1-3

「ふう……」


 お腹が落ち着いたので、一息ついて、火の向こうに座った少年を見やる。少年はラッセが向かいにいないかのように、矢筒だけを自分の方へと引き寄せ、その中に入っている矢を一本一本、火の光で確かめていた。その少年が持つ矢を、じっと見つめる。木の枝を真っ直ぐ細く削って矢羽根をつけただけの、簡素な矢。しかし、端を鋭く尖らせた矢以外にも、黒い鏃と銀色の鏃が付いた矢が一本ずつ、少年の手の中で光るのが見えた。その、黒い方の鏃に、突きつけられた歪んだ刃を思い出してしまう。幻影を追い出すために、ラッセは小さく首を横に振った。そのラッセの目の前で、少年は、丸くなってしまっていた矢の先端を、腰から抜いた短剣で削る動作を繰り返す。少年が手にしている短剣の刃の色は、銀色。鋭く真っ直ぐなその短剣で、鋭く尖らせた矢の柄に小さな線を刻む少年を、ラッセはただただじっと、見つめていた。


 この、少年は、一体? 森で拾ってきたらしい細い枝を削り、無心に矢を作り続ける少年の細い腕を、ただただ見つめる。見た目は、十四になったばかりのラッセと同い年くらい。体格は、ラッセの方が少し大きい。しかしその華奢な身体からは想像できないほどに戦い慣れていることは、細い腕に抑え込まれたラッセ自身で証明済み。腰に剣は無く、その代わりとでもいうように二本の短剣をベルトに挿している。着ている服は、普通の平民が着ている、灰色の上着と黒の脚絆。そして。夜の闇の所為だろうか、少年の肌は、血の気が見えない色をしていた。


 しかしながら。目だけで観察していても、少年の正体は分からない。少年を襲ったラッセを、殺そうとしない理由も。だから、というわけではないのだが、作った矢を納めた矢筒を御者席の後ろへ置きに行く少年の華奢な背に、ラッセは手近の石を一動作で投げつけた。武術修行には厳しかった父が、唯一褒めてくれたラッセの技。しかし少年はその石を一動作で避けると、何事も無かったかのようにラッセの向かい、小さな炎の向こうに戻り座った。あの素早い石を、見もせずに避けた。炎越しにラッセを見つめる少年に、身構える。この少年は、一体? 疑問だけが、ラッセの脳裏をぐるぐると回っていた。


 その時。


「……ネイ」


 幽霊のような影が、不意に、炎の側に立ち尽くす。


「イーア」


 馬車にいた子供達の一人、おどおどとした影を持つ子供を、少年はすぐ側まで立って行って抱き締めた。


「何か怖い夢でも見たの?」


 子供を抱き上げ、再びラッセの向かいに腰掛けた少年の穏やかな声が、少し冷たい春の夜に響く。


「よしよし。……何も、怖いことなんてない」


 小さく頷いた幼い子供の頭を小さく撫でると、少年は懐から銀色の小さな塊を取り出し、少年の手に握らせた。その銀色の塊に、記憶が刺激される。銀色の、羽を模した留め金。あの、留め金、は……。


「その、留め金」


 少年の腕の中でうとうとし始めた子供を馬車に戻し、再び炎の側に腰を下ろした少年に、鋭く尋ねる。


「『魔女の国』の、ものだろう?」

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