4 人気者の靴
第5話
夜、太陽はとうに落ち赤い月が昇る頃。
領主の屋敷より帰ってから、俺はずっと居間で靴のデザインを考えていた。
領主が王都のパーティーに履いて行く靴だ。注文は目立つこと。実用性などは二の次であり、であるからこそ俺には難問だった。
俺は靴屋だが、変わった靴を作ったような経験はない。また、俺が普段客にしているのは街の市民だ。特徴のあるデザインで売っているのではなく、シンプルなデザインの洗練性の中に、日常に使える実用性を重視している。
テーブルに広げた大きな紙にデザインを浮かべては、これではないと丸めて床に捨てて行く。こんなものでは満足されない。これでは素晴らしい靴とはならない。
身に着けるものは、その人物の特徴を表す。性格、内面、金銭面、志向──。ならば俺が作る靴も、領主のことを表現したものでなければ。
彼の領地であるこの港町、これを利用しない手はないだろう。参加するパーティーは王都の各地から領主が集まるのだ。自らの領地を誇張することで、彼は存在感を放つことが出来る。
苦悩の連続であるが、むしろこれは良い機会だ。普段とは真逆の性質の靴を作ることで、より視野が広がる。新たな経験を積み、俺はまた少し最高の一足に近づく。
気合を入れるために、ユーティカが淹れてくれたお茶を一気に飲み干した。
最高の一足。俺が追い求め続けてやまないもの。
俺が全ての技術、全ての経験、全ての努力を以てして完成させる、一分の瑕疵もない完璧な靴のことだ。
親っさんに話したら、「そんなものはねぇよ」と鼻で笑われた。だがそれでも。それでも俺は、最高の一足を作りたい。そのためならば、何を犠牲にしてもいい。
作らなければ。作らなければ。靴を作らねば生きている意味などない。
作らなければ。作らなければ。最高の一足に見えてこそ俺は生きられる。
作らなければ。作らなければ。自分のしみったれた人生に価値を与えろ。
考えながらもひたすらに手を動かす。ペンを走らせながら思考し、模索する。回数をこなすのが俺のやり方だ。良いものというのは、無数の失敗作という屍の上に立っているものだ。
ああ、これも駄目だ。これもナシ。没、没、没────
正直言ってしまえば、デザインは不得意だ。靴の設計を決める重要な工程でありながら、俺にはあまりこの分野の才能はない。俺の本領はやはり、実際に靴を組み立てることなのだ。
だが、やるしかない。時折ユーティカのアドバイスを受けながら俺は思案し続ける。自分自身の意味の証明のために。
靴だけ作れる男からそれを取れば、後には何も残らない。
ふと、背中に柔らかいものを感じる。白い肌の二の腕が俺の胸の前で交差した。
「アユムー。もうこんな時間だよ? そろそろ寝なきゃ駄目だよー」
獣人の同居人は、背後から俺に密着する。独特の、猫のようなにおいが俺を包む。
俺は彼女に心配をかけるほど集中していたのか。まったく、俺はいつもこうだ。集中し過ぎてすぐに周りが見えなくなる。
「ああ、ありがとう。靴のデザイン出しはまた明日頑張るか」
俺は椅子から立ち上がり、ユーティカを抱き寄せながら寝室に移動する。
寝室は簡素な部屋で、大きめのベッドが一つと小さな照明、日差しを取り込む窓しかない。俺は彼女と一緒にベッドに潜り、毛布をかけた。
この街は年がら年中少し寒いのだが、寝るときにはいつも彼女が隣にいるため、毛布は薄いもので十分だった。
体温の高い獣人が、俺の右腕に掴まって離さない。正直、暑いから離れてくれと思うこともあるが、その願いが通じたことはない。
以前は密着を避けようとこの部屋にベッドを二つ用意していた。しかしそれでも、俺が朝起きるとユーティカが俺の隣で寝ているのだ。諦めた結果がこの大きなベッドとなる。
空気が小さい隙間から漏れる、すぴすぴという音が聞こえる。人であり獣であるためか、彼女は夜になるとすぐ寝てしまう。
こんな真夜中まで起きていたのも、俺に付き合ってくれていたからだ。俺の為にお茶を淹れたり、俺が捨てた紙を拾っては片付けてくれていた。
寝息を立てる彼女の頭を撫でてやる。気持ちよさそうな寝顔は、見ているこちらもうとうとしてくる。
もう寝よう。ユーティカを抱きしめながら俺も、瞼を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます