③
自分の寝袋と簡単な食料、水が詰め込まれたリュックを背負って森の中を歩く。
男の子は、危害を加えてくる気配はないし、頭に生えている角も小さくて、見慣れてしまえば怖くはなかった。
「ねぇ、出口までどのくらいかかるの?」
「歩いて2日ってとこ」
振り返りもせずに男の子は答える。
「じゃあ、なんでそんな大荷物なの?」
「色々あんだよ」
男の子の背中には、不釣り合いなほど大きなリュックが背負われていた。
ぶっきらぼうだけど、ちゃんと答えてくれるんだ。
わたしは嬉しくなって、さらに言葉を続けた。
「ねぇ、鬼くんは名前なんていうの?」
「その鬼くんって気持ち悪い呼び方やめろ」
心底嫌そうに振り向いて、男の子がわたしを睨みつける。でも全然怖くないし、久しぶりにこんなに人と喋れて(人ではないけれど)わたしは嬉しくなってしまった。
「じゃあ、名前教えてくれたらいいじゃん」
「……
「ふう、ん。春生まれだから?」
「そーだよ」
「そのままじゃん」
クスクス笑うと春太はますます嫌そうな顔をする。
「悪りーかよ」
「全然。覚えやすくていいと思う。
わたしはね、すみれ。柳井すみれだよ。
よろしく」
握手のつもりで差し出した右手を少し見下ろしてから、春太はその手を取らず、前を向いて歩き出してしまう。
「よろしくしねーよ。
オレはただの案内人だ」
「……握手くらい、いーじゃん。ケチ」
さっさと行ってしまう春太に置いていかれないように、わたしは小走りでそのあとを追いかけた。
あっという間に日が暮れて、野宿することになった。
春太はテキパキと火を起こすと、おじやのようなものを作ってくれた。
「おいしい……」
一日中歩いて疲れ切った体に、温かなそれは染み渡るようだった。
「そーかよ」
ふふ。相変わらずのぶっきらぼう。
そうだ!さっきそこで木苺がたくさんなってた!ご飯を作ってくれたお礼に取ってきて一緒に食べよう。食べ終わった食器を洗っている春太に気づかれないように、わたしはこっそりと木苺の場所まで行く。
春太、木苺好きかな。喜んでくれるかな。ワクワクした気持ちで、持ってきたコップ一杯に木苺を摘むと、急いで春太の所に戻った。
「おい!どっか行くときは一言ってけ。心配すんだろ」
私の足音に気づき振り向いた春太が、怒った顔で私を見る。心配してくれたんだと嬉しくなり、顔がニヤけてしまう。
「ごめん。これを取ってきたんだ」
後ろ手に持って隠していた木苺を、パッと出す。その瞬間、春太が凄い勢いで近づいてきて、バシッとコップを叩き落とした。
「おい!それまだ食ってねーよな!?」
「あ、え?た、食べてない、よ……?」
すごい剣幕の春太にビックリして、わたしは1歩、2歩と後ずさった。今まで気づかなかったけど、春太の爪は獣みたいに鋭く尖っていて、歯もギザギザしていた。
私の怯えた顔を見て、春太がしまった、という顔をする。
コップを払ったときに春太の爪が引っかかったのか、私の手からは少し血が出ていた。
「……っわり。でも、この世界の食い物は食うな。あっちに戻れなくなる」
「そう、なんだ……」
わたしはそれだけ言うのが精一杯だった。
春太はわたしの手を器用に手当てすると、さっさとコップを片付けて、寝袋の用意をする。わたしもそれに倣って自分の寝袋を出すと、その日はお互い言葉少なに眠りについた。
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