第二部「命数を超えて」

第1話 吸血鬼と地底

 定期試験の結果が出る。マキビは三位だった。

 学年主位と二位は、吸血鬼で埋められている。

 ……寧ろ俺程度の努力で、吸血鬼の叡智をやすやす越せたら、拍子抜けもいいところだ。


「いや、学年でも三位なら充分すげぇよ? 人間の中なら、ほかを総合点では30点以上引き離してずば抜けてる。

 座学は主位と僅差、あとは試験後のこれから、上級クラスのみで履修する、血統学の実戦や体術だが――これだけは、どう足搔こうと人間には『使えない』からな」

「――」

「どうした?」

「いや……我ながら、中途半端だと思っただけだよ」


 こういうとき、器用に手を抜くことができない。

 というか、侯爵に大見得切った手前というのもある。

 自分は並みの学生とは違うのだ、背に腹は代えられないという意味で。


「研究室の監督役を仰せつかるなら、他より秀でての実績が要る」

「うむ……難しいな。お前はどういう実績を出せれば、納得するんだろう。

 お前自身と、お前を利用する人間とに、折衷があるのか。

 実力が周囲の理解の度を越していると、それが常識的な範囲でも、周囲は緊張を受ける。

 お前への風当たりが強くなるだけかもしらんぞ」


 なるほどルスキニアの見解も一理ある。ただでさえ、最近は悪目立ちから、葉巻で焼きいれられたりしていたぐらいだ。そういう治安の序列社会で、いたずらに上へ行こうとするなら、相応の反動も覚悟せざるをえなくなる。



 マキビの上級クラス編入が認められた。


「こんなにあっさり?」

「一年次前期では学園始まって以来だと、密かに話題になっている。

 すっかり侯爵の肝煎りって広まってるよ」

「うーむ……」


 間違ってないから、素直に喜べない。

 勉強についていけるかは、あまり気にしていなかった。

 むろん試験のたび、コンディションは問われるだろう。


「問題は――再始動させる、研究室のほうだ」

「教授以外の、主だった研究をやってたふたりは、もう学園に戻らない。

 すると……研究室の汚名を払拭するにも、新たな研究をしようにも、人手がいるはずだ」

「再始動する意義と箔付けが求められる。

 ここで厚かましいのは重々承知なんだけどさ、――お前の彼女さんのお力を、お借りしようと考えてる」

「アイドニに? 本人はいったいなんと言ってる?」

「提案したら、考えさせてほしいと」

「俺にもあの子を説得しろってのなら、断固として反対だ。

 いまあの研究室に所属するってことは、それだけで疎まれる。

 荊の道だろう、それを勧めるお前の気が知れないな!?」

「むしろ、お前には反対してもらうべきなんだ」

「は?」


 ルスキニアはあっけにとられ、マキビは続ける。


「彼女はその提案を、最初から嬉々として受け入れそうだった。

 お前の言う懸念を考慮できているか微妙だったから、本人も思い直したけど。

 ……お前が言えば、また考えを改めるのかもしれない」

「あの子を使うってことは、錬金術にまつわることか」


 頷いた。


「研究は公正で有意義なものだと、定期的に進捗を外部へ共有する。

 研究の透明性を、俺たち自身で担保していく」

「指針でもあるのか?」

「農地に扱える、肥料開発なんかが主かな。

 帝国の領土はすべてが文字通り地底にあり、太陽光線が届かない枯れた土地で、特定の穀類や芋類を主食としている。

 畜産もあるけど、一般化されてないし、日の光を受けて健全な生育を迎えられない時点で、フラスコ都市や地表に近い、本当にごくごく一部の土地を試験的に利用しているに過ぎないのが現状だ。おまけにそうしてやっとこさ作ったはずの『帝国の肉は高いし不味い』」


 ヤームルと行った酒場の料理を思い出す。

 それに腹いっぱい肉が食いたいというか、動物性たんぱく質を美味しくいただいてた前世が、話しているうち、少しばかり懐かしくなってきた。


「または、錬金術による太陽光線の増幅装置の開発――これは吸血鬼サイドから受けは悪いかもしれないけど、中層から下層、またフラスコ都市の外にかけて、これまでにない農作法を提示できるかもしれない」

「でもどうして――それを過去にやったやつはいないんだ?」

「太陽光線に含まれるエルは、吸血種の扱うソーマの運用とやや相性が悪い。

 自身らの生活空間と農作物などの生育環境を、地底社会ではこれまで明確に区分してこなかったし、そうするための場所やリソースもぎりぎりだった。

 大地は光と雨に潤うものだけど、地底にあるのは、地下水脈と熱。

 俺たちの生活は、光を熱で代用することで、ぎりぎり成り立っている。

 ……実際この現状こそが、吸血鬼の治世を培ってきたと言って、過言じゃないはずだ。

 太陽のもとでも吸血鬼は生きれるけど、『彼らが権力者であり続ける』ためには、地底社会の在り方が最適なんだよ。

 異国から見れば、吸血鬼が統括せざるをえなかったこの国は、特権階級の不老不死を実質成しえた羨望の対象のようでいて、けして土地そのものが肥沃なわけではない。

 生きるには、ただ『生きれる』だけではだめなんだ。

 それは吸血鬼の傲りだよ、ふだん忘れているだけで、みんな結局『より恵まれた土地』で過ごしたい。どんな荒野を前にしたとて、そこに根ざすと決めれば、土地に夢や渇望を抱かないものは、いないんだよ。

 俺は帝国の領土には、まだ開拓と発展の余地があると想っている。

 在学中――いや、年内には必ず、成果を出そう。

 結果、俺一人でやることになっても、仕方ない。

 お前の言う通り、これは荊の道だ」

「てっきり――院のために背伸びしてるだけで、国なんてどうでもいいと想ってた」

「事実、そうだよ」


 目的の最優先は孤児院の移転にあり、それを合法的に成しえるための、金を作る必要に迫られていた。手に入れた例の甲冑機、メリディエスを売ることも考えたが、侯爵肝煎りの研究成果物の一端なので、迂闊に売ると悪用される可能性も高い、しばらく諦めている。

 マキビの目的を達成するには、ホムンクルス・グールの実用化か、もしくはそれに比肩する成果を数か月以内に正攻法でたたき出さなければならない。

 そのためにまずは今日、部屋を管理する教授と会って話す必要があった。

 ……ただ、マキビやルスキニアは進展を期待していない。


「教授と会って話そうにも、ずっと上級生たちを好きにのさばらせ、禁忌に手を出すまで看過していた責任がある。無能もいいところじゃん」


 ルスキニアは吐き捨てる。かたやマキビは、リアクションの薄い。


「要所では打ち合わせないと。

 なおも使えないようなら、侯爵を介して学園に圧力がかかるだろう。

 首を挿げ替える必要があれば、あの男はすぐにやるよ」



 先客がいたようだ。

 というか、その女はマキビを待ち構えていたらしい。


「ようやっと、現れたわね、ニンゲン」


 金髪縦ロールツインテールにして尖った乳をしたお嬢様、赤い瞳の正統派吸血鬼子女であらせられる。

 彼女を学内で知らない人間などいないほどに、高名だ。

 現在学力では学年トップにして、女帝の家系に近しい大公爵の娘。

 マキビは無視して研究室の扉へ手をかけた。

 絶対にめんどくさい奴だと、初見で直感できる。


「待ちなさいよ!?」

「扉の隣へ立たないでください、通行の邪魔です」

「不祥事が出た研究室を再始動させようってのは、あんたよね?」


 マキビは無言で押し通ろうとするが、金髪にその腕を掴まれる。


「なんでしょう」


 ここでようやく、彼女へ向く。


「国中を敵に回すことになるわよ。

 吸血鬼の血を、下等な動物に分け与えていたというだけで、大騒ぎだったでしょう」

「研究にかかわったとされる元学生と教授は処分されました」

「教授って、短い謹慎あけたばかりじゃない。

 あんなんで処分だなんて」

「あなたは――噂を真に受けてるんですか?

 本当に吸血鬼の血なんて使った実験があれば、サンフラスコの女帝、あなたの大叔母様が黙っていませんよ。学園は吸血鬼の血が実験に用いられたことを認めていない。処分は彼らの作った薬品に関することです」

「表向きは、でしょう。ここではそれ以外の禁忌が起きていた、そのはずよ」

「なら証拠は?」

「え」


 少女が答えに詰まると、マキビはその腕を振り払った。


「証拠もないのに、ここで起きたのは吸血種の実験だとか言っちゃうわけですか。

 ……ここは多く、薬品の開発を主としている。

 過去から続く、開拓肥料の開発なども含めて、この研究室にはまだまだ発展の余地がある、ルナフラスコ、このカルセドニウスという土壌でこそできる無二の研鑽、その機会を未来ある生徒から奪われるのは、実に惜しい。

 ――だから僕は監督役を仰せつかったわけですよ。

 自分の役割と意義を信じられなくて、引き受けられません。

 女帝の血を引こうものが、嫌味言うためだけにこんなところへご足労いただいたとも思いませんが……なんです?」


 彼女は涙目で立ち尽くし、マキビとルスキニアは、その間に研究室へ滑り込む。

 扉を内側から閉めて、ルスキニアは嘆息した。


「つくづく、面の皮が厚くてびっくりだよ。

 よくもまぁ、大公の子女相手に啖呵切ってたな、バカなのか?」

「金持ちのクソ道楽に付き合うほど、暇じゃないだけだ」

「てかあの子、途中から涙目だったじゃん。

 お前、加減ってものをだな……あぁ、言い負かされたくなかった? もっと利口というか、紳士的な立ち回りかたあったでしょ、淑女相手に」

「淑女?」


 そんなもの、いつどこにいたというのか。

 品位があれば、わざわざ男の腕掴んだりしなかろう。

 あっちだって相応に厚かましいものと、マキビは感じるのだ。

 ……話しているうち、ああいう女に、負けるのが癪だとムキになっている自分がいたかもしれない。

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