第16話

 寝室のベッドの上で目を覚ます。外はまだ暗い。

 俺は、寝ぼけまなこを擦りながら上体を起こした。


 そうだ、これが俺の過去だった。埋もれていた記憶。自分の始まり。

 だがまだ完全ではない。どうやって俺がこの世界に来たのか分からないし、始まりより大事なことをまだ忘れている気がする。

 俺は、何の為に靴職人になったんだ? 最高の一足を作る為? どうしてそれを追い求める?


 答えがすぐそこまで出かけている。なのに、まだ足りない。

 本当にあと少しなんだ。あと少しで、俺が俺である意味が分かる。この益体もない人生の、目的が掴める。


 突然、ドンと大きな音と揺れがした。ぼやけた視界が覚醒し、心臓も強く動き始める。

 嵐が窓を叩いたのかと思ったが、どうやら違うらしい。ドンドンと規則的に叩かれているのは、店の扉の方だ。おかしい。こんな時間から客が来るものか。

 隣でいつも寝ているはずのユーティカの姿もない。どういうことだろう。冷たい汗が背中を伝う。


 「おい、開けろ! 我々は王都よりやってきた兵士だ! 命令に従わなければ、王への反逆と見做す!」


 「……何の用だ。いくら政府だからって、こんな無茶がまかり通るものか」


 居間に出て、扉越しに声をぶつけ合う。窓から見るに、兵士が数人いるようだ。その誰もが銃を持っている。感謝祭の時に見た兵士と同じ格好だった。


 「我々は王命を受諾せし“夢守”である! 不吉な伝承に関わる呪い師や白毛の獣人を駆除して回っている! この街に呪い師と白毛の獣人が潜んでいると分かった為、こうして全ての家を訪ねて回っているのだ! 繰り返す、この扉を開けよ! 王の安眠を保つ我らには、その権限がある!」


 俺は扉の鍵を開けた。ここには、俺一人しかいない。


 すると兵士が勢いよく入り込んできて、有無を言わさず家の中をくまなく歩きまわり始めた。その足取りは乱暴であり、俺がさっきまで寝ていたことなどおかまいなしだ。


 「おい、そっちには入るな」


 兵士の一人が工房に入ろうとするので止めたが、無視された。靴だらけの中の在り様に少したじろいでいたが、誰もいないことを確認するとすぐに移動した。

 そしてこの家の中には俺しかおらず、誰も隠れていないと理解するや否や、彼らは何も言わず去って行った。嵐のような襲撃だったが、今はため息をついている場合でもない。


 俺は急いで外に出る用意をした。俺に黙って出かけるなんて、彼女のやることじゃない。一刻も早く彼女を見つけよう。

 この街は、既に危険だ。


 俺が自分の靴に足を入れると、中で何かを踏んだ。折りたたまれた紙片だった。


 「ありがとう」


 急いで書かれた文字で、それだけ書いてあった。

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