第21話 思考操縦(よくある)

 遅れてフレウが敷地の外へやってきた。

 マキビは声をかける。


「おやっさん、この人形はどう動かす!」

「持ち主は、死んだのか?」


 灰色の人形のコクピットへ、横向きに滑り込む。

 メリディエス。どこかの分岐では、俺を取り込み、殺してしまう人形だ。


「まずはあそこで暴れる化け物を、止めなきゃならん!」

「なっ……その人形は特殊なんだ、動力系統とて、その男しか知らない。

 ――動いてるぅ!?」

「だったら、武器はッ?」


 既に知っていることなど、どうでもよい。

 マキビは必要なことを問いただす。


「元々武器を積む人形ではない、研究用の観測機材を導入している。

 するとすぐに出せるものは、甲冑機用の消火斧ぐらいしか……」

「ないよりはマシだろ、取ってきてくれ!」


 フレウは緊迫した面持ちで頷くやふたたび、工房側へと翻る。


「こいつ、……動く」

「にゃー」「――」


 安直なパロディに走る前に、緊張感のないネッコの声が差しはさまれる。

 悪かったよ、俺が悪かった。

 アイドニの見立てでは、自分の血中のソーマが、媒介猫を介してしょっぴかれる原理のはず。……パワーゲインは知らないけど、出力は安定している。


「えーと、そうだ、鉄条網」



 既に鼠の異形は、ルスキニアの四倍近い丈がある。


「っ、吸血種の再生能力を都合よく残した、化け物か!」


 彼が路上を後退した。


(勝てるのか?

 侯爵に手も足も出なかった俺に――こいつとやり合う力なんてあるの?)


 それを疑っているような時ではない、自分の集中が切れ、手が止まってしまえば、誰かが傷つくことになる。

 アイドニがやってきた。


「ここは危険だ!」

「るーくん、武器、貸して! 強化するから!」

「まさか!?」


 もう邪魔だとは言えない。さっきも彼女の血に助けられたばかりなのだ。

 言われたとおりにする、俺は彼女の言葉に抗えるほど、彼女を侮れない。

 短刀の刀身を、自身の血で拡張しながら、アイドニの施す銀膜でコーティングする。

 銀膜の上に、エルを濃縮して付与している。


「こんなに短時間で構築できるなんて、とんだ才能だな」


 職人の腕前だ。……マキビの言う通りだった。

 脳が震撼する。この力があれば――俺はアイドニと共に、たとえ相手がどのような吸血鬼であろうと、立ち向かる気がした。

 俯く彼女の、肩に手を置く。


「ありがとう。これで俺は、あいつと渡り合える。

 けどこれを確実に当てるには、あの化け物の動きを封じない、と――?」


 目の前を蒸気とともに、警察の紺色をした甲冑機が三方向から同時、異形を取り押さえにかかる。

 人形用のさすまたに警棒、それらは確かに異形の身体に刺さっていたが、蒸気で動く人形たちの馬力は、異形の肉壁に押し負けて弾かれた。

 おまけ、鼠は追撃に移る。

 甲冑機のコクピットへ跳躍し、全身の重量と殺意を載せて、その腕を突きこんだ。


「なっ――!」


 人形は沈黙し、引き抜かれた指の先には、肉塊と目玉がこびりついている。

 あれは……本当に危険な代物だ。

 直後、路上から異形の足場へ向けて、長蛇する赤い棘の結晶が発現する。

 それを発したのは――、


「人形、メリディエス……マキビか!?」


 ルスキニアは振り向いた。



 コクピットで、マキビは荒く息をしていた。


(血中のソーマを直に利用すれば、そりゃ消耗だってする。

 店で一服しとかなきゃ、即死だったかも……)


「今だ、ルスキニア!

 それはお前とアイドニのための力だろ!」


 メリディエスは前進し、異形鼠の正面からその肩口へと掴みかかり、機体の重量と馬力を前傾に、すべて押し付けていく。

 メリディエスの肩口へ、ルスキニアが跳躍する。

 エルの光を注入した白銀の十字剣を担って。


「すげぇよ、お前ほんとよくやったわ、マキビ。

 後は任されてやるから!」


 そして、異形の直上から腸へ剣を貫いていく。

 しかし――これはマキビらの誤算だ。

 ルスキニアは切り口へと見開く。


「効いている、はずなのに、押され負けている?」


 肉壁の蘇生が早すぎて、剣が押し返されていた。

 咆哮とともに、メリディエスも弾かれ、両者は後退を余儀なくされる。


「どうすんだ……あいつ、どうやって倒す?」


 マキビの声が震え、猫はコクピット中を慌てふためいて駆け巡っている。


「やかましい」


 彼はその首裏を乱雑に掴み上げると、胸に抱いた。


「俺のパートナーなら、てめぇもどっしり構えとけ。

 とはいえ……こうなると、打つ手がないな。

 俺の血は、そろそろ足りない。短期決戦でいけるか?

 ルスキニア――」


 自分はもう充分頑張ったと想う。

 そろそろ主役CPに全部押し付けて、休ませていただきたい。

 わけにはいかないが……。

 ハッチを開いて、ルスキニアが覗いてきた。


「もっと威力をでかくしないと。

 血を媒介に武器を拡張して、銀膜に抽入するエルの密度を高める。

 刃幅のあるやつを、力技で叩きつける。

 ――で、さっきの鉄条網みたいな結晶は?」

「こっちのソーマを消費する、足止めに使えるかと思ったが」


 異形鼠が結晶の束縛を振り払い、跳躍する。


「……っ、逃がしたか」

「顔色が悪いぞ?」

「もう少しはなんとかする。

 お前は早く追え」

「るーくん、マキビくん!」


 気づくと、フレウとアイドニが滑車を引いている。

 シートを被っているが、中身の見当はつく。


「人形用の、消火斧マスターキー


 マキビは呟く。人形で掴もうとするが、アイドニがルスキニアの腕を掴んで、立ちはだかっている。


「待って! ルスキニアの血と私の力で、これを強化する!」

「まさか――斧に、エルを封入するのか」

「俺たちの力を、お前に託すよ」


 ルスキニアとアイドニの、決意に満ちた眼が眩しい。


「まだ操縦のいろはも、掴んでないのに」


 ここでフレウが口を挟む。


「そいつはソーマを介して思考を伝達し、搭乗者と一体化すると、あの男は言っていた」

「――いわゆる思考操縦か、道理で考えるまでもなく、手先が器用に動いてる」


 時々グロテスクな趣向のリアルロボアニメには、そういうのがあったな。

 人形と一体化することで、シナプスの信号とかが、それなりの反応速度を得られる代償に、痛覚を共有したりするやつ。

 こいつに至ってはどうなのだろう?

 機体はあまり、破損させたくないし、自分が痛いのも、正直ごめん被るところだ。


「けど俺じゃ、役不足だろ」

「誰かを守りたい想いに、不足なんてない。

 それを叶える力を、今のお前は手にしてる――それでいいんじゃないの?」

「!」


 ルスキニアが、やたらかっこいいことを言ってのけた。

 きざったらしいが、いう通りじゃある。


「……斧を強化できたら、追跡だろ。

 わかってる、俺もすぐに追い付くから」

「素直じゃないなぁ」

「そろそろ気色悪いから止せ!?」

「へいへい」


 手をひらひら振って、ハッチの傍から離れていった。


「全部任されてやるのは、どうなったの?」

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