1-6
話すことを話してすっきりしたのか、ザインも、ラッセの横で丸くなる。そのザインの、乱れた栗色の髪を撫で、ラッセは小さく息を吐いた。
はしゃぎ続けるギードの声だけが、耳に響く。少し冷め、しかしまだ熱を持っている左腕をもう一度持ち上げて見、ラッセは今度は大きく口の端を上げた。ネイという名の少年のことは、まだ、少しだけ、信用できないように、思う。でも、この場所は、……あの冷え冷えとした、冷たい場所よりは、ずっと良い。『宮殿』と呼ばれていた、何もかもがただただ冷たかった場所のことを、ラッセは首を強く振って追い払った。
先の秋が終わるまで、ラッセは、大陸北側に位置する寂しい林の中にあった砦のような屋敷の中で、父アイゼと二人で――父の世話をする老家令と食事を作ってくれた老婆も屋敷にはいたが――暮らしていた。無口で、それでもラッセには優しかった父は、読み書きと武術と自然の中での生活についてラッセに叩き込んでくれた。だが、秋のある日、身体の不調を訴えた父は次の日の朝には冷たくなっていた。突然の父の死に当惑するラッセの前に現れたのは、黄金の獅子が刺繍された冷たい青色のマントを羽織った、物々しい騎士達。そして、その騎士達に連れて行かれたのが、大陸を支配する皇国の王ヴェーレン陛下が起居する、皇都の宮殿。その場所で、ラッセは、父アイゼが皇王の第二皇子であり、ラッセ自身は皇王の孫であるということを初めて知った。
連れて行かれた、あの場所は、ラッセにとっては過酷なほどに冷たい場所だった。イーアとザインを起こさないようにもぞもぞと身体の向きを変え、息を吐く。伯父である皇太子エルンストの息子、従兄のホルストとその取り巻き達は、ラッセを「物知らず」だとか「愚鈍」だと言って物理的にあるいは精神的に苛め抜いた。宮殿の他の人々は、父が教えてくれなかった『歴史』と『神学』を叩き込んでくれた文書館長エーリヒ以外は皆、苛められるラッセを冷たく無視した。雪が降り、溶けるまでの間ずっと、ラッセはあの冷え冷えとした空間で耐えに耐えた。だが。雪が溶けかけた頃、いつものようにラッセに暴言を吐いた従兄ホルストに、拾った石を投げつける。投げた石はホルストの額を傷付け、その報復としてラッセは取り巻き達に気を失うほどに殴られた。気を取り戻し、左二の腕を流れる濃い色の血に、心を決める。この場所にいては、死んでしまう。……逃げよう。その決意のままに、父の形見であった短めの剣と羽を模した留め金だけを持ち、ラッセは皇都から逃げた。そして、計画性の無い逃亡で身も心も弱っていたところを、ネイに、……拾われた。
自分も、この子供達と同じだ。少しだけ温かい心で、眠るザインとイーアの頭を撫でる。馬車の揺れが、ラッセを心地良い眠りへと誘った。
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