23 子爵夫人との最後のお茶②

「……え?」


 夫人は「息子」からの唐突な言葉に戸惑う。

 俺は構わず続ける。


「少し前、父に会ってきたんですよ。そして色々と楽しいことを聞きました。俺の本当の母は父の相棒でもあり、とても素晴らしい看護人だったと。父はとても彼女を愛していたからこそ、亡くなった時に俺を育てるのが苦しかったと。色々なことを話してくださいましたよ」

「お前は一体何を」

「そう、とあるメイドが、貴女から受け取ったものを毎日少しずつ食事に入れていたこととか」

「何を言って」

「父は母が抑うつ状態になったから病気になった、と当初は考えていました。確かにそういう病気もあります。幻覚だの幻聴だの」

「確かに酷かったそうね」

「ええ。父も大変だったそうですね。母は扉の後ろに誰かが見張っている、聞き耳を立てている。だから助けて助けて、と常に父に訴えていたそうです」

「下賤な者が貴族の家に入り込もうとするから、良心の呵責があったのでしょう」

「ええまあ、そういう場合もありますね。ただそれは、おおもとの気質がそういう場合ですよ。元々何かしらに敏感だったり、気が弱かったり。ですが母はそうではなかった、と父は言っていました。母はそもそもが草原の地方の出の看護人です。そんな環境の違う場所で看護を学び、苦労をし、なおかつ苦労の多い職務の中でも常に笑いを忘れないようなひとだったと。だからこそ、父は母を愛したのだと。一生の伴侶にしたかったのだと。亡くした時には半身が引き裂かれる様だったと。今もまだ、誰もその代わりになる者は居ないと、そう俺に言いましたよ」

「あれもまた実は気の弱い者だった、そういうことでしょう」

「いいえ」


 俺はきっぱりと言った。


「母は変わったのです。この屋敷に来てから」

「それはそうだわ、馴染める訳がない。言葉づかい一つ男爵家の夫人とは認めたくないあの女!」

「そうですか。ではどういうところが嫌いだったのですか?」

「常に弟の側で、あんなにもみすぼらしい格好で!」


 口にしながら、あれ? あれ? という様に彼女の表情は変わって行く。


「それは看護人は綺麗な格好ではやっていけませんよね。父にしても往診の際はそんな小綺麗な格好など。いや、訪ねた時も、ごく普通の町の人間と言って構わないくらいの」

「ああ何ってこと! すっかり汚染されてしまったのだわあの女に!」

「汚染とは良く言ったものですね。それで貴女は庭のあの花からとった毒を母に盛ったのでしょう?」


 ぱっ、と血走った目で夫人は俺を睨んだ。

 だがその視線はやはりふらついている。


「いつもいつも、母は扉の後に怯えていたそうですよ。殺される殺される、あのひと達に私は殺される、このままでは殺される、助けて助けて、あそこにもそこにもあのひと達が私を見つめては責めてくる、って」

「……」

「ああ、だんだん眠くなってきましたか。それではおやすみなさい、伯母上」


 睡魔と戦っていた目は閉じた。

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