第19話 猫用コ〇イン

 マキビは工房の敷地から出て、足を止めた。


「もうちょっと、見ておきたい。そこの店、入らないか。

 上の階ならルスキニアが出てくれば、すぐわかるだろ」

「ありがとう――そんなお金、あるの?」

「女の子一人、お茶に誘う程度はね。

 つってあそこ、ファーストフードの店だけど」

「私デートに誘われちゃった、ってルスキニアに言ったら、やきもきしてくれるかな」


 するとマキビは、非常に苦い顔を作る。


「あいつの嫉妬深いのガチだからね?

 つか、きみもそのつもりだったんだろ、彼のこと放っておけない」

「うん。ちょうど君とも、お話したいところだったし」


 ふたりでファーストフード店に入った。

 よくこの世界観であったな、と思うが、外観は街並みに溶け込んでいる。

 ぎりぎり、混む前に席を取れたころ、多くの労働者が入ってきて、カウンターへ列を為していた。


「よかった、ぎりぎり、席とれたね」

「あぁ」


 ふたり、工房の出入口にぼんやり向いていた。

 ところでいつもの猫は、マキビの肩口で、のっぺりとしている。


「すっかりそこが定位置になっちゃったね、その子」

「あぁ――意外とこの辺、ペット大丈夫なんだよな」

「名前は決めてあげた?」

「つけると情が湧いていけない……」

「でも、もう離れられないでしょ?

 懐いてべったりじゃん、そのままだと、寂しいとおもう」

「こいつ、普段餌とかどうしてんのかな。

 ちゅーる?」

「なに?」

「いや、なんでもない」


 こっちの世界で猫用コ〇インとか、話題の通じるわけがなかった。

 つい気持ち良さそうなので、顎の下を指でくすぐってしまう。

 指を咬まれて、また血を吸われた。

 俺の血をちゅーる……すか。そういやこいつも、一応吸血種のなり損ないでしたっけね。

 最近、やたらと鉄分の必要な機会が増えてしまった。


「マキビくんはすごいね。

 その年で、孤児院のこととか――あの子達のこと、お世話してて」

「ううん、そうしなきゃいけなかったってだけ。

 去年の暮れにマザーが流行り病で逝ってから、俺とクレオで院の口座とか、お役人とのあれこれ、やり繰りするっきゃなかった。

 ……本当は学園に通ってる余裕なんてないのに」

「奨学金とか?」

「人間のための奨学金なんてない、知ってるだろう。

 きみも、吸血鬼に血を買ってもらってたわけで。

 これから、どうするつもりだ?

 言っとくけど、ルスキニアの懐事情なんて、知れたものだからな」


 どうにも、エロゲの主人公が富豪ってことはないが、時々とんでもない富豪の身内のおかげで、パソコンや冷蔵庫冷暖房揃ってハイテクハイスぺ日当たりのよいお部屋借りて生活してるって話はある。

 ……つーか中産階級以上の生活水準でもなくて、そもまともな恋愛や同棲からの結婚出産育児諸々できるわけないとか、哀しい話なんだけど、時々フィクションでさえ、そうした世相が反映されてまうところのシミュレーション的悲哀、ありますわよね。

 それでもあれは、決定的なほど金に困らない人間の水準でしょうよ?

 俺が独居苦学生だった頃とか、普通にキャンパス近くの飯屋のバイトやら、休業期間は川で小魚やら釣ってたし、空腹すぎて。

 某宅配自営業には手を出さずに済んでたけど。

 風呂とトイレが一体の手狭物件とか、西暦の二十年代で普通にあるんだからな。

 ……あるんだからよ。


 というのに、この世界の主人公であるアイドニやルスキニアは、定住からして怪しいところだ。ルスキニアは寮に入っているが、寮に彼女を連れ込んで致すシチュエーションは本編で特段ない。学舎内で致すことは確かあったが、――他人様の情事から、いい加減離れろ。

 ゲーム本編では、学園生活より吸血鬼異能バトルや街の抗争が主だった。

 錬丹術のれの字も出ることはなく、設定資料の頃でさえ、「東方から持ち込まれた永久機関」とその「制御する媒介として特殊辰砂がある」程度の紹介だった。近代錬丹術については、転生してから独自に調べて知ったこともかなり多い。

 ゲーム中はアイドニがルスキニアに守られるか、回復バフ要員、まぁ時折機転こそ利かせていたが、主人公としては、ややキャラ付けが「弱い」「おまけに危機管理的な頭も」とプレイヤーには言われがちだった。実は彼女周りの生活は、ふんわりルスキニアとおせっせしていい感じ丸く収まったんじゃないか? 程度の雰囲気描写で畳まれており、彼女の将来については、もうほぼ投げっぱなしで終わる。

 ルスキニアは吸血鬼の名門貴族の出だが作中、農家の出である彼女を抱いたことで、実家からなんやかんやにして、勘当されてしまう。

 ふたりで健気に生きていこうという、ささやかーなエンディングを迎えて――実家の後ろ盾を失って、お前らその後、どうやって生活していくつもりでしたかミドルプライス?


「学園に進学した以上、事業とか、なにか大成する必要がある。

 送り出してもらった手前、父さん母さんたちに、恥じるようなことはしたくないから」


 そう作中序盤は、このように自身の身の上や、進学の動機を語っていた。

 如何せん、尺がな……。


「どうやったら、先立つものを作れるかな」


 この台詞、ゲームでルスキニアと話しているようなときは、一切なかった。


「先立つもの、ねぇ。

 なんでそんなこと、俺に?」

「いや……マキビくん、守銭奴っていうか」

「それは褒めてないな」

「ごめんなさい、とにかく、お金のことに妥協しなさそうだから」

「お金に妥協しないというより――必死でやってるだけだし」


 必死で手段を選ばなかった結果が、各所へ強請りかけたり、交渉とはお世辞にも言えない。


「すごいじゃないですか。研究室の監督役になるんでしょう?

 ヤームルさん、言ってました。ホムンクルス・グールの実用化研究、やってるって」

「うーん、それは俺の実績じゃないしね」


 はなから先達らにより、技術的な筋道はできている。あとは侯爵が考えた筋道を、誰も邪魔しなければ、ホムンクルス・グールの実用化は叶うだろうと、マキビは睨んでいた。


「監督者として入るといえ、一介の学生へ、そのためにあの男はいくら払うやら。

 ……というか、それだって、研究が実現するまでの話だ。

 実際、半年と経たず、実用化は叶うよ」

「そうなんです?」

「誰の邪魔も入らなければ。でも実用化したらしたで、あれは相当厄介な抗争を引き起こしかねない」

「なんで?」

「実用化するため、採用される技術に、再現性のないものが多い」


 ホムンクルス・グールの集団を御する黄白丹は、最低でも一個あたり作るのに1000人の浮浪者をかき集めて、犠牲としている。「いなくても仕方がない」人間をかき集めるのは簡単かもしれないが、生贄という言葉は、どういう時代でも、相応の緊張の伴うし、外聞が悪い。


「完成してしまうと、各セクションが技術を盗もうとする。

 いや、今既にそうなっているのさ。

 だから俺は、本音で言うと、ホムンクルスの研究が完成してしまうほうが、怖い」

「じゃあ、なんで監督者なんて名乗り出るんです?」

「侯爵の権力の欠片でも、ちらつかせれば、俺を見くびるやつは減るからね。

 そのぶん、少しは要らん敵が減って、なにかしたいとき、動きやすくなるかもな。

 まとまった金を作る必要があって……端的に、孤児院を、もっと安全な立地へ移転させたい、研究の完成の如何に関わらず。

 ただ金を作るだけではダメだ。

 それをある程度まで、自分の裁量で動かせる、宝くじでもあるなら、話はちょっと変わってくるけど、いきなりぽんと札束のケース手に入って、すると周りにすり寄ってくる人間や、生活のバランスが狂ってしまいかねない。

 お金ってのはこれを水面下で、地道に貯めていく。そして使えるときに使うまで、守らないと。

 他人の財布から、いくら貰えるか、みんなパイを奪い合ってるに過ぎない。

 なにかを生み出す、そういう技術もない人間は、大抵な。

 でも――うちは、何年もかけてやれないんだ。

 孤児院の敷地、見せただろう。施設を改修するだけじゃ、だめなんだ。

 あの子たちの安全を、あの場所は保障しない、だから。

 俺が……あの子たちを守るだけ、稼がないと」


 募金やメディアを介したクラウドファンディング、みたいな概念も、この世界には浸透しておらず、だからなおのことできることは限られてしまう。


「それはすごい心がけだけど。

 でもマキビくんが学生やってるの、それだけじゃない、でしょう」

「え?」


 マキビは、言われたことに対して、あっけにとられていた。


「私、君になら孤児院のこと、きちんとできると想う。

 それに――それが終わっても、ここから先の君の人生がある」

「俺の、人生?」


 ……この人は、なにを言っているのだろう?

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