第4話 上級クラス
マキビの上級クラス編入後、最初の授業は週明けから始まった。
吸血鬼しかいないはずのクラスに、異物が混じれば、当然緊張は走る。
意識しない、とはいかないんだろう。
扉を開けて入ると、周囲の視線は冷ややかだ。
(ルスキニアに頼りきるわけにはいかない。
なるべく始業ぎりぎりに滑り込んでいるんだが……変人扱いは免れないと)
悪目立ちは避けられないし、といって、どこが自分に割り当てられる席かというと、
「窓際、左の端、お前の席だ。
わきまえておけよ」
「ありがとう、プラム」
プラムが背後にいた。
テスト期間は三人で勉強会をやっていたが、普段はこんな風なのか。
彼がマキビへ声をかけたことに、クラス中がどよめき、前の方の席では、例の金髪大公娘が白いうなじを見せながら嘆息している。……少女の憂え気なのは、さまになるが、そういうことを表明すると途端に変態扱いだし、相手は吸血鬼だ。
マキビなど相手にしないことぐらい、わかっている。
この国で、吸血鬼に至る資質のない人間が、どういう扱いを受けるか。
命短きものは、出世の機会をはなから断たれている。
吸血鬼との婚姻なんて、なおのことありえないし、法が禁じるほどだ。
それほど資質なき人間は、吸血鬼の社会から本来は隔絶されている。
吸血鬼と人間を対等に扱う、学園という制度自体が、この社会ではある種の異端とさえ言えよう。
*
昨日あのあと、グラスが口ごもりながらも、結局は打ち明けてくれた。
「――学園をやめて、吸血鬼の子爵に嫁ぐように、最近盛んに勧めてくるんです」
「フレウさんが?」
彼女はガーヴナン甲冑工房の娘であるが、跡取りではない。
父親から、そういう話が出てくることのそれはおかしくなかった。
「前まではそんなこと言わなかったんですよ。
でも急に……今日も喧嘩して、家出てきちゃいました。
お金に困ってるとかなら、あらかじめ相談してくれればいいのに、そういう話でもなさそうで」
苦笑する彼女に、マキビはあっけにとられていた。
そんな進捗、ゲームでは一切見ていない。
するとマキビが加えた変更が、直接ないし間接的でも、彼女の身にも及んでしまったか?
……正直、わからない。
「ごめんなさい、こんな話急にされても、迷惑ですよね」
「いや俺でよければ、そりゃいつでも相談には乗るよ。君にはマナスも俺も、世話になってる。
見合いは、受けるのか?」
「えぇ、まぁ――断る理由もなければ、このままずるずるいっちゃうんでしょうけど。
じゃあ断るだけの理由、なんてあってほしいとか、お相手の不幸を願ってるみたいで、落ち着かないし……私なんかでそういう話、持ってきてくれるひといるんだぁ、というか」
「受けたくない?」
彼女は首を横に振る。
「もしそうなるなら、自分で人生を選べる最後になるかもしれないじゃないですか。
私は私の目で見て、どうなっても、自分で納得できるように運びたいです」
「そうか」
クレオといい、彼女といい、自分の周りには、人から与えられるものに身を任せながら、その瞬間に自身の決断を、信じられる強かさがある。
女の子、ゆえかもしれない。
人を信じることが、そのまま自分を生かすことに繋がるのは。
そういう生き方、実際世間ではよくあるのだろう。
……マキビには、到底選べないし、選ばせてももらえない生き方だ。
他人の庇護を選ぶ前に、自分が堅牢な庇護者そのものになりたいというか、ならなければ。
自分以外の誰かが作った『砂城』など、自分には選べない。
それを砂城でなくするのが、吸血鬼の忍耐や莫大な資本力かもしれぬ。
まぁ……吸血鬼に拾い上げられながらも、その後は不仲で追い出され、古巣からも拒まれる元は人間の女が、そこから行き着ける先なんてのは限られている。
人間から血を貰うために、娼婦まがいに落ちぶれる
クレオも侯爵の不興を買うようなら、下手すればそういう道を辿るかもしれない。
マキビは、自分の目の黒いうちは、そんなことはさせるつもりないし、侯爵は前妻への義理を果たしたうえで、彼女に子を産ませようと、吸血鬼として取り立てている。
性格は嫌いだが、吸血鬼のなかでは高尚にして義理堅いことを是としてきた男だ。
老いに悩まされるでもないなら、あれの本質が覆ることは、そうそうないだろう。
「話なら、またいつでも聞く」
「ありがとうございます。……こうして男の人とふたりで話してる時点で、父さんは胆を冷やすでしょうけど。私、悪い子なんです」
彼女になら、多少誘惑されてやるのもありな気はする。
……節度なら守るさ、どこぞの青い瞳のバカップルが、最近はやや目に余っていた。
あれと自分を性欲で同列の存在にしたくない。
それに彼女とは、この先も尊重し合える友でありたいと、強く願っている。
*
また俺は、見送る側にされるのか。
クレオのときは、間に合わなかった。
そして――今度はグラスが、自分の岐路に立とうとしている。
彼女とクレオのとき、大きな違いは、「その必要に迫られていたか」。
クレオは最後には侯爵の熱に押され負けたが、当初は金のためだったはずだ。
彼女がプレッシャーに迫られるにはそれだけ、院の経営が火の車だったのである。
特に監督者であったマザーがいなくなると、彼女とマキビで会計を回さざるをえなかった。
彼女は一番手っ取り早いのを選んだし、選べてしまったのだ。
(あの子のときは、止められなくて――じゃあグラスさんなら、助けられるとでも?)
だとしたら、色々と遅すぎる。
野外を散策ながら、自嘲じみた笑みがこぼれた。
仮にそれがかなったとして、自分はグラスを可哀想におもったから、クレオに境遇の重なる彼女を、自己満足の道具にするだけじゃないのか。
「もうへばったのか? なんだよ、気味悪いな」
「いや――きみこそ、ルスキニアと行かなくてよかったのかい」
プラムがマキビの隣に、歩速を寄せている。
なにか意図があってしているのは、既に察していた。
「きみはどっちだ。ルスキニアを利用しているだけなのか」
「この前、勉強会しているときから、んなこと考えてたんですか」
親友であるルスキニアが、身元から怪しい人間の孤児と最近よく連れ合っているとすれば、困惑しないはずもない。彼の疑念は、ごもっともだ。
「そのわかって見透かしたような顔をやめろ、お前は」
「そんなつもりはないんですがね。
ルスキニアと、約束したんです。俺が信用できないとなれば、あいつは俺を殺します。
吸血鬼と人間が手放しで、本気にお友達同士になれるなんて、俺もあいつも、信じちゃいない」
「――」
彼は息を吞んで、立ち止まる。
先行しかかったマキビは、振り返った。
「俺たちはそういう間柄です。
命で裏打っておかなくて、俺が吸血鬼のあなたがたの前には立てない。
表面の作法は繕っても、こればっかりは生まれ育ちと性根気質の問題ですよ。
……俺は上っ面と虚勢でやり繰りしてる人間です。
血統の前では、すぐにぼろというか、メッキが剥がれる」
「無意味だとわかってて、野外授業には参加するのか」
「そも出席しないことには、単位貰えませんからね」
「血統学は上級クラスのみで行われる、吸血鬼がソーマの操作法を体得するための実学だ。
人間が単位を取得できた実例は、過去にない」
「えぇ、俺に血の恩恵はありませんからね。
結局は座学の筆記試験で満点取るしかないでしょけど――ま、挫折するにも、実際受けてからにします」
マキビのへらへらした態度に、プラムは眉間へ皺を寄せる。
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