ぬまご

ペアーズナックル(縫人)

ぬまご



このぬまご、と呼ばれる生物がいつから現れたかは定かではないが、どこかの馬鹿がこのどろどろした奇妙な生物もどきに悪戯にものを食わせたものだから今はもう大変だ。身の回りのものを見境なく食い尽くしてその癖、食べた証として残すねばねばとした唾液以外何も残そうとしない。長い戦争が終わってようやく立ち直ろうとした矢先にこのぬまごが現れたので戦災復興が全く立ち行かなくなってしまった。


そのぬまごが人を食った、という噂が流れたのはそのすぐひと月後のことだ。酒に溺れた酔っぱらいのうちの一人が明るくなっても一向に帰ってこないので、皆で探しに行ったらその男の服装と共にねばねばした液体がかかった白い骨が見つかったのでだいぶ騒ぎになったが、なぜぬまごが人を食ったのかは分からなかった。


またひと月して、今度はぬまごに食われかけたが辛くも生き延びた者が出た。いつのまにかぬまごは人間に化ける術と人間の味を覚えたようで、それはそれは綺麗な女に化けてそいつを誘い、いい感じになった所で股を開き、男が油断した隙にご自慢のどろどろで包み込んだという。辛くも逃げ延びたとはいうが、男の体は所々骨が見えるくらいには溶けており、間も無くして男は冷たくなったという。


この正体不明の化け物をいよいよ放置できなくなった統治政府は、とうとう軍隊まで持ち出してぬまごを討伐しにやってきた。こいつの正体がかつて遺伝子をいじくり回して生産した生物兵器の成れの果てと知っていた軍隊は、十分な装備を持ってぬまごが住むとされる森へと入っていったが、戻ってくることはなかった。哀れかな、すでに森は無くなっていて、この森こそがぬまごが化けたものだと知っていたらもっと違う結果があったろうに…


統治政府はぬまごに対する対抗手段を失ったが、策がないわけではなかった。多大なる犠牲を出しながらもようやく、ぬまごにも弱点の核があると探り当てたのだ。すでに大陸のほとんどを食い尽くしたぬまごの核を探して破壊するため、統治政府はあちこちからかき集めた精鋭を大海原へと送っていった。まぁ、ご覧の通りぬまごがもはや大陸のように大きな核をぷかぷかと海に遊ばせているところを見る限り、その試みは失敗に終わったのだろう。


この面白い生物に、俺は会話を試みることにした。大きな声でこんにちわ、と叫ぶと奴は挨拶がわりに俺の周りをドロドロの体で包み込んだ。やがて、俺が「食えないもの」と分かるとすぐに吐き出してしまったが、奴はその後も俺に興味を持ったらしく、久しぶりに人間の格好をして俺と多少の会話をした。とはいえ全裸の少女の格好は流石に緊張する。


奴…あ、いや彼女はもう食うものがないので何か食い物をくれととても単純なお願いをしてきたので少し拍子抜けしたが、あいにく俺はこの通り超剛体樹脂の体をしているので食えたものではないし、何よりこの大きさで俺一人食べたところで腹の足しになるとは思えない。いっそこの星でも食べたらどうかね、と冗談めかして言ったら物凄く真剣な顔をして、そうする。と頷いたので驚いた。


今俺はぬまご、が食おうとしている星の衛星に乗って大いなる瞬間に立ち会っている。この星に生を受けた生物もどきが今まさに母なる星を食おうとしているのだ。ぬまごはすでに衛星とほぼ同じ大きさになった自分の核を一度成層圏ぎりぎりまで高く掲げたと思うと、この星で一番脆い場所めがけて核をぶつけ始めた。星の核を自分の核でぶち開けてなるほど食おうというわけかと俺は一人で感心していた。


果たして、ぬまごはマントルを貫いてとうとう惑星核へと到達した。その瞬間をどうしても目に収めようとしたがそれは叶わない。何故なら彼女の核が星の核を食おうと結合した瞬間に星は恒星に勝るとも劣らない輝きを放ったからだ。超新星爆発とも違うこの輝きが終わった頃にみた以前とは全く違う星の姿を見て、ようやく俺はこの光景を言葉にすることができた。見よ、見よ、今ここに星が生まれたのだ。ぬまごは星と結合し、母なる大地へ還ったのだ、と。


戦争ですっかり荒廃していた星は、青々と広がる海に緑豊かな大陸が浮かぶ星へと戻った。ぬまごは食ったものを再現する能力があったが、おそらくそれが星の再生に役に立ったのだろう。そうとしか考えられなかった。ただ、人はどうしても再現する気にはならなそうだ、せっかく蘇った星をまた滅ぼすことになりかねないからまぁ当然ではある。


星の誕生の見届け人となった俺は「ぬまご」から沢山の土産を持っていけと言われたが、あいにく俺は飯を食わなくても大丈夫な体なので一つだけでいいと、太陽のように真っ赤な果実を一つだけ貰ってこの星を去った。俺の別荘がある星で栽培されている「リンゴ」という果実にそっくりなそれを齧りながら、このような瞬間を目の当たりにできるなんて、特異点冥利に尽きるな、と独り言を言った。


「まるで子の誕生を喜ぶ父親みたいに嬉しがっているじゃないか、クロハ。」

という声は無視した。上位存在はいつも一言多いな。

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ぬまご ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle

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