第3話 入学式

「……うぅ」

憂鬱な気分で目が覚める。

今日は高校の入学式。

そして、数年ぶりに外に出る日。

私は中二から卒業まで、不登校だった。

そして今日の朝まで、外を出たことがない。

高校の受験は、内申点を考慮しない形で受けた。

受験当日、親と一緒に高校に行った。

その時は、歩くので精一杯だったから、手をつないで歩いた。

私が通う公立高校は、市内で一番偏差値が高く、難易度が高い。

でも、家で必死に勉強したから、何とか合格した。




どうして引きこもりになったのか。

今考えてみる。

中二のゴールデンウィーク直前の日。

―――ごめん鈴、俺はこいつと付き合う。だから、諦めてくれ。

放課後に、学校の屋上で言われた言葉を思い出す。

……あぁ、そうだ。

幼馴染の浅野 晴馬に告白して、振られた。

……そして、学校に行く意味を失った。

失恋した。

だから、家に引きこもるようになったんだ。

付き合っていた彼女というのは、中学でできた私の親友だった。

親友は、私が晴馬が好きなことを教えたら、応援してくれた。

―――鈴ならきっと成功するよ。

―――幼馴染なんだから、きっと晴馬も鈴のこと……

微かに私は思っていたかもしれない。

晴馬も同じ思いを抱いているんじゃないかって。

……両想い、なんじゃないかって。

でも実際違った。

ただの私の片思いに過ぎなかったんだ。

十年以上、幼馴染として関わってきた。

私のほうが、あいつよりも晴馬のことを知っているのに。

……分かってるのに!

晴馬は、親友のほうを選んだ。

屋上であの言葉を言われた後、私はしばらく茫然と立っていた。

応援してくれた親友に裏切られたこと。

長年晴馬と共に過ごしてきた私より、たった数か月しか晴馬と関わってない親友に負けたこと。

……応援してくれたはずの恋を、親友に台無しにされた。

時々見る、晴馬と親友が楽しそうにしているところ。

親友の笑顔が、まるで私を見下しているかのように見えてくる。

いや、絶対そうだ。

親友……いや、あんなやつ、親友でも何でもない。

裏切り者だ。

そして晴馬。

あんな裏切り者を、どうして好きになったの?

誰よりも晴馬のことを知っている、分かってやれる私よりも、大して関係が浅いあいつのほうがいいんだ。

ふーん。

「……もう、いいや」

私は家に帰った後、晴馬の連絡先をブロックした。

そしてもう二度と、彼の姿を見ないように、家に引きこもった。

できる限り頭の中で思い出さないように、常にどうでもいいことを考えて過ごすようにした。

でも、いつも私の部屋に飾ってある額縁に、どうしても目が行ってしまう。

それは、小学生に上がった記念に撮った写真。

私と晴馬が真ん中にいて、その背後に、両親がいる。

「……ふっ、晴馬の顔、うけるなぁ」

私の肩を抱き合って変顔をする晴馬。

それを見たら、どうしても晴馬との日々を思い出してしまう。

額縁も捨てようかと思った。

でも、できなかった。

そういえば私のスマホの写真にも、晴馬が写ってる写真がいっぱいあった。

消そうと思った。

やっぱり、できなかった。

「……あぁ」

情けなかった。

晴馬がいないだけで、こんなに寂しい気持ちになって、泣きじゃくって。

会おうと思えば、すぐにでも会える距離にいるのに。

外に出ようとすると、何故か体が拒否反応を起こして動かなくなる。

そして結局諦める。

……でもそれも、今日でおしまい。

まず外に慣れて、そしたら晴馬に会いに行く。

たとえあいつと一緒にいたとしても。

……晴馬を、裏切り者から連れ戻す。




鏡には、高校の制服を着た私が写っている。

「……これから通う学校の制服、なんかダサい」

「そんなこと言わないの。分からなくはないけど」

「……ねぇ母さん」

「なぁに?」

「……マスクしていこうかな」

「んー、まぁ最初は、仕方ないわね。していきなさい。慣れたら外せばいいよ」

「うん。そうする。あともう一ついい?」

「ん?」

「……学校まで、私一人で行かせて」

「え?」

「お願い」

「……駄目だわ。今のあんたじゃ歩くので精一杯なのに」

「そんなことない。最近私が家で筋トレしてるとこ、いつも見てるでしょ。だから大丈夫」

身支度をし、玄関に向かう。

ほんの少しだけ、身震いがしたけど、もうひるまない。

「……鈴、大丈夫? 」

「大丈夫。もう外は、ベランダで克服してるはずだから。私一人で行く」

私はドアを開け、外に出る。

「後で見に行くからね」

「うん」

「……気をつけてね。」

「行ってきます」




「……暑い」

四月としては平年以上の暑さが、私を襲う。

「これも地球温暖化の影響か」

くだらないことを吐いて、気を保つ。

家から高校まで、自転車で十分ほどで着く。

でも、今自転車に乗ったら、バランスを崩して大けがをするかもしれない。

だから今回は早めに出て、歩いていくことにした。

しばらくして、かなり汗が出てきた。

マスクがびしょ濡れになってきた。

何だか気持ち悪い。

でも、もう学校は目の前だ。

やっと、着いた。

と思ったその時。

「うっ」

突然のめまいに校門の前で俯いた。

まずい。

早歩きしたせいだろうか。

それに、昨日は一睡もとれてなかった。

……妙に吐き気がしてきた。

家で運動もしっかりしたのに、外出恐怖症がまだ治ってないんだ。

……そんな恐怖症あるのか知らないけど。

案内人の人が心配して声をかけてくれたけど、私は大丈夫一点張りで、学校に入る。

受付に入る。

「えっとー、今日は一人で?」

「後ほど親が来ます」

「一緒には行かなかったのですか?」

「親は今忙しいので」

「……分かりました。―――」

軽く済ませた後、体育館に案内される。

着いた後、指定された席に座る。

「……疲れた」

ただ数十分歩いただけなのにこんなに疲れるものなのだろうか。

すでに何人か座っている人がいる。

あたりを見渡す。

その時、あの人の背中を見て、ぞわっとした。

「……晴馬?」

雑草のような髪型をしていて、スタイルがよくて、整ってる顔をしている。

浅野だから、一番前の席に座っていた。

……これはチャンスだ。

やっと、会えた。

まだ開会式まで時間がある。

私は席を立ち、すぐさま晴馬のほうに駆け寄った。

「……晴馬!」

私の声に気づいて振り向く。

「……鈴?」

良かった。

さすがに覚えているようだ。

―――あれ、足の力が、急に抜けて……

「鈴!」

倒れそうになる私を、晴馬が支えてくれた。

「……ごめん。久しぶりに外に出たから、まだ慣れてな―――」

言い切る前に、思いっきり抱きしめられた。

「……え?」

「本当に……。俺は、クズ野郎だ……」

「……はる、ま?」

「……まだ時間はあるから、少し場所を変えよう」

「……うん」

そのまま私たちは人のいない教室に入った。

晴馬はこれまでのことを話してくれた。

晴馬は、あの彼女の表面的な性格に惚れたこと。

しばらくして、付き合っていた彼女が浮気をしていたことを知り、自分から別れたこと。

別れた後、私に謝ろうと連絡を取ろうとしてくれたこと。

そして……。

「……俺があの時言った言葉は、もう忘れてくれ。鈴」

「私を裏切った上に晴馬まで……。ほんとにあいつは最低女だね」

「あぁ」

「第一印象で決めるのは、あんまよくないってことを、身をもって学んだね」

「……あぁ。なぁ鈴」

「なに?」

「……本当は、ずっとお前のことが好きだったんだ」

「……」

「本当にクズ野郎なのは重々承知している。鈴を選ばなかったこと、後悔している」

「ふーん。さっきあの時言った言葉は忘れてくれって言ってたけどさ、結構傷ついたんだよ、私」

「……本当に、ごめん。そのせいでお前を引きこもりにさせてしまった」

「私よりあいつのほうがいいんだって、ずっと思ってた。だからあの時、あんたには失望した」

「……うん」

「……晴馬は、どうしたいの?」

「俺は、お前と共に人生を過ごしたい」

「……」

「鈴を辛い思いにさせたこと、償いたいんだ」

「うん」

「だから、これからは鈴を幸せにする」

「……うん」

「……こんな俺でも、付き合ってくれますか」




しばらく沈黙が続いた。

気が付いたら、もうすでに開会式の時間を過ぎていた。

「晴馬」

「どうした?」

「……足、立てなくなっちゃった」

「え?」

「なんか疲れちゃった」

「……俺に何してほしい?」

「お姫様抱っこして」

「えぇ」

「早くしないと、みんなが待ってるよー」

「……分かったよ」

晴馬は私を抱っこしたまま、体育館へと向かった。

お姫様抱っこしている晴馬を見て、それを見た新入生たちは「王子様だ!」と騒いでいた。

親御さんの人たちはくすくすと笑っている。

その中には母さんもいて、最初はびっくりしていたようだけど、徐々に笑いをこらえるようになるのが見える。

目立つのが好きじゃない晴馬は、とても恥ずかしそうにしていた。

「顔、真っ赤だ」

「うっせぇ」

「ははっ」

そんな表情が、とてもかわいらしくて、しばらく笑いを抑えきれなかった。




入学式が終わった後、晴馬を呼び出した。

「どうした?鈴」

「あのさ、告白の答えなんだけど」

「……おう」

しばらく間を置いた後、私はこう言った。

「……先延ばしにさせてもらってもいいかな」

「……え、でも鈴、俺のこと好きだからあの時告ったんじゃ―――」

「今はちょっと……かな。だからまだ答えられない」

「なんじゃそりゃ」

「それに、私しばらく忙しくなるからさ」

「なにかあるのか?」

「高校三年間の勉強をすべて終わらす」

「……早すぎじゃないか?」

「もうすでに一年生で習うやつは勉強済み」

「まぁ。頑張れよ」

「勉強が一通り終わったら、連絡する」

「おう」

「……答えれそうになったら、言うから」

「いつでも待ってるよ」

「うん」

奥で母さんが私を呼んでる。

「またね」

「あ、ちょっとまって」

「ん?」

「俺の連絡先、まだ残ってる?」

「あ、ごめん。ブロックしてた」

「あぁ……ほんとにごめん」

「解除しといたから、もう大丈夫」

「ありがとな」

「んじゃ今度こそ、またね」

「おう、またな」

そして、ゴールデンウィークのある夜に、私はあの答えを言う。

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