第4話
初めて直接顔を合わせた領主、フレイド・フレドランはカールした髭を生やした、柔和な表情の中年だった。
恰幅が良く、腹が突き出ているあたりに庶民と食生活に違いを感じる。また、金の刺繍が入った服はもちろん、腕に嵌められた金の腕輪、両手にこれでもかと付けられた宝石入りの指輪からは派手好きということが嫌と言うほど窺える。
「さて、お初にお目にかかる。私がフレイド・フレドランだ。君が……今流行りの靴屋の主人、キッカワ・アユムか。そちらの女性は────」
領主はユーティカの獣耳に気付き、途中で言葉を止めた。白毛の獣人。不意にその禁忌とされるものを見たのだ、驚くのも無理はない。
「私は、ユーティカです。アユムの……ええと、付き人として来ました。アユムは外の国から来たので王国語が拙く、私が代わりに会話を任されています」
「ああ、すまない。少し言葉に詰まってしまった。私は白毛の獣人を差別したりはしないよ。時代は今や科学であり、迷信など全て時代遅れの考え方だ」
フレイド・フレドランはちらりと壁に掛けてある人物画を見やった。
そこには、大仰な髭を生やした老人が描かれている。老人が頂いている王冠は、彼が王国の王でることを表している。
「……げふん! 少し言い過ぎたかな、気にしないでくれたまえ。とにかく仕事の話だ。私は派手で奇妙な靴が欲しい。金はもちろん、相応に払うとも」
「具体的なご希望などはありますか? デザインや色など……」
「全て一任するよ。だが、そうだな。私は光るものが好きだから、光り輝く靴というのも面白いかもしれない」
少し考え込む。
やはり、面倒な依頼だ。光る靴などどうやって表現したものか。宝石でも嵌め込む? 金でも使うか? どちらにせよ掛かる費用が莫大だしそれらを用いた靴作りの技術はない。
俺が普段作っているのは革靴だが、革を磨いて光らせる、といった程度では満足してもらえないだろう。
「分かりました。ではフレドラン様の足を採寸いたしますので、靴をお脱ぎください」
一先ずは彼の足のサイズを測ろう。足の寸法を計り、そっくりの木型を作る。それをモデルにすることで、足にぴったりの靴を設計することが出来るのだ。
俺は持参した仕事用のバッグから、巻き尺を取り出し、ユーティカに目くばせする。
「ではアロゲンさん、私と一緒に採寸が終わるまで退室して頂けますか? アユムは周りに人がいると仕事に集中できないので」
「そうですか。では、隣の部屋で待つといたしましょう。よろしくお願いします、アユム様」
二人が部屋から出て行き、この場は俺と領主だけになる。
俺は領主の、その体格に見合って大きく角ばった足に巻き尺を這わせる。縦、横、足の甲のくぼみなども測定し手元の紙に書き込んでいく。
時計の音と巻き尺が擦れる音だけが聞こえる空間。
仕事に余計な会話は要らない。集中を妨げるものは出来る限り排除し、ただ一心に靴作りに励む。不器用とも言われるかもしれないが、俺にはこうすることしか出来ない。
のだが────
「君、あの獣人の娘とはどういう関係なのかね? 昔からの付き合い? どこでどうやって出会ったのかな。……まさか、恋人だったりするのか?」
ペラペラと領主が話しかけてくる。ユーティカが、俺はあまり会話が得意じゃないと説明したじゃないか。というか、何故そんなことを聞きたがる。
「……別に、恋人ではありません。ただの付き人、友人です」
「そうか! では、私が後でお茶に誘ってもよいな────おうっ! ま、待て。君、ちょっと締めすぎじゃないか?」
思わず巻き尺を持つ手に力が入り、彼女に色目を使う領主の足を思い切り締め上げてしまった。手が滑った偶然の事故と言うやつだ。
あまり余計な口は利かない方が良いと悟ったのか、領主はそれ以降喋らなくなった。
部屋から出て、アロゲンさんの案内の通りに隣の部屋でアユムを待とう。
美味しい紅茶を飲みながらお菓子も頂き、することも無いのでアロゲンさんと日常の会話でも交わします。
天気がどうとか、貿易が活発だとか、外国への渡航も簡単になったとか、他愛のない話を続けていると、唐突に扉が開きました。
アユムの仕事が終わったのかと思ったけど、出てきたのは私より少し若いぐらいの女の子。彼女は私を見て真っすぐに進むと、躊躇なく隣に座ってきます。
後ろで纏められた金の髪と、ピンク色に金の縁取りの服。上品な雰囲気な彼女の、緑色の瞳が私を捉えて離さない……。
「フレデリカお嬢様、そちらは客人です。どうか粗相はおやめくださいませ。ユーティカ様、申し訳ない」
お嬢様。ということは、あの領主さんの娘さんなの……!?
途端に緊張してしまう。誰かに見つめ続けられるというのも、迫害を受けた昔のことを思い出して嫌になる。
でも、彼女の瞳は単純な好奇心のそれだった。下水に湧いた蟲を見るような視線ではない。だから恐怖は無く、私はむしろ彼女の綺麗な髪の毛に見とれてしまいました。
「ねえ、あなた。本当に白毛の獣人なのね。私、実際に会うのは初めて。少しお話ししましょう?」
「え? あ、は、はいっ!」
お嬢様は子供らしい笑顔を見せてきます。
急に話しかけられ、変な声で返事をしてしまったことに恥ずかしさを感じながら、姿勢を正して彼女に体を向けます。
「私、フレデリカ・フレドラン。お父様がまた変なことを思いついて呼ばれたんでしょ? 我儘な領主の元で暮らすのって大変ね。……ええ、でも、きっといっぱいお金をくれるわ。お父様はお金はちゃんと払うから。安心して頂戴」
領主の実の娘さんでなければ、こんな発言は許されないでしょう。
お金をたくさんくれるのは助かります。アユムが全くと言っていいほど金銭に興味が無いので、私が管理しないと店の経営も成り立たない……。
「それで、あなた。本当に命を狙われたりしたことはあるの? 王都の“夢守”っていう異端狩りの集団はご存じ? 失礼だけど、聞いてもいいかしら」
「お嬢様……それは」
アロゲンさんが口を出そうとするのを、私は手で制止します。
嫌味などではなく、単なる好奇心に基づいた質問なら私は気にしません。
「命を狙われたことなら、何度も。私はこのカロヴァンから北西の山の中で暮らしていましたが……。白い毛の獣人がいたという話が人里に広まると、たくさんの人たちが私を殺しに山に入ってきました。怯えて逃げ続けて、そしてここに……」
「まあ、可哀想! どこかお怪我はしてない? 人間の事は嫌いにならないでくださいね。全部が全部、悪い人たちじゃないんです」
そう言って、フレデリカ様は私の身体をペタペタ触ります。まるで自分の事の様に悲しい表情をしていて、きっと、とても心優しい方なのだということが伝わってきました。
「あの、“夢守”ってなんですか? 私を狙って来たのは、猟師とか農村の人たちだけでした」
「“夢守”というのはですね、国王が組織した異端狩りの専門集団ですわ。あなたみたいな白毛の獣人や、呪術を扱うという呪い師みたいな、よくないとされるものを見つけ出して殺すの」
フレデリカ様は両手を自分の首に当て、絞めるような動作をしました。
王国の各地で異端狩りが行われているのは知っています。捕まった異端たちの末路は、首吊りか火刑。もしくは、捕まえたその場で処刑されるのです。
いえ、捕まってひたすらに痛めつけられるということもありますか。どちらにせよ恐ろしい。
「迷信深い国王様は、あなたたちに国を滅ぼされるのが不安で夜も眠れないみたい。国王の夢を守るから、彼らは夢守と呼ばれる。全くおかしいわよね。こんなのはただの迷信、本気で信じるなんてどうかしてる」
彼女の言葉には怒りが籠っています。この世界の理不尽に憤っているのです。彼女は、私たち異端とは全く関係がない立場にいるのに。
珍しいけれど、素敵な方です。知らない他人を慮ることは、とても難しいことなのですから。
「おい、ユーティカ。もう帰るぞ」
いつの間にか扉が開いていて、アユムに声を掛けられました。どうやら仕事が終わったみたい。
私は「失礼します」と断り、お嬢様の隣から立ち上がります。
「ねえ、ユーティカちゃん。今度はもっと楽しいお話がしたいわ。また会いましょう」
「はい。お嬢様とお話しするのなら、喜んで」
フレデリカ様の笑顔に、私も笑顔でお応えします。
アロゲンさんは行きと同じく私たちを先導し、また同じように馬車へと乗せられました。
かくして、領主さんから頼まれた靴作りが始まったのです。
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