第20話 実験動物
……ずっと昔、クレオとは別で、同期の少女がいた。
院の三人でよくつるんで、悪童として遊んでいたものだ。
八年前のある日、彼女は吸血鬼の持っていた車に撥ねられて、あっさり逝った。
今思うと、グラスや黒猫とに、ちょっとずつ似ていた気がする。
彼女らには、失礼な話かもしれない。
この前、マザーが死んだときも、クレオが侯爵に抱かれたと知った時も。
どうして選ばれたものしか、この社会では不老不死を得られないのか。
そうでない人間、資質を持たない存在は、どこまでも無力だと絶望に打ちひしがれなければならない?
前世の自分も死の間際、運転していた友人の隣にいたのに、車の方向がおかしいと助手席からハンドルへ手が届いておきながら、結果方向転換には間に合っていない。
……誰かのそばにいて、気づいていても、大切なひとを守ることができないまま、取りこぼす、自分みたいな人間に、人生だ?
あぁ、似たようなこと、グラスにも言われたっけ。
――だったら、あなたは、自分が本当は何をしたいのか、考えなきゃ。
だったか。
「マキビ、くん?」
呼ばれて我に返った。
「大丈夫?」「あぁ、悪い。ぼーっとしてた」
「へぇ……きみでもあるんですね、そういうこと」
「当たり前だ、……人間だもの」
そうしていつか、今までも、これからも、人間という器の限界に、俺は言い訳しながら、無力に醜く朽ち果てていく。……それが、俺が生まれ変わった意味なのか?
どうしてほかのやつらは、あんなにも人生うまくやれるのに、俺や、無力な人間は、そうじゃないと?
こんな不平等でふざけ果てた世界に、どうして――、生きてられる。
なんのために?
「ねぇ、なんか下の様子がおかしくない?」
「――」
工房の表に、人形が出てきた。
自律している――けれど、嫌な感じがする。
「動いてる、でもどうやってソーマを?」
「まずい……あの男、まさか!」
「マキビくん、なにに気づいたの!」
「きみをルスキニアのところへ連れていく!
あれを止めるには、あいつときみの力が必要だ!」
「!?」
マキビは彼女の腕を引いて、店の外へ駆け下る。
*
上級生だった彼は、ルスキニアの目の前で、実験動物だったと思わしき鼠を、ブレザーの懐からわしづかみにして取り出した。
「なにを――するおつもりですか?」
「侯爵は……あのお方は、私を認めてくだすった!
あのお方だけが! それをたかが一度の失態如きで、俺がこんな仕打ちを受ける社会は間違っている!」
「!?」
そして彼は、それを自身の腕に咬ませ、血を吸わせた。
コクピットの盆、そこに鼠を載せると、人形が震えだし、ルスキニアはハンガーから離れる。しかし――今にして考えると、判断を誤ったかもしれない。
それは工房の敷地の外へ歩むに連れ、徐々に動きがのろくなり、コクピットにいた上級生は、徐々に苦悶の声をあげていた。
「なに――どうして?」
この手の知識に疎いルスキニアで、わかろうわけもない。
そこへ手前の店から、ふたりが駆け寄ってくる。
「ルスキニア!
あの男を、すぐに人形から引き剝がせ!
なにがあった!?」
「それは――!?」
ちょうど敷地の外へ踏み出したとき、人形がよろめいて、横転する。
コクピットから、なにかの塊が投げ出されたのが三人や、周囲の人々には見えていた。
それは白くモルモット大になった鼠――
「っああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
コクピットから叫び声が聞こえ、ルスキニアたちは駆け寄った。
「これは!」
彼は上級生を引きずりだすが、それは既にミイラのように干からび、虫の息である。
アイドニは口元を押さえ、息をのむ。
ルスキニアは怒鳴った。
「どういうことだ、マキビ!?」
「人形を動かそうと、自分を電源、そしてあの
「二度目って!?」
「自身の血を、あらかじめ吸わせた鼠だ。
吸血種同士が、血を提供し合えば、いったいどうなるか」
「お互いの血の権限を、上書きしようとする!?」
マキビは頷いた。
「吸血鬼が自身より下位の生命、霊長の血を欲するのは、防衛本能だ。
吸血種同士の血には、個の自我、意思が大きく反映される。
そしてこいつは『吸血種に自身の血を吸わせる』、馬鹿げた禁忌をまたやらかした。
自滅だ……もう間に合わない、救えない!」
「そんな――っ!」
抱えているうち、虫の息だった青年は息絶える。
ルスキニアは、彼の瞼を閉じてやると、遺体をその場に安置した。
見渡す。
「さっきの鼠は!?」
悲鳴が聞こえる。
街道で鼠は後ろ足で立ち、既に人間大へまで肥大していた。
理性のない異形は、今まさに無辜の市民へと、その腕を振り下ろそうとする!
「ルスキニア、動けッ!」
「っ!」
マキビの叱咤とともに、彼が跳躍し、鼠の異形を十字路まで蹴り飛ばした。
信号が変わる寸前、突如十字路の中央に現れた異形へ、複数の車からクラクションのブーイング。ふたたびルスキニアが接近し、直上から踵落としをかける。
「!?」
――手ごたえが足りない。
マキビはアイドニへ向いた。
「パートナーだってなら、彼の役に立ちたくないか」
「私に、できることがあるんです?」
半信半疑の彼女へ、マキビは確信を持って頷く。
「言ってるだろう、あいつには君が必要だ。
そばで見ているだけで、あいつ張り切るから」
「それは――」
「それだけで終わらせてやるものかよ、アルケミスタ」
「……知ってたんですか!?」
名前通りの錬金術師だ。
彼女は吸血鬼からすれば、多少血が美味しい程度な人間だが、それ以上に古の錬金術師としての系譜にいる。
「武装にコーティングできる、銀膜の生成、でもそれだけではだめだ」
「どういうことです?」
「生命が取り込む、ソーマに変換される前の光子エネルギー、エルと呼ばれるものだ。
これを叩きつけられると、霊長は自身のかたちを保てなくなる。
古来から光りものは、太陽光とそこに由来するエネルギーを象徴していた、きみも知っているはずだ。……彼が次に戻ってきたら、彼の武装、棒手裏剣なり短剣なり、エルを封入してみろ。そう――吸血種を滅する技術、彼らがもっとも恐れるもの。
彼から君が、隠さざるをえなかった力」
「!」
「ちなみにルスキニアは、きみの秘密なんてお見通しだよ」
というか、俺が先に教えてしまったのだけど。
ゲーム中だと彼女が錬金術師であり、吸血鬼を殺す技術を持っていることは、吸血鬼社会から非常に疎まれることとなる。基本的に劇中、そのことを知っていたのは、結社のふたり、ヤームル所長と、彼女自身に打ち明けられたルスキニアだ。
アイドニは吸血鬼である彼に、自身の秘密を知られて避けられないかと幾分かまごつき、中盤はそれで迷走するが――こっちはそんなとこまで、器用にシナリオに合わせてやらない。とっくに大きく踏み外してしまった。
「彼はきみを恐れない。
――そんな当たり前のことを、わからないじゃないでしょ」
俯く彼女に、マキビは背を向ける。
「なにをするつもりです?」
「この人形を動かす。
持ち主はもういない。……民間人の避難を誘導する。
警察の甲冑機も、じき駆けつける。
繋ぎぐらいには扱えるだろう、たぶん……だけど」
黒猫が、またしても彼の肩口へと飛びついた。
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