第3話 秘匿される設備

 メリディエスは単座なので、ひとりで考えごとをするのに都合が良かった。マナスの顎の下を時々指で撫でながら、メモ帳を書き込んだり、めくったりしている。


 マキビの名前、その初出はゲーム本編ではなく、キャラクター投票とそれの記載された設定資料集だ。ゆえに本編では名前の明かされないわり、「クレオの幼馴染みの孤児」という妙に存在感があるポジションのクレジットである。その当初、モブキャラであったのは違いない。


 学園ものなのに尺の都合か、学園パートのギミックが十全に生かされないアドベンチャーゲームや漫画なんてのは珍しくない。

 ミドルプライスだったゆえかはわからないが、シナリオのダイジェスト感で批難されがちな『ヴァンパイア・フラスコ』についても、そういう一類だったとおもう。

 ……実際、転生してから思い起こす限り、学内のイベントはほぼ全て、休憩時間か放課後に集約される。

 マナスという名をつけた黒猫にしても、本来は立ち絵や名前のなかったし、上級生に吸血種の血を与えられたりしない、ごく普通のマスコット枠だったとおもう。

 主要な物語は、ルスキニアとアイドニの入学から三か月以内に展開される。

 結社やふたりが日常で掴んだ事件について、ルナフラスコを舞台とする話が進捗、が基礎フォーマットのカップルバディものだと、マキビの前世は記憶していた。


「――ゲーム本編の三か月を超えた先で、本来の進捗を離れて、世界はどこへ向かう?」


 そんなこと、元来はモブの自分が気にする立場ではないかもしれない。だが死活問題だった。

 マキビが前世のプレイヤー視点だったなら、『アイドニ自身』として選択肢を選べたが、今の彼は見ていることしかできない。

 まずマキビがやるべきは、孤児院の子どもたちが、安心して過ごせるための筋道をつけること。

 ――そしてもうひとつ。

 アイドニとルスキニア、プレイアブルでないマキビが、ふたりが本編の進捗を離れてなお、死亡するバッドエンドを回避するサポート、手助けをする。

 でないと……本編におけるラスボスの襲来に、ほかの連中では対処できないのだ。

 ラスボスとはなにか、街の支配者であるゆえ、侯爵ではその器になりえない。

 あのふたりが最後に立ち向かうのは、このクソったれな吸血鬼社会において、秩序そのものの破壊を目論む存在、インキュバスだ。

 なぜ吸血鬼ものに、夢魔が絡むって?

 吸血鬼の始祖とされる女帝は女の夢魔、つまりはサキュバスであったというだけの話である。

 ソーマを介しての吸血衝動、その大元はサキュバスの性欲を起源としていた。

 吸血鬼自体が、始祖である女帝の血をなんらかの技術で変質し、眷属へと広めた、そも人工的な改造生命体なのである。

 ゆえに女帝に逆らえないプロトコルが、その血統には密かに織り込まれていた。

 始祖の女帝はリリスと呼ばれるサキュバスであることを、ゲーム本編では最後まで外部に隠し通していた。ゆえにその『真実』を知っているのは、プレイヤーだけ。

 夢魔という古代種族、その影響なら、ルスキニアの青い瞳や、彼への蔑称「カンビオン」に示されている。

 よって夢魔は、この地底帝国の成り立ちに、大きく噛んでいた。


 それと――マキビには、曖昧な懸念がある。


「始祖であって、真祖ではないんだよな」


 女帝であるリリスやインキュバスは、始祖や根源的な種族であることは間違いないのだが、ミドルプライスのゲームでは、『吸血鬼の上位にあること』がわかっているだけで、改造した吸血鬼の第一号、人間と吸血鬼を繋いだ、技術的なミッシングリンクの可能性を、考察板で叫んでいるオタクがいたのを思い出す。

 まぁ――所詮は考察というよりやや憶測の範囲なので、気にしないことにしよう。


「どのみち、俺はあのふたりを利用しなきゃならない。

 あのふたりを生き残らせて、できれば俺も生き残る……そうしたら」


 その先、自分の手元になにが残るというのか。

 思考停止にパソコン画面に齧りつき、ハッピーエンド、いやビターエンドへの進捗をなぞっていたプレイアブルの頃とは、事情が全然違う。

 俺はとっくにこの世界へ、性根の腐った神の御手で『没入』させられている。

 いやぁほんと、世界の悪意が見えるようだよ。


 まずは自分の手が届く範囲のことを、整理しておく必要があった。

 既にゲームでは知らなかったキャラクターが、自分の周辺には複数存在している。

 マナスやグラスが、その象徴的な例である。

 これまで見逃していただけ、と言ってしまえばそれまでだが……流石に立ち絵すらないはずのやつが唐突に出張ってこられると、こちとら普通に身構えるわ。

 よほど印象的な台詞とか言い回しのないやつを、憶えていろというほうがなかなか難しいでしょ?


 ハッチをノックする音がして、マキビはメモ帳を畳んだ。


「ルスキニアか?」


 開くと、グラスが立っている。


「やぁ、マナスに会いに来たの?」

「はい」


 嬉しそうに、市販店で買ってきたらしいペーストの缶詰なんかを持っていた。


「あとマキビさんも、どうです。

 小腹空いてるようなら、サンドイッチ作ってきました」

「すげぇ助かる、ちょうど色々、ひと段落したところだよ」


 一息入れることにしよう。


「上級クラス入り、おめでとうございます」

「ありがとう、でもまだまだこれからだから。

 例年聞くだろう、上級と中級の間を、定期試験のたびにうろうろしているヒト族の話。

 自分のこととなると、あれは正直まったくシャレにならないね。

 上級だと周囲には、吸血鬼のエリートが寄り集まってるんだから、肩身が狭いことこの上ない」

「大変ですね」

「ま……自分で決めてやってることだから」

「学内の部活用ガレージ、聞いてはいましたけど、ここだけ増設してるからか、やたらと設備の真新しいんですね」

「侯爵肝煎りの研究のための、新型機だ。

 もっとも……あの騒ぎのあとってことで、周囲の目は厳しいけど。

 ここに入れるの、きみとルスキニアとアイドニだけになってるから」


 フラスコ都市と外部の境界に壁面があり、この施設はそれに近い。

 学園の敷地を覆う土壌の、少し地下にくぼんだ場所に目立たぬよう作られていた。


「対吸血鬼用の、秘匿結界ですか」

「そう、知っている人間にしか見つからないようにね」


 結界には認識撹乱の機能が備わっている。

 これを内緒で増設していた上級生は死んだし、この施設は学園関係者でさえ、知るものは限られていた。仮に発見されても、学内関係者にであれば、侯爵の権限で外圧をかけ、情報を隠蔽するしかなくなる。

 そんなところへグラスを招いたのには、一応のわけがあり。


「きみのお父さんが発注されていた機体だ」

「えぇ――これ、動力や入力方式が、これまでの水蒸気動力とは違います、よね」


 マキビは頷いた。


「これはソーマを用いて動かすものだ。

 吸血鬼の活動の源となる、霊長の生命に宿る力」


 端的には生命力と言ってよい。


「それって、大丈夫なんですか?」

「いいやまったく、大丈夫じゃない。ルナフラスコだから許されているだけで、首都にあったら間違いなく女帝がお冠、封印措置をとられてもおかしくない代物だよ。

 この機体は違法じゃないけど、『特例中の特例』と考えていい。

 こんなものが間違って量産される事態にでもなれば、吸血鬼に対する武器として扱われかねない。ソーマを解析するという行為が、この国でどういう意味を持つか、君だって察せるだろう。きみのお父さんは、こいつについての仔細を調べられても、俺たち以外に口を割るわけにいかなかったほどだ。

 こいつが特別な機体だと知ってるのは、俺たちと――こいつだけで充分」


 マナスを抱きかかえ、彼女にゆだねる。


「おーよしよし、いい子ね、マーくんちゃんは。

 この子、性別どっちです?」

「さぁ」


 去勢というか、はなから生殖器を持たない。

 元がどっちさえ、定かでないし、先輩方はこいつに血を与える以外にも、多少の調整をかけていた節がある。

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