2-6
翌日は、春にしては薄ら寒い日だった。
「鎧で身を固めるには良い日だね」
教王猊下が乗る立派な箱馬車の後ろを守りながら、昨日の怪我の為に丘の町に残ることになった聖堂騎士から借りた籠手を腕に合わせようと苦心しているラッセの耳に入ってきたのは、ネイの声だとすぐには判別できない声。そのくぐもった声に顔を上げると、ラッセと同じように、ネイも、借りた鎧を身に合わせようと、乗っている馬の手綱を手放して腕と肩で胸甲を整えていた。
「やっぱり、着慣れない鎧は……」
語尾をぼかしながらバケツ型の兜を調節し、そしておもむろに手綱を握り直すネイに、兜の下でほっと息を吐く。この国を政で支配する皇王と、人々の精神の拠り所となっている唯一神を奉じる教王、その二人に『銀鉄の国』という故国を滅ぼされたネイが、その原因である者の一人の護衛を行っている。そのことが、ラッセにはどうしても腑に落ちなかった。
ネイが納得しているのなら、それで良いのだろう、と思う。そう考え、気持ちを護衛の方へと戻す。馬車の前を走る騎士一人と、馬車の横を守る騎士二人、そして後ろを守るネイとラッセ。御者を入れても、護衛の人数は六人。昨日ネイと共に教王猊下を助けた時には、御者を入れて八名の騎士がいたが、それでも多人数のならず者に苦戦していた。今日の人数は、昨日よりも少ない。昨日と同じ規模のならず者に襲われて、戦えるか? 心配を覚え、ラッセは前を進む聖堂騎士の赤いマントを見つめた。いや、……何とかしないといけないのだろう。たった一日、教王猊下が起居する都に到着するまでとはいえ、雇われたのだから、きちんと任務を果たす必要がある。ラッセの右側にいるネイと、ネイの前を走るヴァイスを見、ラッセは右前方の馬車の方へと視線を戻した。護衛を承諾するにあたり、ラッセには多いと思われた金額が、年嵩の聖堂騎士から提示された。ネイはおそらく、そのお金の為に、敵である教王の護衛を引き受けたのだろう。もう一度ネイの方に顔を向け、ラッセは気が晴れたように頷いた。子供をさらうならず者から子供を取り返し、親許へ帰すためには、やはり、馬車が必要。驢馬を失ってから、ザインとイーアとマリを連れて丘の町に辿り着くまでの背中の荷物の重さを思い出し、ラッセは肩を回した。その理由ならば、分かる。ラッセ達が戻ってくるまで丘の町で預かってもらうことになったマリの、兄を捜すという約束を反故にするのではと怒る膨れっ面を思い出し、ラッセは肩を竦め、そしてずれてしまった鎧を直した。
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