第3話 平和
同じ日の午後六時すぎ、高円寺にある内田家。
キッチンでトントントンっとリズムよく包丁の音を奏でる母。夕飯のいい香りがしている。
同じ部屋でイスに膝を抱えて座りテレビを観ている友美。テーブルに宿題を広げているが、全然手をつけていない。
「あんた勉強しないならそこ空けて! もう夕飯できるから」
「はーい」
母の言葉に面倒臭そうに答える友美。宿題をしまい、夕飯の支度を手伝う。
部屋にある棚の隅っこに、軍服を着たリクを中心に、友美と両親が写った写真が飾ってある。
その横のテレビからニュースが流れている。
『今日午後四時頃、防衛省の森本定明防衛大臣が何者かに襲われ死亡した事がわかりました。警察によりますと、新宿区にある自宅前で森本大臣が倒れているのを近所の住人が発見し、救急搬送されましたが、間もなく死亡したという事です。大臣の体には鋭利な刃物で刺されたような痕があり、目撃者を探すとともに殺人事件として調べをすすめているという事です』
「怖っ」
友美が呟くと、
「もー嫌ねー。怖い怖い」
手を動かしながら観ていた母が肩をすくめて言った。
「防衛大臣ってお兄ちゃんのとこ関係あるのかなー?」
「防衛省だからリクも関係あるわね。とはいえ大臣なんてかなり遠い存在でしょ。……あっ、でも防衛大学校の卒業式に来てたかなー!」
「ふーん」
「トモお腹空いてるでしょ? お父さん帰ってくるのいつになるか分からないから先食べちゃおうか?」
「うん。そうしよう」
友美がそう言うと、母は炊飯器から茶碗にご飯をよそいはじめた。
残忍な殺人事件が起きていようが、二人にはさほど問題無いようで、簡単に話は流れていくのである。
するとガチャっと玄関の開く音。
「あらっ。グッドタイミング!」
そう言うと母は棚から父の茶碗を取り出した。スリッパの音が近づいてキッチンのドアが開く。
「いやー暑い暑い。ただいま」
スーツ姿の父が、母から頼まれたのであろうスーパーの袋を持って帰って来た。
「おかえり」
母と友美が同時に言う。
灼熱地獄から帰還してエアコンの効いた部屋の快適さを体感しつつ父が
「ここは天国だなー。はいこれ」
と母にスーパーの袋を渡す。
「はいはいありがとう。もっと遅くなると思ってたわ。早く着替えてきて! すぐご飯にするから」
母が急かすと、二人を見ながら父が
「待っててくれたの?」
「当たり前じゃん!」
と友美が笑顔で答えて母に目配せした。
「嘘つけーー」
と言い、少し笑いながら父は着替えに向かった。
同じころ。渋谷駅前。
スクランブル交差点は今日もごった返していて、せわしなく人々が行き交う。
車の騒音、クラクションの音、モニターの音、話し声、靴音、全て混ざり合い都会の日常音が出来上がっている。いくつもあるモニターから情報が溢れている。
その中の一番大きなモニターで、防衛大臣刺殺事件が報じられている。しかし、映像が垂れ流されているだけで、ほぼみなの視野には入っていないようで、立ち止まる者は無く、各々目的地に足早に向かっているのである。
今日も日本は平和である。
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