24 子爵家からの脱出

 それから俺はあらかじめ用意しておいた最低限の荷物を持ち、客に紛れてやってきていたリチャードの馬車にそっと乗り込んだ。


「忘れ物をした、ということにしておいた。後で戻って経過をちゃんと見てやるよ」

「済まないな」

「何の。これからお前の義兄になるんだぜ、このくらい大したことじゃない」

「いや、この件だけじゃないんだ。お前と出会って、レイベン家によく行く様になって、俺は家族ってこんなものなのか、と思ったんだよ。笑い声や温かさとか、全部お前の家が教えてくれた」

「……まあ、な」


 リチャードはやや照れる。


「その、学校の方の手続きも上手く行って良かったな」

「ああ。アダム伯父のおかげで、向こうの医学専門学校への編入ができることになった。向こうは常に医師が足りないから辺境伯が率先してその辺りは学生を増やす努力をしていると言っていた。――で、この間示し合わせたことだが」

「判ってる。俺が先にやってきているけど、その後に親父が怒鳴り込む、と。『うちの娘をどうした!』とね」


 くっくっく、とリチャードは笑った。


 そう、この辺りも既にレイベン家と話がついているのだ。


 北東から戻ってから、すぐに俺はレイベン家に向かった。

 そしてサリーといずれ結婚したい旨を伝えた。

 するとレイベン氏も夫人も剛毅なもので。


「ああいいよ。まあこの子はそもそも社交界嫌いだったから、何処のどいつと結婚できるものかな、と皆で心配していた程だ。君なら我々も気心知れているし、安心だ」

「そうよね。ずっと長い休みにはいつもやってきてくれて。もう半分うちの子かと思っていたくらいよ」


 サリー本人にも無論先に申し込みをしておいた。


「アルゲートさん以外の誰も私の物語をいちいち読んで感想言ってくれないもの。他の面倒くさい男達よりずっと楽だわ」


 そんな言い方だったが、彼女は受け容れてくれた。

 ただその後、もう一つ聞いておきたいことがあった。


「もし俺が、帝都やその周辺から離れて、遠くの不便な土地に医師として行きたいと言ったら、ついてきてくれる?」

「え、そんな遠くに? 面白そうね」


 この調子だった。

 物語書きということは、一つの物事から様々な可能性を想像する力もあるということだ。

 俺のつたない言葉の中から、彼女はおそらくドラマチックな出来事が起こるのではないか、と感じたのだろう。


「遠くに行くということはそこの歴史も実地で感じることができるってことだわ。普通に結婚したり、この家に居るだけじゃ絶対できないと思っていたのだもの」

「不便なこともあるとは思うけど」

「そうしたらそれを文章にするわ」


 物書きのたくましさに俺は苦笑したものだった。

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