の出来事は、裏で何者かの人間が操っていたと考えられてきましたが、どうやらヨロイ自身の考えで行動しているのだと判断できます。ヨロイからのコンタクトは、森本大臣の刺殺事件前に防衛省宛のメールの中にありました。その頃、私はまだ外務省にいましたので、直接見た訳ではありませんが、防衛省のご意見箱というメールボックスがあり、そこに届いていたそうです。その内容は、この動画にあるように、〝世界中にある全ての核兵器、原子炉を廃絶し、全ての武器の放棄、有害物質の海洋放出の停止、ガソリンや天然ガス等の地球地下資源の掘削、使用の禁止。それらが出来なければ大臣を抹殺する〟というものでした」

 時折、メモに目を落とし、言葉を選びながら発言している大臣。

「しかし毎日多くの国民の意見が届き、いたずらも多い為、実はそのメールにあまり注視していませんでした。そこへ森本大臣の事件。一気にそのメールに注目するようになりました。その後〝早急に声明通りにしなければ関係者を抹殺していく〟というメールが届きました。そして次々と世界中の関係者が殺害されていきました。我々は、各国と何度も協議しました。しかし、どの国も動かず、日本は核兵器を持ってはいないものの、全ての要求を飲む事は、実質不可能で、何も対策出来ずにいたのです。それからも犯行は続き、そして、あのテロの前日〝最後通告。本日何らかの動きが無ければ明日の正午、無差別総攻撃を開始する〟と届きました。この時はまだ敵がトカゲだとは考えられていませんでした」

 皆黙って聞いている。あの田辺も。

「犯人グループは国際的なテロ組織だと、おそらく全世界思っていたでしょう。無差別総攻撃と言われても、どこに何が起こるのか、具体的な事柄は書かれておらず、あの短いメールの文面だけでは検討もつきません。犯人グループとコンタクトを取ろうにも、メールは返信はなく、交渉しようがありませんでした。しかし、何も対策をせずに国民に何かあったら一大事だと、緊急事態宣言を出したのです。なるべくパニックは避けたかったので、犯人からの要求は伏せました。実際、国民の皆さんには、パニックにならず、自宅待機していただけて、最小限の被害だけで抑える事が出来ました。被害に遭われた方、命をかけて国を守り亡くなった自国防衛隊の隊員たちの事を思うと、心が締め付けられる思いです。しかし、対策は最善ではなかったかもしれませんが、最悪はま逃れたと思っています」

 一つ間を置き、

「これが全てです。ヨロイはおそらく、政府は聞く耳を持たない、と判断して動画をサイトに上げて国民に訴えたのだと思われます。ヨロイはまた必ず動き出します。政府は現在、世界各国と連絡を取り合い、ヨロイの居場所を探すと共に、交渉の場を作るよう模索しています。この先、何が起こるかは分かりません。みなさん、どうか冷静に、備えてください」

 言い終えた大臣、三人の方を見る。

 渚、佐々木、田辺、言いたい事は山ほどあるが、何から話せばいいのか、最初のひと言が出ずにいた。

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