第4話 上級クラス

 マキビの上級クラス編入後、最初の授業は週明けから始まった。

 吸血鬼しかいないはずのクラスに、異物が混じれば、当然緊張は走る。

 意識しない、とはいかないんだろう。

 扉を開けて入ると、周囲の視線は冷ややかだ。


(ルスキニアに頼りきるわけにはいかない。

 なるべく始業ぎりぎりに滑り込んでいるんだが……変人扱いは免れないと)


 悪目立ちは避けられないし、といって、どこが自分に割り当てられる席かというと、


「窓際、左の端、お前の席だ。

 わきまえておけよ」

「ありがとう、プラム」


 プラムが背後にいた。

 テスト期間は三人で勉強会をやっていたが、普段はこんな風なのか。

 彼がマキビへ声をかけたことに、クラス中がどよめき、前の方の席では、例の金髪大公娘が白いうなじを見せながら嘆息している。……少女の憂え気なのは、さまになるが、そういうことを表明すると途端に変態扱いだし、相手は吸血鬼だ。

 マキビなど相手にしないことぐらい、わかっている。

 この国で、吸血鬼に至る資質のない人間が、どういう扱いを受けるか。

 命短きものは、出世の機会をはなから断たれている。

 吸血鬼との婚姻なんて、なおのことありえないし、法が禁じるほどだ。


 それほど資質なき人間は、吸血鬼の社会から本来は隔絶されている。

 吸血鬼と人間を対等に扱う、学園という制度自体が、この社会ではある種の異端とさえ言えよう。



 昨日あのあと、グラスが口ごもりながらも、結局は打ち明けてくれた。


「――学園をやめて、吸血鬼の子爵に嫁ぐように、最近盛んに勧めてくるんです」

「フレウさんが?」


 彼女はガーヴナン甲冑工房の娘であるが、跡取りではない。

 父親から、そういう話が出てくることのそれはおかしくなかった。


「前まではそんなこと言わなかったんですよ。

 でも急に……今日も喧嘩して、家出てきちゃいました。

 お金に困ってるとかなら、あらかじめ相談してくれればいいのに、そういう話でもなさそうで」


 苦笑する彼女に、マキビはあっけにとられていた。

 そんな進捗、ゲームでは一切見ていない。

 するとマキビが加えた変更が、直接ないし間接的でも、彼女の身にも及んでしまったか?

 ……正直、わからない。


「ごめんなさい、こんな話急にされても、迷惑ですよね」

「いや俺でよければ、そりゃいつでも相談には乗るよ。君にはマナスも俺も、世話になってる。

 見合いは、受けるのか?」

「えぇ、まぁ――断る理由もなければ、このままずるずるいっちゃうんでしょうけど。

 じゃあ断るだけの理由、なんてあってほしいとか、お相手の不幸を願ってるみたいで、落ち着かないし……私なんかでそういう話、持ってきてくれるひといるんだぁ、というか」

「受けたくない?」


 彼女は首を横に振る。


「もしそうなるなら、自分で人生を選べる最後になるかもしれないじゃないですか。

 私は私の目で見て、どうなっても、自分で納得できるように運びたいです」

「そうか」


 クレオといい、彼女といい、自分の周りには、人から与えられるものに身を任せながら、その瞬間に自身の決断を、信じられる強かさがある。

 女の子、ゆえかもしれない。

 人を信じることが、そのまま自分を生かすことに繋がるのは。

 そういう生き方、実際世間ではよくあるのだろう。

 ……マキビには、到底選べないし、選ばせてももらえない生き方だ。


 他人の庇護を選ぶ前に、自分が堅牢な庇護者そのものになりたいというか、ならなければ。

 自分以外の誰かが作った『砂城』など、自分には選べない。

 それを砂城でなくするのが、吸血鬼の忍耐や莫大な資本力かもしれぬ。

 まぁ……吸血鬼に拾い上げられながらも、その後は不仲で追い出され、古巣からも拒まれる元は人間の女が、そこから行き着ける先なんてのは限られている。

 人間から血を貰うために、娼婦まがいに落ちぶれるゴシップなんてのは、各都市の下層ではよくあったことだ。また醜聞を嫌った吸血鬼が、そうした彼女らを闇討ちしてソーマ欠乏症で絶命さしていた、なんて話も。

 クレオも侯爵の不興を買うようなら、下手すればそういう道を辿るかもしれない。

 マキビは、自分の目の黒いうちは、そんなことはさせるつもりないし、侯爵は前妻への義理を果たしたうえで、彼女に子を産ませようと、吸血鬼として取り立てている。

 性格は嫌いだが、吸血鬼のなかでは高尚にして義理堅いことを是としてきた男だ。

 老いに悩まされるでもないなら、あれの本質が覆ることは、そうそうないだろう。


「話なら、またいつでも聞く」

「ありがとうございます。……こうして男の人とふたりで話してる時点で、父さんは胆を冷やすでしょうけど。私、悪い子なんです」


 彼女になら、多少誘惑されてやるのもありな気はする。

 ……節度なら守るさ、どこぞの青い瞳のバカップルが、最近はやや目に余っていた。

 あれと自分を性欲で同列の存在にしたくない。

 それに彼女とは、この先も尊重し合える友でありたいと、強く願っている。



 また俺は、見送る側にされるのか。

 クレオのときは、間に合わなかった。

 そして――今度はグラスが、自分の岐路に立とうとしている。

 彼女とクレオのとき、大きな違いは、「その必要に迫られていたか」。

 クレオは最後には侯爵の熱に押され負けたが、当初は金のためだったはずだ。

 彼女がプレッシャーに迫られるにはそれだけ、院の経営が火の車だったのである。

 特に監督者であったマザーがいなくなると、彼女とマキビで会計を回さざるをえなかった。

 彼女は一番手っ取り早いのを選んだし、選べてしまったのだ。


(あの子のときは、止められなくて――じゃあグラスさんなら、助けられるとでも?)


 だとしたら、色々と遅すぎる。

 野外を散策ながら、自嘲じみた笑みがこぼれた。

 仮にそれがかなったとして、自分はグラスを可哀想におもったから、クレオに境遇の重なる彼女を、自己満足の道具にするだけじゃないのか。


「もうへばったのか? なんだよ、気味悪いな」

「いや――きみこそ、ルスキニアと行かなくてよかったのかい」


 プラムがマキビの隣に、歩速を寄せている。

 なにか意図があってしているのは、既に察していた。


「きみはどっちだ。ルスキニアを利用しているだけなのか」

「この前、勉強会しているときから、んなこと考えてたんですか」


 親友であるルスキニアが、身元から怪しい人間の孤児と最近よく連れ合っているとすれば、困惑しないはずもない。彼の疑念は、ごもっともだ。


「そのわかって見透かしたような顔をやめろ、お前は」

「そんなつもりはないんですがね。

 ルスキニアと、約束したんです。俺が信用できないとなれば、あいつは俺を殺します。

 吸血鬼と人間が手放しで、本気にお友達同士になれるなんて、俺もあいつも、信じちゃいない」

「――」


 彼は息を吞んで、立ち止まる。

 先行しかかったマキビは、振り返った。


「俺たちはそういう間柄です。

 命で裏打っておかなくて、俺が吸血鬼のあなたがたの前には立てない。

 表面の作法は繕っても、こればっかりは生まれ育ちと性根気質の問題ですよ。

 ……俺は上っ面と虚勢でやり繰りしてる人間です。

 血統の前では、すぐにぼろというか、メッキが剥がれる」

「無意味だとわかってて、野外授業には参加するのか」

「そも出席しないことには、単位貰えませんからね」

「血統学は上級クラスのみで行われる、吸血鬼がソーマの操作法を体得するための実学だ。

 人間が単位を取得できた実例は、過去にない」

「えぇ、俺に血の恩恵はありませんからね。

 結局は座学の筆記試験で満点取るしかないでしょけど――ま、挫折するにも、実際受けてからにします」


 マキビのへらへらした態度に、プラムは眉間へ皺を寄せる。

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