第21話 思考操縦(よくある)
遅れてフレウが敷地の外へやってきた。
マキビは声をかける。
「おやっさん、この人形はどう動かす!」
「持ち主は、死んだのか?」
灰色の人形のコクピットへ、横向きに滑り込む。
メリディエス。どこかの分岐では、俺を取り込み、殺してしまう人形だ。
「まずはあそこで暴れる化け物を、止めなきゃならん!」
「なっ……その人形は特殊なんだ、動力系統とて、その男しか知らない。
――動いてるぅ!?」
「だったら、武器はッ?」
既に知っていることなど、どうでもよい。
マキビは必要なことを問いただす。
「元々武器を積む人形ではない、研究用の観測機材を導入している。
するとすぐに出せるものは、甲冑機用の消火斧ぐらいしか……」
「ないよりはマシだろ、取ってきてくれ!」
フレウは緊迫した面持ちで頷くやふたたび、工房側へと翻る。
「こいつ、……動く」
「にゃー」「――」
安直なパロディに走る前に、緊張感のないネッコの声が差しはさまれる。
悪かったよ、俺が悪かった。
アイドニの見立てでは、自分の血中のソーマが、媒介猫を介してしょっぴかれる原理のはず。……パワーゲインは知らないけど、出力は安定している。
「えーと、そうだ、鉄条網」
*
既に鼠の異形は、ルスキニアの四倍近い丈がある。
「っ、吸血種の再生能力を都合よく残した、化け物か!」
彼が路上を後退した。
(勝てるのか?
侯爵に手も足も出なかった俺に――こいつとやり合う力なんてあるの?)
それを疑っているような時ではない、自分の集中が切れ、手が止まってしまえば、誰かが傷つくことになる。
アイドニがやってきた。
「ここは危険だ!」
「るーくん、武器、貸して! 強化するから!」
「まさか!?」
もう邪魔だとは言えない。さっきも彼女の血に助けられたばかりなのだ。
言われたとおりにする、俺は彼女の言葉に抗えるほど、彼女を侮れない。
短刀の刀身を、自身の血で拡張しながら、アイドニの施す銀膜でコーティングする。
銀膜の上に、エルを濃縮して付与している。
「こんなに短時間で構築できるなんて、とんだ才能だな」
職人の腕前だ。……マキビの言う通りだった。
脳が震撼する。この力があれば――俺はアイドニと共に、たとえ相手がどのような吸血鬼であろうと、立ち向かる気がした。
俯く彼女の、肩に手を置く。
「ありがとう。これで俺は、あいつと渡り合える。
けどこれを確実に当てるには、あの化け物の動きを封じない、と――?」
目の前を蒸気とともに、警察の紺色をした甲冑機が三方向から同時、異形を取り押さえにかかる。
人形用のさすまたに警棒、それらは確かに異形の身体に刺さっていたが、蒸気で動く人形たちの馬力は、異形の肉壁に押し負けて弾かれた。
おまけ、鼠は追撃に移る。
甲冑機のコクピットへ跳躍し、全身の重量と殺意を載せて、その腕を突きこんだ。
「なっ――!」
人形は沈黙し、引き抜かれた指の先には、肉塊と目玉がこびりついている。
あれは……本当に危険な代物だ。
直後、路上から異形の足場へ向けて、長蛇する赤い棘の結晶が発現する。
それを発したのは――、
「人形、メリディエス……マキビか!?」
ルスキニアは振り向いた。
*
コクピットで、マキビは荒く息をしていた。
(血中のソーマを直に利用すれば、そりゃ消耗だってする。
店で一服しとかなきゃ、即死だったかも……)
「今だ、ルスキニア!
それはお前とアイドニのための力だろ!」
メリディエスは前進し、異形鼠の正面からその肩口へと掴みかかり、機体の重量と馬力を前傾に、すべて押し付けていく。
メリディエスの肩口へ、ルスキニアが跳躍する。
エルの光を注入した白銀の十字剣を担って。
「すげぇよ、お前ほんとよくやったわ、マキビ。
後は任されてやるから!」
そして、異形の直上から腸へ剣を貫いていく。
しかし――これはマキビらの誤算だ。
ルスキニアは切り口へと見開く。
「効いている、はずなのに、押され負けている?」
肉壁の蘇生が早すぎて、剣が押し返されていた。
咆哮とともに、メリディエスも弾かれ、両者は後退を余儀なくされる。
「どうすんだ……あいつ、どうやって倒す?」
マキビの声が震え、猫はコクピット中を慌てふためいて駆け巡っている。
「やかましい」
彼はその首裏を乱雑に掴み上げると、胸に抱いた。
「俺のパートナーなら、てめぇもどっしり構えとけ。
とはいえ……こうなると、打つ手がないな。
俺の血は、そろそろ足りない。短期決戦でいけるか?
ルスキニア――」
自分はもう充分頑張ったと想う。
そろそろ主役CPに全部押し付けて、休ませていただきたい。
わけにはいかないが……。
ハッチを開いて、ルスキニアが覗いてきた。
「もっと威力をでかくしないと。
血を媒介に武器を拡張して、銀膜に抽入するエルの密度を高める。
刃幅のあるやつを、力技で叩きつける。
――で、さっきの鉄条網みたいな結晶は?」
「こっちのソーマを消費する、足止めに使えるかと思ったが」
異形鼠が結晶の束縛を振り払い、跳躍する。
「……っ、逃がしたか」
「顔色が悪いぞ?」
「もう少しはなんとかする。
お前は早く追え」
「るーくん、マキビくん!」
気づくと、フレウとアイドニが滑車を引いている。
シートを被っているが、中身の見当はつく。
「人形用の、
マキビは呟く。人形で掴もうとするが、アイドニがルスキニアの腕を掴んで、立ちはだかっている。
「待って! ルスキニアの血と私の力で、これを強化する!」
「まさか――斧に、エルを封入するのか」
「俺たちの力を、お前に託すよ」
ルスキニアとアイドニの、決意に満ちた眼が眩しい。
「まだ操縦のいろはも、掴んでないのに」
ここでフレウが口を挟む。
「そいつはソーマを介して思考を伝達し、搭乗者と一体化すると、あの男は言っていた」
「――いわゆる思考操縦か、道理で考えるまでもなく、手先が器用に動いてる」
時々グロテスクな趣向のリアルロボアニメには、そういうのがあったな。
人形と一体化することで、シナプスの信号とかが、それなりの反応速度を得られる代償に、痛覚を共有したりするやつ。
こいつに至ってはどうなのだろう?
機体はあまり、破損させたくないし、自分が痛いのも、正直ごめん被るところだ。
「けど俺じゃ、役不足だろ」
「誰かを守りたい想いに、不足なんてない。
それを叶える力を、今のお前は手にしてる――それでいいんじゃないの?」
「!」
ルスキニアが、やたらかっこいいことを言ってのけた。
きざったらしいが、いう通りじゃある。
「……斧を強化できたら、追跡だろ。
わかってる、俺もすぐに追い付くから」
「素直じゃないなぁ」
「そろそろ気色悪いから止せ!?」
「へいへい」
手をひらひら振って、ハッチの傍から離れていった。
「全部任されてやるのは、どうなったの?」
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