第4話 愚痴
サイン会のための告知は、大々的におこなわれた。世の中はジェンダーレスを求めている。あたしは企業に都合よく利用されているだけだ。
あたしという人間を認めてくれる人なんて、どこにもいない。もし、あたしがこれ以上、ヒゲが濃くなったり、体毛が濃くなって、骨格が男らしくなってしまったら、簡単に放り出されてしまうだろう。
毎日おびえながら暮らす日々。
それでも、こびた笑顔は自然と身につく。
どんな顔をすればカメラマンがよろこぶのか、知っている。
本当は男なのだからと、気安く誘われることもあった。マネージャーさんが丁寧に断ってはくれたけれど、女性タレントではありえない頻度だと愚痴をこぼされた。
あたしは、常に人の顔色をうかがい、どうすれば舌打ちをされずにすむか、どうすればよろこんでもらえるか、そんなことばっかり考えていた。
中にはよろけたフリをして体を触られることすらあった。
「あれ? 本当に男の子なんだ?」
びっくりしてトイレで泣いても、マネージャーさんが困るだけだった。
「あのね、トイレなんだけど。一応男性用のを使って欲しいんだ?」
どうやらほかの女性タレントから、マネージャーさんに苦情が来たらしい。
物理的に考えて、多目的トイレを使うことはできない。あそこは、本当に必要な方達のためのものだから。
ジェンダーは、超えられないのかな?
どんなに上手に笑って見せても。
女の子よりかわいくメイクしても。
「それと社長からね。ヒゲと体毛の永久脱毛するようにエステの会員証もらったから」
努力は簡単に一瞬で打ち砕かれる。
なかったことになる。
どんなにショックを受けても、泣く場所すらなくて。
「あー、なんであたしだけこんな面倒くさい案件引き受けちゃったんだろう? 社長が出世コースだからって言うから受けたのに。すーぐべそべそ泣くし。面倒くさい」
マネージャーさんの愚痴は日増しに増えた。目の前ではっきり言われる。それでも、サイン会まではなんとか保ってきた。彼女に会いたかったから。
だけど、想像していたよりもずっときれいなお嬢さんだった彼女に目の前で言われた言葉が頭を離れない。
『あたしもう、一日中あなたのことばっかり考えてるのがつらくてもう嫌だから、好きなの辞めるからっ』
一番前に並んでいたお客さんが彼女だとわかっていたのに。
その後のサイン会は、とても気味の悪い男たちばかりが並んでいた。あたしは、こびた笑顔を向けることだけが精一杯だった。
つづく
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