第2話 手紙

 中学生の時にスカウトされて、それからあたしは社長の養子になった。


 お母さんは、お金と引き換えにあたしを放り出した。社長があたしを引き取り、学校に通わせてくれた。


 はじめてのインターナショナルスクールでは言葉の壁があったけれど、あたしを差別的に見る生徒はあまりいなかった。


 全然いないわけないのは承知の上だけれど、やっぱりそういうのってなんかね。


 礼儀作法や、生きていくための所作も社長のおかげで学ぶことができた。


 その中の一つに、一時的な感情に支配されないように生きる、という項目があって、それが恋愛感情なのかな、なんてぼんやりと思った。


 高校生になると、あたしは社長の秘蔵っ子という名目でタレントとしてデビューすることが決まった。この時から、衣装は自分で作ることに決めていた。


『男の癖に』


 そんな悪口が、聞こえるように囁かれていたけれど、もうそんな言葉は気にならないくらいに感情が麻痺していると思っていた。


『はい、これ。はじめてのファンレターよ』


 社長から手渡された手紙は、とてもファンシーな便箋だった。それに、香水の匂いがした。


『アレきっと、社長のシコミだぜ?』


 あんな奴にファンレターなんて書く奴いるわけないよな。聞こえるように囁かれたけど。


 それでも。あたしはうれしかったんだ。


 一度開封されているその便箋を、誰もいない会議室でこっそり開いた。


 ラベンダーの香りがした。


『前略。はじめてお手紙を書きます。普段はメールとかそんなんばっかりだから、おかしな文章だったらごめんなさい。あたし、あなたのことをホームページで見ました。その時からあなたのことが忘れられなくて。好きです。応援していますのでがんばってくださいっ!!』


 たったそれだけなのに、気持ちがぶわっとあふれてきた。


 他人から好きだと言われたのははじめてだ。


 どうしよう?


 あたしは、自分の気持ちに整理をつけたくて、社長に相談をした。


『いいんじゃない? 返事、書いてあげたら?』


 そうして始まった文通。メールでもいいのに、あえて便箋に文字を書くというのはとても新鮮で、字が下手なのに、それでも彼女がよろこんでくれて、あたしもとてもうれしかった。


 はじめて大きな会場でのファッションショーに出してもらうことが決まった時も、うれしくて、彼女とおなじ気持ちでよろこんだ。


 そのはずだった。


 つづく

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