第23話 マナス

 気絶からは、ほんの数分で目覚めることとなる。

 脇から首筋に咬みついて、ぶら下がる黒猫。

 それから頭上に、グラスがいる。


「え――なんで、膝枕されてんの」

「ルスキニアさんが、そうしてやってくれって」

「なんじゃ、そりゃ」

「迷惑、でしたよね」

「いや、そんなことは……びっくりしたけど」


 マキビが羞恥に顔を赤らめながら身を起こすと、彼女は慌てていた。


「まだ休んでないと、だめですよ」

「いや、いいんだ」


 黒猫が首から離れると、彼女の胸へ飛びついてぐりぐりやっている。


「なにこの子ったら、くすぐったいなぁ、もう」


 ……作中のメインヒロインというか女主人公は、そっち向けのゲームだからってことかわりとスレンダー寄りなのだが、比べて彼女のほうは……なかなか、出るとこ豊穣なんであった。

 黒猫の首裏を掴む。


「すまない、うちの馬鹿猫が」

「やっぱり飼うことにしたんです?」

「やっぱりって?」

「マキビさん、この子のこと、見捨てたくなさそうだったし。

 死んだとか言ってなんだかんだ、生きててくれたんですね、賢いのか、強かなのか」

「あ、あぁ……」


 彼女と話していると、時々どうにも調子が狂う気がした。

 仮死状態の『遺体』の引き取り時、実物を検分したのは、ルスキニアだけなので、仕方ないところもある。

 まぁ……このネッコが強かなのは、確かなようだ。

 こいつ、ファーストフードの店で俺の血からソーマを吸っていたが、一部は吸収しているようで、もう一部は、体内で一時的にストックしていたらしい。

 それを、今さっき咬みつかれたときは、戻されたということになる。

 おかげでいま、疲労感はだいぶ薄らいでいた。

 ゲーム中では、校舎裏の黒猫とクレジットされるだけ、立ち絵すら出てこなかったはずだが――ライターのプロット段階で、いたりいなかったりしたのだろうか?

 わからない……この世界を作ったのは、ようはライターの脳味噌とブランドの金なのだろうが……時々、あやふやになる。

 これは「転生した俺自身の決断で、進んでいる人生なのか」、もしくは「マキビにプレイヤーだった自分の自意識が反映され、進捗しているだけなのか」。

 後者なら、結局自分は、筋道を辿っているだけとなろう。

 ……まぁ、どっちでも。

 こうして生き延びて、女の子の膝枕、なんてささやかな報酬を貰えると、それだけでうれしくなってしまうのが、俺という現金な男らしい。


「名前、まだつけてあげないんです?

 私の方であげちゃってもいいですか?」

「随分、お気に入りみたいだな。

 ……構わないよ、俺じゃ、今一つ浮かばないし」

「じゃあ――マナス、なんてどうかな?」

「ふむ」


 サンスクリット語か?

 この世界にそんなものあるか知らないが。


「どうしてその名前なんだ?」

「かわいければいいかなって、なんとなく」

「なんとなく……かわいいって?」


 これが人間と人形の媒介にあるのは違いない。

 すると自分がさしずめアートマンやなにがし……なんて気取ってはいけないな。

 こいつは俺の意を汲んでくれるけど、俺がこいつのご主人らしいことなんて、さしてできている気がしない。


「マナス、贅沢な名前だねぇ」

「え、そうですか?」

「いやいや、冗談だから。

 良かったな、いい名前つけてもらったんじゃない、お前」


 某アニメ映画の台詞なんてこんなところで真似ても、我ながら虚しい。

 また何度めか、黒猫――マナスという名をついに得た――それの顎を撫でながら、この先、事後処理が面倒だと想う。

 そもそも……今日は工作員との接触、侯爵との対峙、鼠の暴走に人形の接収と、色々ありすぎた。


「そして今度のお前は、俺を眠らせてくれないんだよなぁ……」


 面倒ごとは全部、ルスキニアに押し付けたい気分なのに、目の前に警察がやってきた。

 聴取は受けねばなるまい。



 二日後、俺たちは表彰され、僅かではあるが報奨金まで手にしていた。

 人形使って、そこそこ暴れたつもりだったけど、店や民家になるべく被害が出ないよう立ち回っていたので――酒場に入った時も、鼠が壊したあとに滑り込んだだけで、自分が訴えられるようなことはなにもしていない。寧ろ、中層のいろんな人から、「灰色の甲冑機に乗ってた鉞のにーちゃん」という変な集合認知を受けていて、辟易しているぐらいだ。


「建前としては『急遽あらわれた異形に、青い瞳の吸血鬼と甲冑機を狩る学生が共闘して、警察より先に、異形を撃退した』って話になってる。

 死亡した元生徒については、事故死ってことで送検になったみたいよ。

 侯爵がどこまで嚙んでるかはわからないけど。

 ――えぇ、貰える賛辞は貰っておきなさい。

 あまり表に目立たれると、我々の活動に差し障るかもだけど、そんなことは大したことじゃない、あなたたちが無事なら、それでいい」


 ヤームルは机に肘をついていた。


「ただ――メリディエス、でしたっけ?

 相当難儀な代物よね、ホムンクルスを統括するための人形だそうだけど。

 定期的に、報告は寄越してもらうからね」

「それ、だけ、ですか」

「?」


 マキビは、少々おどおどしていた。


「てっきり――怒られるかなと」

「ふたりが必要だと想って、やったことでしょう。

 誰にも恥じないことができたなら、大人がそれを褒めてやれなくて、どうすんの。

 こっち来なさい」

「? ――!」


 机へ寄ると、首に抱きつかれて、よしよしされる。


「頑張ったわね……きみが誰かを守りたいように、私たちだって、君を守りたいと想ってる。そのことを、どうか忘れないで」


 言い終えると、彼女は離れた。

 後ろでルスキニアがニマニマしているのが、非常にうざい。


「ありがとう、ございます」

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