最終話 夜
夜の帳が閉じた頃。
俺達は海の浜辺に座っていた。
特に喋ることもなく。
ずっと、無言で海の音を聞いていた。
しばらくして……。
「ちょっと飯買いに行ってくる。晴馬の分もね」
「おう、ありがとな」
鈴はそう言うと立ち上がって、近くのスーパーに向かっていった。
今俺は頭の中で、何度も反省を繰り返していた。
俺も、鈴が好きだ。
知ってくれている。
分かってくれている。
俺のことを。
そんな人が、こんなにも近くにいたのに。
長年、一緒に過ごした人だというのに。
俺は、幼馴染である鈴を選ばず、彼女を選んだ。
あの彼女は、皮肉にも鈴以上にステータスが高かった。
容姿も、性格も。
ただ、表面的に見ればそうだろう。
だから俺は、惚れた。
彼女を選んだ。
そして、まんまと裏切られた。
でもそれは、自分のしたことが返ってきただけなのだろう。
だって俺は、鈴を裏切った。
―――晴馬は私を選んでくれる。
きっと鈴はそう思ってたに違いない。
その期待に、俺は答えられなかった。
別れた後、鈴に謝ろうとした。
何度かけても、反応はなかった。
……そりゃそうか。
俺は察した。
鈴が学校に来なくなったことを知って、何度も家を訪ねた。
でもそのたびに、鈴の母さんに止められた。
―――鈴は今、精神が参っている。
そう言われた時、とてつもない罪悪感を感じた。
ずっとその気持ちを引きずりながら、数年間を過ごした。
ある時、高校はどこにしようか迷っているとき、鈴の母さんが家に来た。
―――高校はもう決まった?
いや、と俺は言った。
―――○○高校って知ってる?
……確かその高校は、市内で一番偏差値が高いと聞いたことがある。
でも、今の俺にはそれほどの学力があるわけでもなかった。
多分母さんは、俺に高校を進めてくれたんだろうけど、俺は断ろうとした。
―――鈴はそこにするって、だからできればだけど、その……
俺もそこにします。
我ながら即答で答えたのを覚えている。
それから受験まで、俺は勉強した。
友人との遊びも断って、一日の大半を勉強に捧げた。
その努力は、裏切ることもなく。
俺は、合格した。
すべては、鈴に会うため。
謝るために。
そして入学式。
―――晴馬!
鈴の声に、俺は振り向いた。
鈴が倒れそうになった。
危ない。
とっさに俺は、その体を支えた。
きっと、外に出てなかったから、慣れてなかったんだろう。
……ごめん。
…………本当に俺は、クズ野郎だ……。
「はい、晴馬の分」
「お、やっぱり寿司か」
相変わらず寿司が好きだな、鈴は。
俺もだけど。
「……どうだ? 美味いか」
「うーん、あの寿司屋と比べたら……ねぇ」
「まぁ、分からなくもないよ。西谷さんたちの握ってもらった寿司は、愛情も乗っかってるからな」
「……ねぇ、晴馬」
「どうした?」
「……多分もうあんたは勘づいてると思うけど」
「……あぁ」
きっと、あの告白の返事だろう。
覚悟はできてる。
答えも、大体予想がつく。
俺がしたことを考えれば……。
「……ごめん」
「あぁ」
「でも、結婚を前提としたお付き合いなら、いいよ」
「え?」
「晴馬。あの時、どういう目的で私に告ったの?」
「……目的」
「私があんたに告ったのは、結婚を前提としてお付き合いしたかったからだよ。あんたは?」
…………俺は。
「……鈴と一緒に過ごしたいから」
「それはつまり?」
「人生を、鈴と共に過ごしたいから」
「……」
「つまり、お前と同じような理由だよ」
「…………いいよ」
「……まだ早いかもしれないけど、先に言わせてくれ」
「うん」
「…………俺と結婚してくれますか」
「……うん! いいよ」
「ははっ、やっぱ、夏葉 鈴が一番だな!」
「記念として、はい、君の大好きなマグロ。あーんして」
鈴のマグロを俺にくれるらしい。
感謝だ。
「あーん」
パク。
やっぱり、マグロは美味し―――。
「…………!」
突然、圧倒的な辛さが鼻の奥から頭まで伝わってきた。
……してやられたな。
「んああああああ!!」
あまりにも刺激が強すぎて頭をブンブン振り回す。
「はははははっ! 引っかかったなぁ」
「ちきしょう、ワサビ入れ過ぎだ……」
「そんなにマグロが好きだなんて、じゃあもう一つ」
「もうワサビ入れんなよ!」
「ははっ」
まだ辛さは残りながらも、鈴の顔を見ると、とても表情豊かで、笑っていた。
そんな鈴が、今までで一番可愛く見えて、俺はとっさに鈴を抱きしめた。
「うわっ! ちょっと強すぎだよ」
「あーもう、なんでそんなに可愛いんだよ。お前は」
「……痴漢」
「え?」
「でもあんたなら許す!」
鈴も俺を強く抱きしめる。
「あんたこそ、雑草みたいな髪型してるくせに、なんでそんなにかっこいいのかなぁ」
「……髪型いじらないでくれる?」
「ごめんごめん」
「ごめんは一回だ」
「はーい」
そうやってしばらく抱き合った。
俺はなんも合図もなしに、鈴の唇にキスをした。
最初びっくりしていたようだけど、そのうち受け入れてくれた。
俺達はしばらくの間、海の音を聞きながら共に過ごした。
完
あとがき
ここまで読んでくれた皆さん、ありがとう。
まだ未熟なものなので、温かく見守っていただけると幸いです。
ところで。
寿司って、美味しいよね。
あなたはなんのネタがお好きですか?
僕は、マグロです。
俺の幼馴染が可愛すぎる 黄昏 光 @Shousetukaninaru
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