第3話 すれ違い
『前略。なんだかあなたがとても遠い場所に行ってしまったような気がして、とても悲しくなりました。しばらくお手紙はひかえさせてもらいます』
悲しいって、どうして?
ファッションショーの仕事が決まった時は、あんなによろこんでくれていたはずなのに。
あたしは彼女に手紙を書いた。
『前略。ファッションショーの仕事が決まった時は、あんなによろこんでくれたのに、どうしたというのですか? あたしは、あなたがよろこんくれると思って、一生懸命やったのに。たしかにあの後、思っていたよりも反響が大きくて、たくさん取材されて、正直驚いてしまいました。自分にそんな価値があるとは思えなかったから。あたしはこれまで、誰かに認められることがなかった。そんな中、あなただけがあたしを認めてくれたというのに』
感情に支配されないように一旦筆を置いた。彼女と文通するために社長に買ってもらった万年筆のインクは、その世界では最高級のインクで、香りもついているものだった。彼女の好きなさわやかな青のインク。
彼女に認められないのならば、こんな風にがんばることはできなかったというのに。
あたしはできたての本を抱きしめた。この本は、あたしが生まれてからこれまでの人生をつづった自伝本。社長の提案でがんばって書いたものだった。かなり大げさに加筆修正されたこの本が、来週本屋に並ぶ。そして、サイン会が開かれる。
ついに、彼女と面と向かって話すことができるというのに、こんなことになるなんて。
もう一度筆をとった。
『サイン会、ぜひ来てください。あなたが来てくれるまで、特別な衣装で待っています』
あたしはずっと、ひとつのデザインをオーガンジーに刺繍していた。リュビュネル刺繍という手法で、ビーズやスパンコールを黙々と刺して制作していたものだ。いつか、彼女に会える日が来たら。そのためだけに刺してきたというのに。
ティッシュで涙をおさえて、便箋に封をした。
もう、タレントとファンとの垣根が崩壊しているのかもしれない。
感情に支配されてはいけないと、あれほど社長に言われてきたのに。
思えば、会ったこともない、顔も知らないファンの子で。
社員さんが言うように、社長があたしの気持ちを奮い立たせるためにシコミの手紙なのかもしれなかった。
けど、本当にシコミだったら、こんなことは書かない。きっと都合よくあたしをほめて、それだけのことが書かれているはずだ。
手紙の向こうにいる彼女の気配を感じて、鼻をすすった。
これは、あたしの一方通行なんかじゃない。
つづく
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