自分の寝袋と簡単な食料、水が詰め込まれたリュックを背負って森の中を歩く。

 男の子は、危害を加えてくる気配はないし、頭に生えている角も小さくて、見慣れてしまえば怖くはなかった。


「ねぇ、出口までどのくらいかかるの?」


「歩いて2日ってとこ」


振り返りもせずに男の子は答える。


「じゃあ、なんでそんな大荷物なの?」


「色々あんだよ」


 男の子の背中には、不釣り合いなほど大きなリュックが背負われていた。

ぶっきらぼうだけど、ちゃんと答えてくれるんだ。

わたしは嬉しくなって、さらに言葉を続けた。


「ねぇ、鬼くんは名前なんていうの?」


「その鬼くんって気持ち悪い呼び方やめろ」


 心底嫌そうに振り向いて、男の子がわたしを睨みつける。でも全然怖くないし、久しぶりにこんなに人と喋れて(人ではないけれど)わたしは嬉しくなってしまった。


「じゃあ、名前教えてくれたらいいじゃん」


「……春太はるた。春に太いで春太」


「ふう、ん。春生まれだから?」


「そーだよ」


「そのままじゃん」


 クスクス笑うと春太はますます嫌そうな顔をする。


「悪りーかよ」


「全然。覚えやすくていいと思う。

わたしはね、すみれ。柳井すみれだよ。

よろしく」


 握手のつもりで差し出した右手を少し見下ろしてから、春太はその手を取らず、前を向いて歩き出してしまう。


「よろしくしねーよ。

オレはただの案内人だ」


「……握手くらい、いーじゃん。ケチ」


 さっさと行ってしまう春太に置いていかれないように、わたしは小走りでそのあとを追いかけた。



 あっという間に日が暮れて、野宿することになった。

 春太はテキパキと火を起こすと、おじやのようなものを作ってくれた。


「おいしい……」


 一日中歩いて疲れ切った体に、温かなそれは染み渡るようだった。


「そーかよ」


 ふふ。相変わらずのぶっきらぼう。

 そうだ!さっきそこで木苺がたくさんなってた!ご飯を作ってくれたお礼に取ってきて一緒に食べよう。食べ終わった食器を洗っている春太に気づかれないように、わたしはこっそりと木苺の場所まで行く。

 春太、木苺好きかな。喜んでくれるかな。ワクワクした気持ちで、持ってきたコップ一杯に木苺を摘むと、急いで春太の所に戻った。


「おい!どっか行くときは一言ってけ。心配すんだろ」


 私の足音に気づき振り向いた春太が、怒った顔で私を見る。心配してくれたんだと嬉しくなり、顔がニヤけてしまう。


「ごめん。これを取ってきたんだ」


 後ろ手に持って隠していた木苺を、パッと出す。その瞬間、春太が凄い勢いで近づいてきて、バシッとコップを叩き落とした。


「おい!それまだ食ってねーよな!?」


「あ、え?た、食べてない、よ……?」


 すごい剣幕の春太にビックリして、わたしは1歩、2歩と後ずさった。今まで気づかなかったけど、春太の爪は獣みたいに鋭く尖っていて、歯もギザギザしていた。

 私の怯えた顔を見て、春太がしまった、という顔をする。

 コップを払ったときに春太の爪が引っかかったのか、私の手からは少し血が出ていた。


「……っわり。でも、この世界の食い物は食うな。あっちに戻れなくなる」


「そう、なんだ……」


 わたしはそれだけ言うのが精一杯だった。

 春太はわたしの手を器用に手当てすると、さっさとコップを片付けて、寝袋の用意をする。わたしもそれに倣って自分の寝袋を出すと、その日はお互い言葉少なに眠りについた。

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