第2話 一ヶ月程前
埼玉県、自国防衛隊戸田演習場。
五百名余りの杉並駐屯部隊が訓練をしている。戦車の大きな砲撃音と標的の周りの土が舞い散る様。機関銃の銃撃音と薬莢の飛び散る様。演習場ならではの音と光景が広がっている。各小隊ごとに分かれ、決められた訓練メニューをこなしていく。駐屯地ではできない規模の演習がここではできるのだ。
射撃訓練中の小隊。その中にリクとセナのコンビもいた。
リクが腹ばいになりライフルを構えている。左目を閉じスコープから標的を狙っている。アゴから汗の滴が落ちる。集中したのち引金を引きパーンと乾いた銃声が響く。ダメか、という表情。
隣で同じく構えているセナが引金を引く。パーン。リクに目をやりセナがニヤッとした。
「セナはなかなかやるな」
上官の館林が声をかけてきた。セナが起き上がろうとしたが、上官が制止した。
「ありがとうございます」
腹ばいのままセナが答えた。
「お前入隊してどれくらいになる?」
「一年程になります」
「ほう、こりゃすごい。もう一年もすればトップになれるぞ。この調子で頑張れ!」
「ありがとうございます。国民の為に邁進して参ります」
セナの言葉を聞きながら上官がリクの横へ来た。
「リクも一年くらいだったか?」
「はい。セナと同期であります」
「そうか。百年もすればトップになれるぞ。頑張れ!」
嫌味をさらりと言って上官は去って行った。その背中に向かい。
「ありがとうございます」
そう言うとリクは大きなため息をついた。
「俺の勝ち」
セナがにっこりして言う。
「射撃だけな! 射撃だけ」
リクが悔し紛れに言い返す。
「そうだな。体力も運動神経もリクの方が上だからな!」
言葉とは裏腹に射撃で勝ったことの喜びが顔に出てしまっているセナ。
射撃訓練の後は隣のアスレチック訓練所に移動。アスレチックといってもたいそうな器具がある訳ではなく、だだっ広い土地に木やセメントで作った壁や柱が雑に置いてあるだけの場所である。しかし、近くに森、川、池、沼などがあるため、そこを利用してより実戦に近い環境での訓練ができる有能な施設でもあるのだ。
早速始まった。鬼教官の丸山。略して鬼丸が相手だ。ここからが地獄である。最初の訓練は、地面から三十センチくらいのところに張り巡らされた有刺鉄線の下を次々とほふく前進していくというもの。少しでも体が浮くと皮膚が引き裂かれてしまう。砂まみれになりながら隊員たちが次々進んでいく中、大きな体のダイキが有刺鉄線の餌食になってしまった。
「あーー!」
ダイキの悲鳴が響く。なんとか出てきたが、腕は血まみれで額もぱっくり割れて鼓動のリズムでドクドク血液が流れている。
「気がたるんどる」
と、鬼丸になじられ、そのまま離脱し医務室へ向かった。そんな拷問を見た直後だが、リクとセナの二人も意を決して砂埃地獄へ入って行く。なんとかクリア。
次は三メートルはあろう壁越え。助走をつけ、その勢いで登るリク。それに続くセナ。
「遅い遅い。はい後ろから殺された」
鬼の嫌味。ジュンヤとカズマが何度やっても壁を超えられず脱落。しかし、脱落してもそれで終わりではなく、また次の地獄には参加させられる。それも地獄。
次は沼の中をライフルを濡らさぬよう上に掲げながら進む。水の底はドロドロで足を取られる。この競技はコツはなく、根性で進むだけ。サダキ、ヒデヤは足を取られ抜け出せなくなり溺れているところを助け出され、脱落
次はゴツゴツした岩が散乱した急な坂を駆け上がる。これもコツはない。体力と根性だけ。健闘していたショウが体力の限界をむかえ、倒れて過呼吸になってしまった。脱落。次は、次は……休む事なく続く。
「座るな、倒れるな。敵に殺されるぞ!」
鬼のしごき。全員ヘトヘトだ。そんな中、二歳上の先輩であるアキラとコータは軽々ではないものの、さすが先輩、他とは違う身のこなし方をしていた。
そして迎えた最後の地獄は、名物、百段階段十往復半。これもコツはない。考えてみればこの訓練、体力と根性だけあればほぼクリアできる事になる。今のところ全クリアは小隊五十名の隊員の中でアキラ、コータ、リク、セナの四名だけである。口を開く余裕のある者はいない。
「よし、最後だ頑張れ」
鬼の励まし。皆黙々と階段を登り始めた。セナも行き、リクも続いた。百段階段と言うが、実際は百三十段あるらしい。小さな山の頂上に向けて作られたこの階段。山頂からの景色がよく、頂上をゴールにする為に十往復半の半があるらしい。余計なことをしてくれたもんだ。ほんの百段ちょっとの高さで何が変わるものか。リクはそんな事を考えながら登っていた。
だんだんペースも落ちてくる。膝に乳酸が溜まりまくって次の一歩がなかなか出ない。
リクの少し先を行くセナも苦戦していた。平常時なら百段なんてすぐだけど、ヘトヘトの状態からの百段でしょ? それが十往復ともなると千段。プラス下り千段。死んでしまうわ! ん? 実は百三十段あるんだから千三百段じゃん! ん? それに最後の半があるじゃん。死んで死んでしまうわ! 頭の中で独り言を言いながら歩を進める。
途中でへたり込む者もいる中、セナはようやく十往復が終わり、残り半になった。ゴール目前、あと少し、あと少し、と踏ん張る。一瞬気が抜けたのか、不意にセナが段差に足が上がりきらずつまずき倒れてしまった。足首を捻ったらしく、体力も限界で起き上がれないでいる。そのセナの襟ぐりを掴み上げリクが立ち上がらせる。
「戦場なら死んでるな」
そう言うとセナの腕を首に回し持ち上げるように登って行く。ふらふらしながらもなんとかゴールに辿り着いた。クリア。ゴールした隊員たちが立っていられず転がっている。毎日のようにこのような訓練が繰り返されているのだ。
二人も適当なところに倒れ込む。寝転がり、肩で息をしながら
「俺の勝ち」
リクが言う。苦しすぎて何も返せないセナ。
ハーハーと呼吸する音とセミの声だけ聞こえる山頂。誰一人景色を楽しむ余裕などない。
その時、施設全体に響く音でウォーーンとサイレンが鳴り出した。訓練中断の合図である。
「全員撤収!」
鬼丸の声が聞こえた。
突然の事に驚きながら、各々作業をする隊員たち。それにつられ、疲れ果てた体でリクも撤収作業をはじめる。
「やるじゃん」
とアキラがリクに話しかけてきた。
「いやー。まだまだです」
少し謙遜にしてみたリク。
「当たり前だ!」
そう言いリクの頭を軽く叩く。
入隊したての頃は怖い印象だったアキラ先輩だったが、毎日の訓練で、食らいついてくる後輩を少し認めてくれたのか、最近ちょっとずつ声を掛けてくれるようになってきた。リクはそれがとても嬉しいのである。
撤収作業を終え、急いで演習場に戻ると既にほとんどが整列していた。慌ててリクたちの小隊もそこに加わった。
大隊長が皆をひと通り見回す。揃った事を確認し、眉間にシワを寄せて言った。
「諸君、訓練ご苦労であった。君たちに報告がある。先程防衛省から連絡があり、森本防衛大臣が何者かに刺殺されたそうだ」
皆、目を見開いた。
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