第7話 メロンです
グラスの縁談について、ヤームルに調べてもらったところ、案の定な結果を知らされる。
「マキビくんのことで、フレウさん、相当カリカリしてるみたい。
娘に悪い虫がつかないように、ってとこでしょ。
おかげでうちは、初めて興信所らしいことができたよ」
「なりますよね……」
メリディエス絡みの騒動で、彼女を助ける必要があったといえ、彼女がマキビのことをフレウに話すようになれば、実父とすれば面白くないのは自然なことだった。
「ちょっと親しいだけとしても、関わってるのが身寄りもない孤児だったとか、親としたらそりゃ心中穏やかじゃいられませんわな」
「そこまで自分を卑下する? まぁ、懸念は正しいけど。
フレウさんを刺激せず、それとなくこの縁談を空中分解させる方法、欲しい?」
ヤームルは悩んでいるマキビを見ながら、楽しそうだった。他人事なら、俺も笑ってやりたいところだ。
「そうことが易く済むなら、それに越したことはないんですが。なんか――彼女には、いやな負担をかけてしまいました」
「娘さんを僕にください! ……とか行くんじゃないの?」
「それができるご身分なら、なりふり構わないでいいんですけど。
俺には誰かを背負って守るだけの、地位も金もない。
院の子供たちには、みっともない話です」
「あの子はあなたに助けを求めてるんじゃないの?」
「――、手は尽くすつもりですよ」
学内、例の授業での件は、彼女の耳にもルスキニアを介して入っている。
「まぁ……きみが悪くないのは、ルスキニアから聞いたわ。
で、よもや大公家の令嬢にコナかけようって?」
「畏れ多い。
あれでも最低限、穏便に運ぶつもりだったんですよ。
言いたいことはわかってます、俺が授業に参加しなければ、そも事態がエスカレートすることはなかった」
「まぁ起きちゃったものはしょうがないわよ。
気になるのは、学園理事会と、侯爵の動きね。
私もちょっと動くことにしたから、近々あっちで顔を合わせるかもしれない」
「そうなんですか?」
マキビは眉をあげた。ヤームルは頷く。
「イアクタちゃん、だっけ。あの子、陛下のお気に入りなの……だから今度のこと慎重に運ばないと、今度こそあっさり学園が潰れるわよ。すると侯爵も大変ご立腹で――あなたのことより、教官が彼女へ手をあげたことに、難色を示しておられる。理事会には、教官への厳正な処分を要求しているわ」
「つくづく吸血鬼貴族ってのは、怖いですね。
教育機関にシンプルに外圧や干渉をかけられてしまう。
こんなことでは真摯に学を志す、未来ある若人が報われませんよ」
「ほんとよね……」
政治的中立とか、おためごかしが許されない社会というのは、色々なことの振れ幅が、当然極端である。
教育機構の在り方に、果たしてどこまでの成熟がこの文明水準で求められたか知らないが、学問の在り方として、これは多分、健全な環境とは違うのだ。
それでも一朝一夕に解消される問題ではないし、こういう現状が続く限り、力のない自分たちのようなのは、特定の派閥にすり寄らざるを得ない。
*
ウリ科の植生を研究しつつ、アイドニには種子の交配、いわゆる品種改良やエル光子の供給で、太陽光線に近しい環境の人工的なプランターを手配させた。研究室の在り合わせ機材だったが、案外なんとかなるものだ。
そうして――ついに。
「これでついに、金持ち相手に『メロンです、請求書です』がいけるのか――!」
「マキビはなにに感激してるんだよ?」
「さぁ……」
アイドニがメロンの生育に成功した。無論、マキビのほうで味と水分量などは細かい指示を出して、錬金術などでソーマなど調整しつつ、ごくごく短期に目標を達成できていた。
ソーマ絡みの技術は、使えるようになれば、本当に勝手が違う。
「確かに結構甘いし、水気を保持するものだな。
これだけ丁寧に味の仕立て上げられれば、高級品と言われても納得だ。
普通においしいし、マキビはよく思いつくよな、品種改良とか、果物の生育とか。でも……このプランター、あり合わせであっという間作ってるわり、再現性が低いよな。エル光子を媒介するレンズとか、アイドニでも作れる数が限られちまう」
「限られている方がいいのさ。
プレミア価格で売れるし、外部で真似されずに出荷する品質を管理しやすい」
「なるほど!」
「供給ラインを確立して、その後はアイドニの取り分が五割、俺で二割、残りはほぼ税収で持ってかれるだろうから」
「でも発案は、マキビさんじゃないですか。
私は言われたようにやってただけで」
不満げなアイドニに、マキビはまた軽薄だった。
「いーのいーの、ちゃんと稼ぎが出るならそれでね。
それに――きみが生計を立てられるようになれば、ルスキニアときみの交際に、彼の実家へ売り込める材料がひとつ増える。将来は考えてるだろう?」
「!」
「どのみちこれだけじゃない、同じような権利配分で、色々と研究には手を出してもらうし、こっちでもきみをこき使う。
学生のうちに、権利関係は学んでおくといい。
というか、日陰で生育できる種子の品種改良は、同時進行でいくつも進んでくれなきゃ困る。結構な数のトライアンドエラーになるし、きみの錬金術さえあれば、多くの試料を再利用することも可能になるはずだ。
そうすると材料費もだいぶ浮く」
「色々体よく言いやがるが、俺の女を随分都合よく使ってくれやがるよな?」
「そのぶんクレーム対応や責任は俺と教授で負うって、そういう誓約だ。愛されてるねぇ」
「へへ……マキビくんにも、いい人できるといいですね」
「そういう時間は……果たしてどうかな」
マキビの視線は遠い。
血統学の授業からの騒動で、学生としての自分の地位も危ういところだ。最悪は退学でも、研究室の資本と権利関係は最大限に活用させてもらうつもりだった。
とにかくアイドニの錬金術があって、自分にも定期的な収入が見込める。孤児院の移転という目標も、これで数段実現に近づいた気がした。
あとは交配による品種改良と安全性の検証、日陰での生育が可能なプランターを別途開発しつつ、土壌の開発にも手掛けていきたい。――そして、彼女の研究を守るのは、いずれルスキニアの仕事になる。
「研究成果の外部への流出や盗難を防ぐための策を講じる。
それがこれからの、お前の仕事だ」
「俺でアイドニの役に立てるなら――ありがとうな、マキビ」
「んだよ、急に改まって」
「そりゃ言うだろう。アイドニが自分の持ってる技術を、こうして前向きに扱えるのは、お前がそのための筋道を立ててくれてるからだ」
「そ……そうか」
「照れてる?」
「うっせぇわ」
マキビは辟易した。
自分には、ゲーム本編にない進捗へ、ふたりを巻き込んでしまった罪悪感があるのだと思う。
くせの強いふたりだが、このふたりには普通に幸せになってほしい。ふたりの将来にその懸念を見越せるなら、陰ながらでも支援してやれたら――それが、自分が生き残り、孤児院を残そうという目的に利用しているだけだとして、エゴの生んだ負債を、自分は振り払おうと、必死なのか。
……無様な反動形成であった。
「ところで今日、理事長室にお呼ばれじゃなかった?
いったいどうなるんだ、退学なら書面掲示だろうし」
「ま……おおよその見当はつく。
ただし俺自身がどうなるかは、完全に未知数だね。
なまじ血統学に、人間が参加していたという事態が、ややこしい」
「自分で参加しといて、それ言うんだ」
「だな」
マキビは肩を竦めた。
そのまま理事長室へ向かう途中、廊下でイアクタに会う。
「きみも行くのか」
「えぇ、向かってるのは同じとこのようね。
……なによ?」
「いいや、別に」
含むところはない、ただ不思議に思うのだ。
この世界には自分の知らない未知が、多々あることを。
自分自身や、彼女やグラスのこと、ちょっとずつでも知っていけたら。そんなことが、置かれている状況の緊張に反して、やたら楽しみになるのだから。
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