たとえばこんな追放もの
南篠豊
終わりと始まり
「おまえをこのパーティーから追放する」
とある宿屋の一室で、勇者マルクはそう言い放った。
「……え?」
呆然と聞き返した少年はケイという。
ケイはマルクと共に魔王討伐を目指して旅をする仲間のひとりだった。ほんの数秒前までは。
「悪いが今、この瞬間からだ。今後俺たちへの同行は許可しない。なぜならおまえはもう仲間じゃないからだ」
「待ってくれよマルク! そんないきなり、どうして……!?」
「今使ってる装備はくれてやる。アイテムも持っていけ。仲間だった者へのせめてもの温情だ。ありがたく思うんだな」
「理由を言ってくれよ! おれ、おれが何か悪かったのなら謝るよ! 直すよ! だから……」
「全部」
は? とケイは固まった
マルクはこれみよがしに大きなため息をつき、やれやれとかぶりを振る。
「しいて言うなら全部だ。おまえがおまえであること、それ自体が追放の理由にあたる」
「な……」
「つーかケイ、おまえ弱すぎなんだよ。剣はミカの半分にも満たないレベルで、魔法はエナに比べたらミソッカス、そのくせスノウのように回復や支援に長けている訳でもない」
戦士ミカ、魔道士エナ、僧侶スノウ。同じ部屋にいる三人の仲間を見渡してから、マルクは再びケイを見つめる。その瞳にはっきりと軽蔑の色を込めて。
「そんなないない尽くしのおまえをかばってパーティーが危険に晒されたことが今まで何百回あった? ……いや、おまえはきっと、かばわれていたことにも気づいていないんだろうな。なぜなら弱いから」
マルクのこれみよがしなため息。
これまで自分なりにパーティーに尽くしてきたつもりのケイは、ショックでなにも言い返せず目に涙を溜めている。
「いつかマシになるかも、なんて淡い期待もほんの少しあったが、魔王との決戦はすぐそこだ。なのにおまえはいつまでも自分が役立たずだと気づかない。だからこうしてわざわざ伝えている。わかったか? わかったらさっさと失せろ。目障りだ」
無慈悲な最後宣告を受けて、ケイは他の仲間達に助けを求めるように視線を投げかけた。
しかし優しかった戦士ミカも、無口ながらくだらないギャグによく笑ってくれた魔道士エナも視線は冷たい。歳が近く淡い思いを抱いていた僧侶スノウは、顔を伏せたままで目も合わせてくれず。
勇者の言葉がパーティーの総意だと理解したケイは、唇を噛み締めながら部屋を飛び出したのだった。
…………
……………………
……………………………………
「………………行ったな?」
しんと静まり返った部屋。ポツリと言ったのは勇者マルクだ。
「行ったわね」
「どうやらあのまま宿屋を飛び出した」
戦士ミカは気配で、魔道士エナは探知魔法によって把握した結果をそれぞれ伝え──
──鞘込めの剣と杖を大きく振りかぶり、勇者の後頭部に容赦なく振り下ろした。
「いってえ!?!?」
突然の衝撃にマルクは椅子から転げ落ち、情けない悲鳴をあげた。
「お、おい、ミカ! エナ! 決戦前に殺す気か!?」
「ふん」
「もいっちょ」
「いや待て追撃はなしだろ!? 痛い痛いマジで痛いお願いやめて!」
「やめない。あなたは今、ここで誰かが殴っておかないと」
「ケイを泣かせた。許すまじ」
「あわ、あわわわ……」
先ほどまでの高圧的な態度は何処へやら、本気で命の危機を覚えて命乞いをするマルクだったが、二人は構わずボコボコにし、僧侶スノウはアワアワとそのしながらその周りをうろうろした。
「うう、くそう、酷い目にあった……まあいいけど」
暴力の嵐が去ると、マルクは椅子に座り直す。
「それじゃあ次だ。おいでスノウ」
「……はい」
打って変わって優しい声音で呼びかけられて、僧侶スノウは返事をする。
一呼吸入れて、勇者マルクは再び言った。
「おまえをこのパーティーから追放する」
「…………はい」
スノウは理由を問わなかった。
なぜなら彼女は、ケイと違ってすでに説明を受けていたからだ。
「悪いが今、この瞬間からだ。今後俺たちへの同行は許可しない。なぜなら……」
「あの」
全部聞いた。全部わかっている。
その上でスノウは問いたださなければならなかった。
「本当に……本当に、これしかないんですか?」
みずからの控えめな胸の中央で僧衣を掴み、切実な声でスノウは問う。
マルクはゆっくりと、穏やな声で答える。
「この五人じゃ魔王には勝てない。どうやっても」
マルクの目には、未来を見透かす力がある。
精霊から授かった聖剣と特別な目、その二つが彼を勇者足らしめる力だった。
「可能性は気が遠くなるほど探ったよ。でも、どうやらダメだ。かなわない。今挑めばみんな死んで、人は滅ぶ」
「じゃあ、今じゃなくて、私たちみんなもっと強くなってから挑めば……!」
「その時間も残されていない。まもなく魔物たちの侵攻が激化する。各地の戦力が持ち堪えられない」
絶望的な状況を語りながら、マルクの声音はあくまでも穏やかだった。その口元は微笑んですらいた。
「それでも希望はある。ケイだ。あいつの潜在能力は俺たちの誰よりも遥かに高い」
「…………」
「あいつはすごいんだ。いつかせこいだけの俺の力なんて追い抜いて、素晴らしい勇者に成長するだろう。──その時間を、俺たち三人が稼いでくる」
スノウを追放したのち、残る三人は魔王との決戦に臨む。
ただし、その目的は魔王を倒すことではない。
聖剣、そして強大な力を持つ三人の魂を基盤とした封印魔法で、魔王を一時的に封じ込めることだ。侵攻はそれで沈静化する。
「安心しろ、うちのパーティー自慢の天才魔道士エナ様の考案した禁呪だぜ? まあおれらはそこで終わっちまうけどな。なんせ魂自体が微塵に砕ける。来世や生まれ変わりすら望めない」
「……五年は保証する。でも十年は持たない。参考までに」
だから、自分達の存在と引き換えに稼いだその時間で、ケイを最高の勇者に導いて欲しい──エナの平坦な声は言外にそう告げていた。
くしゃりと顔を歪ませるスノウ。
マルクは自分の目を瞼の上から撫でつつ、噛み締めるように言う。
「可能性を探る中で、唯一見えた希望の光……それがケイだ。そしてスノウ、その隣にはおまえもいた。おまえもケイに負けないくらいの可能性を秘めている。だからきっと大丈夫だ」
「……はい」
笑いかける勇者の言葉に、スノウは俯くしかなく。
そんなスノウを、ここまで黙っていたミカがそっと寄り添い抱きしめる。
別れの抱擁だ。
「ごめんなさい、辛い役目を押し付けて。……私たちはもういくわ。ケイと一緒に、どうか達者で」
ミカが離れると、続いてエナがそっと抱擁する。
言葉はなく、しかし最大の愛情を込めたそれの後──エナの細い指先がスノウの胸の中央に触れた。
「任せた」
「…………!」
動揺も露わに目を見開くスノウに、エナはただ微笑んで。
「──よし。それじゃ行くかあ」
勇者マルクのあっけらかんとした一言で、三人はあっさりと最期の冒険に出発したのだ。
「しっかし、最期は結局この三人かあ。どう思うよミカ」
「ええ、驚きを通り越して呆れるわマルク。手ひどくフった幼馴染の女ふたりを、今度は道連れにしようとしているあなたの厚顔無恥ぶりに。ねえエナ?」
「わかる。控えめに言ってクズ」
「おまっ……それ言う? 今それ言う??」
「今だから言うのよ、バカ勇者。観念してさっさとどちらも抱いちゃえばよかったのに。おかげでこちらは永劫処女のままよ? なにせ来世もないのだし」
「優柔不断の極み。マジ最低」
「ああもう、うるせえうるせえ! こっちだって永劫童貞だよバーカ! おあいこじゃんもうそれでいいじゃん!」
喧嘩しながらもどこか楽しげに、勇者パーティーは魔王の領域へと足取り軽く進んでいった。
…………
……………………
……………………………………
「…………あーあ。行っちゃったなあ」
マルク達が向かった先とは反対の方向に歩きながら、少女はひとりぼやいた。
「みんな笑ってたよ。これから死にに行くのに」
少女──スノウは一人、虚空に語りかけ続ける。
「なんでだろうね。おかしいの。わたしはちっとも笑えなかったのに」
歩いて、歩いて──やがて道の脇に廃墟があって。
ボロボロに朽ちた扉の奥、その暗がりに迷わず入った。
「無理にでも笑えばよかったのかな。……ねえ。ケイはどう思う?」
暗がりの隅っこに、丸まっている影がある。
それはケイだった。
「…………」
ろくな荷物も持たずに宿を飛び出したらしい彼の胸元には、赤い宝石のあしらわれたペンダントが下げられている。
そして僧衣に隠されているが、スノウの胸元には対になる青い宝石のペンダントがある。
身につけた者同士の声をつなぐ、遠話のアイテムだ。
今の今まで、ペンダントはスノウの言葉をケイに伝え続けていた。その周囲にいた者の声まで、ひとつも余さず。
「エナさんには気付かれちゃったみたい。……充分気をつけてたんだけどなあ。さすがだなあ」
今回の話を聞いた時点で、スノウは遠話のペンダントをケイに渡した。必ず身につけておいてほしい、と言い含めたうえで。
なぜそうしたか? 理由は簡単。
とても腹が立ったからだ。
「ねえケイ。マルクさんがどうしてあなたをあんな風に突き放したか、わかる?」
「……」
「ああでも言わないと、あなたはついてこようとするだろうからって。その力には余るほどの勇気と根性がケイにはあるからって」
それを発揮されたら止め切れる自信がない。だからその根源である仲間への気持ちを切り離したかった、と。
「……わたしにはないって言いたかったのかな。言えばわかるお利口さんの根性なしだって」
理由も理屈も、全部聞いた。幼くも賢いスノウには全部わかった。
だけど今のスノウは、なんだかとても腹立たしくて、何もかもどうでもいいような気分だった。
「──ねえケイ。今ならまだ追いつけるかもしれないよ?」
それは破滅をもたらす言葉だった。
だけどスノウは明るく言う。
「マルクさん達はとても強いけど、さすがに魔王に辿り着くのは簡単じゃないと思うんだ。強力な魔物も魔族もたくさんいるだろうし」
きっと今の自分は、清廉な聖職者にあるまじき悪魔のような微笑みを浮かべている。そう確信しながら。
「きっと苦戦する。ほんのちょっとでも助けが欲しい。そう思うような瞬間が絶対にある。そこにわたしたちが颯爽と駆けつけて、力を合わせて乗り切っちゃうんだ。そんな流れになったらこっちのもの──」
「────それで、みんな仲良く魔王に殺される?」
沈黙を守っていたケイがやっと掠れた声を上げた。
反応が嬉しくて、スノウの声はいっそうはずむ。
「ううん、わかんないよ。マルクさんが言ってたでしょ? あなたには高い潜在能力があるって。わたしにもそう。魔王を前にしたら、突然それが目覚めるようなことがあるかもしれないでしょう?」
そんな都合のいいことはない。でも絶対にないとは言い切れない。
「なるほどな。おれ達、マルクさんのお墨付きだもんな」
「でしょう? だから──」
「世界に五人しかいないなら、その可能性に賭けてもよかったかもしれない」
少女の笑みが凍りつく。
暗がりに丸まっていた影がゆっくりと立ち上がる。
「でも、実際はそうじゃない。だからマルクさんもそんな賭けはできなかった。……おれに言われなくたって、スノウもわかってるんだろ?」
ケイが近づいてきて、暗がりではっきり見えなかった顔が露わになる。
目元が赤らみ、頬に涙の筋がいくつも乾いていて──けれどその表情は、たった数刻前とは別人のような大人びた決意に満ちていた。
「…………あ、ぁあ」
その顔を見た瞬間、スノウはその場に膝から崩れ落ちた。
「ああああああああああああああああああ!! ぅああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
うずくまった顔から地面にとめどなく涙が落ちる。喉を引き千切らんばかりの慟哭がほとばしる。
堰き止めていた感情の濁流の中でスノウはようやく理解した。
何にいちばん腹を立てていたのか。何が殺したいほど憎くて悔しくて許せなかったのか。
――死地に向かう愛しい人たちを見送るしかない、弱い自分自身だ。
…………
……………………
……………………………………
「一緒に強くなろう、スノウ」
果たしてどれくらいそうしていたのか。
廃墟の中、スノウはいつの間にかケイの腕の中に収まっていた。
「おれはマルクさん達の意志を継ぐ。あの人の言うおれの可能性を信じる」
「……それで、いつか魔王を倒す?」
いまだに嗚咽を止められないまま、しゃがれた声でスノウは問う。
「まあそうだ。でも、そんなのはもののついでだ」
「ついで……?」
「腹が立ってるのはおまえだけじゃないってことだよ、スノウ」
言いたいことがわからず首をかしげるスノウに、ケイは言う。
「おれ、面と向かって相当ひどいこと言われたよな。あれめちゃくちゃ傷ついたんだぜ? おまえがこのペンダントで本当のことを聞かせてくれなかったら、正直立ち直れなかったと思う。あれで未来の勇者がポッキリ折れたらどうするつもりだったんだろうな。未来が見えるクセに、そういうとこツメが甘いんだよマルクさん」
「うん、それはまあ……それで?」
「あのしょうもない三文芝居を世界中にうんと言いふらしてやるんだ。『おれ、前の勇者にこんなふうに傷つけられましたー』ってな」
「言いふら……ええ??」
なんだか急に陰湿なことを言い出したな、とスノウは目を白黒させる。
「なんせ世界を救った大勇者の言葉だ。みんな信じて勝手に広く語り継いでくれるだろうよ。――魂が微塵に砕けた誰かさんたちのことを、平和な世界でいつまでも」
「あ……」
未来の大勇者の意地の悪い笑みで、スノウはすとんと腑に落ちる。
そして涙と鼻水にまみれた顔で、同じようにイタズラっぽい笑みを返した。
「なるべくおもしろおかしく脚色しようよ。そのほうがきっと長く残る」
「はは、いいなそれ。これから一緒に考えるか」
さて、どんな風に脚色してやろうか――
ふたりはその想像にしばしひたり、語らい合ううちに疲れ果て、そのまま廃墟で眠りにつく。
そして朝、手を取り合って廃墟を抜けた彼らは空の遥か遠く、魔王の領域の最奥からですら届くほど凄烈な輝きを目の当たりにし――全ての終わりと始まりを悟った。
それから。
魔王を討ち果たした二人は、長い旅のなかであーでもないこーでもないと練り続けたその内容を待ち侘びたように世に広める。
いざ人々に広まった大勇者ケイと聖女スノウの武勇譚の一節、特に力を込めて語られた前勇者達との別れのエピソードは狙い通りに人気を博す。
エピソードには時代や地域を経るたび状況やキャラクターにさまざまなアレンジが加えられながらも、決まって前勇者の『おまえをこのパーティーから追放する』という開口一番から始まるお約束が定着し、二人はそれを老いてなお喜んで収集した。
――愛する仲間達の、生きた証として。
たとえばこんな追放もの 南篠豊 @suika-kita
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