2-5

「やはり、礼拝に出ていなかったか」


 頬を叩く声と共に、赤いマントが、脆い梯子を素早く登ってくる。青年騎士、ヴァイスだ。ラッセがそう認識する前に、ヴァイスは顔を上げたネイの襟をその大きな手で強く掴んだ。


「言え。ここで何をしていた? 『魔女の国』の呪いを、猊下に掛けようとしていたのかっ?」


 ネイを詰るヴァイスの強い声と、掴まれた襟元が苦しいのかヴァイスの腕を掴もうとした手をぐったりと落としてしまったネイに、心を決めるより早く二人の間に割って入る。だが、ネイを助けようとしたラッセの腕は、ヴァイスの、何者をも拒否する熱い腕に撥ね除けられた。


「うわっ!」


 梯子が見える、下へと続く隙間に落ちそうになり、咄嗟に身を捻る。足がまだ石床の上にあることに、ラッセはほっと息を吐いた。その時。


「止めなさい、ヴァイス」


 優しい、それでいて峻厳とした声が、梯子の下から響いてくる。その声にはっとし、ネイから手を離したヴァイスに、ラッセは胸を撫で下ろし、そして一飛びで、石床に尻餅をついて咳をするネイの横へと急いだ。


「降りてきなさい、ラッセも、ネイも」


 梯子を下りるヴァイスの背を見透かすように、梯子を掛けている床の隙間を見やる。松明で明るくなった空間にあったのは、複数の赤いマントと、礼拝時の礼服である緋色をした袖無しの貫頭衣を身に着けた、小柄な影。


 全身の細かい震えを覚えながら、できるだけ急いで梯子を下りる。冷たい床に跪いたラッセの横にネイも青白い顔で跪いたことにだけ、ラッセはほっと息を吐いた。


「礼拝時に姿が見えぬと思っていたが、町を守っていたのか」


 そのラッセの頭上から、優しい声が降ってくる。おずおずと顔を上げると、優しく光る濃い色の瞳が、ラッセの目の前にあった。


「無防備となる時に警戒を怠らないのは、良い騎士の証」


 教王猊下の祝福を、頭を垂れて受ける。だが。


「……私、は」


 やはりというべきか。ラッセの横で黙っていたネイは、教王猊下の祝福の動作に首を横に振った。


「私は、……祝福を受けるに値しません、猊下」


「そんなことはない。神は慈悲深きお方。どんな深い罪を犯そうとも許してくださる」


 自分と聖堂騎士達を助け、理不尽なならず者達を追い払ってくれた。その感謝の代わりだと、優しい声で猊下がネイを諭す。それでも、首を横に降り続けるネイに、教王ゼーリヒは小さく頷き、そして傍らに控えていたヴァイスの方を振り向いた。


「ネイ、ラッセ、頼みがある」


 教王猊下の横に立ったヴァイスの、苛立つ声と揺れる金色の髪に目を細める。


「明日、猊下の護衛を頼みたい」


 猊下が起居する都に辿り着くまでで良い。傲岸にも聞こえるヴァイスの依頼に、俯いたままのネイが僅かに頷く。ネイが良いなら、ラッセも、……構わない。再び胸を撫で下ろし、ラッセもヴァイスに承諾を返した。

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